第四話 博徒の戦い

「ギャンブラー……天才ギャンブラーの役をお願いします!」

「心得た」


 二つ返事で、彼は目を閉じる。

 一つ呼吸をする間に、まとう雰囲気がみるみる変貌していく。

 目を開けたとき、ぼくらのまえに立っていたのは、紛れもない博徒ばくとだった。


 真っ直ぐ伸びていた背筋は緩く丸められ、わざと己を小さくみせている。相手にあなどりを生じさせるためだ。

 たくましかった指先は、繊細な動きに対応するため柔らかさを帯びているようですらある。

 手品師の手のひらは、赤ちゃんと同じくらい柔らかいと言うが、いまの彼はそれを成し遂げているのかもしれない。


 目つきはいっそう険しさを帯び、相手の一挙手一投足を見逃さない。

 どことなく顔つきは角張ったようで、なにもかもが鋭敏だ。

 博徒・甲斐田豪は告げる。


運否天賦うんぷてんぷなど事実無根! だが……風は俺の背中を後押ししているようだな」

「なんだとぉ?」


 大言壮語を受けて食ってかかる陽太さん。

 しかし、次の瞬間その場にいた全員の視線は、屋上から階下へと続く扉へと向いていた。


 ドン!


 丸太で城門を破壊せんとするような大きな音が鳴り響く。

 二度、三度、その音は続き。

 そのたびに、ドアが軋みを上げる。

 粉塵が煙となって舞い、金属製のドアが徐々に変形。


 いる。

 間違いなく、何かが、そこに!


「さあ、ゲームを続けるぞ」


 ギャンブラー豪の一言で、ハッと視線を戻す。

 山札には、一見してなにも起きていない。

 双沢兄が、じろりと豪さんを睨めつける。


「何しやがったんだぁ? つーか、この状況で続ける気かよ」

棄権きけんするのか? ならばおまえ達の負けだな」

「クソが! いっちょ前に詭弁きべんなんか使いやがって」


 ほぞをかむ陽太さん。

 豪さんが動く。


「田代、交代だ。ここからは俺がぐ」

「でも」

「……おまえはよく頑張った」


 彼の大きな手が、柔らかく田代さんの頭を撫でた。

 彼女は途端に涙ぐみ、「あっかんべー!」と、月彦さんへ舌をみせて後退する。

 前に出た豪さんと相対するのは、陽太さん。


 既に大手をかけたチーム双沢と、崖っぷちのチーム田代甲斐田。

 黒ずくめの兄が、戦いを迫る。


「だったらコールしな! 次に出る札が、十二より大きいか小さいか、アンプ&ダウン!」

「ステイ」

「――は?」


 放たれた言葉。

 唖然となる胴元きょうだいへ。

 ギャンブラーは、繰り返す。


同じステイだ、聞こえなかったのか愚物」

「ひ――ひひひひひひひひひ!」


 心底おかしいものを見たといわんばかりに、陽太さんが笑う。

 彼の目には、豪さんが狂ったとしか思えなかったのだろう。

 当然だ、十二と同じカードは山札の中に僅か三枚しか存在しない。

 この土壇場で、それを引き当てることなど不可能なはずなのだ。


 だから、黒い双子の片割れは、じつに愉悦じみた表情で、強気に自らの答えを確定する。


「ならばダウンだぁ……!」

「めくってみろ」

「なに?」

「ダウンだというのなら、今すぐ山札をめくれ」


 ゴクリと、固唾を呑んだ。ぼくだけでなく、陽太さんまでもが。

 まさか、そうなのか豪さん?

 ひょっとして、!?

 あの一瞬で――イカサマを!


「で、出来るわけがない。次に出る札は、十二より下だ」

「双沢陽太。なぜあんたにそれが解る?」

「それは!」

「兄さん」


 いさめるような言葉が、月彦さんから飛び、兄である彼は黙り込む。

 ただ、怨念のこもった表情で豪さんを睨み付け、


「勝負!」


 カードを、めくった。

 現れたのは――


十三ハートのキング!?」


 外れ。

 それも大外れだ。

 二人とも、答えを間違えた。

 だが、そこに浮かぶ表情は、雲泥うんでいの差。

 豪さんは追い詰められたように冷や汗を掻き、双沢兄は余裕の笑みを取り戻す。


 それは、ほとんど答え合わせといってよかった。

 このゲームは――始めからイカサマをされていたのである。

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