第五話 おじさんの秘密

 パネルの配置は、記憶と完全に一致した。

 つまり、原作のまま。

 ならば攻略法は、誰よりぼくがわきまえている。


 鮮烈に、連鎖的に甦る、五年前の記憶。

 それが命じるまま、指示を繰り出す。


「六車さんと海島さんはパネルを入れ替えて。全員でリレーして運びます。急ぎましょう、10分でケリをつけます」


 ぼくの号令一下、パネルリレーが始まった。

 頭の中で、現れたイラストを繋げていき、見えないはずのそれを明確にイメージする。

 繰り返す作業は入れ替え。

 めくり、入れ替え、収め、めくり、入れ替え、収める。この繰り返し。


 順調。

 これ以上無い順調。

 無駄もなく、不正もなく、誤りもない完璧な読解が、全員に安心感さえ与える。


 勝てる、犠牲もなく、この死亡遊戯に。

 脳裏をよぎる確証。しかし、ほころびもあって。


「田代、俺が持つ。寄越せ」

「え? でもこの距離じゃ……」

「気遣いなど無用!」


 やけに張り切っているイケメン俳優。なにかが普段とは違う、空回りのようなものさえ感じてしまう。

 おかしい、過激でありながら冷静沈着、それが甲斐田豪というプレイヤーのはずなのに。


「少年くん」


 一方で、浮かない表情の海島おじさん。


「……おまえさん、わしが鬱陶しくないのかい?」

「別段。むしろこの濃すぎるメンツで言えば、親しみやすさを覚えます」

「親しみ、か。少年くんは、わしに似ているのかも知れないね」


 え?


「世迷い言さぁ……おまえさんは、ゲームを作ったと言っていたが、作らなきゃよかったと思うかい? こんな、人を不幸にするゲームなんてと」


 そんなことは思わない。

 トウサクと呼ばれようと。

 デスゲームに利用されようと。

 【しんにげ】はぼくが生み出した、我が子のようなものだから。


「我が子、か」


 パネルを引きずり出しながら、噛みしめるように彼が呟く。

 ゆっくりと顔を上げたおじさんは、どこか遠い場所を見詰めていた。


「じつは、わしにも妻と子どもが――」


 そこまで言いかけたとき。

 異音が、響いた。


 がしゃん、がしゃん、がしゃん。


 鋼の躯体が疾駆する音。

 全員が反射的に振り返れば、こずえを掻き分けて姿を覗かせる軍用四つ脚ロボットの姿。

 その背中では、真っ赤な心臓がうごめいていて。


「ひぃいいいい! 心臓……わしの心臓……!」

「――っ、駄目だおじさん!」


 海島さんが、ポケットから停止スイッチを引きずり出そうとする。

 わかる。その気持ちはわかる。ぼくだって葛藤してきた。目の前に自分の適合心臓かも知れないものがあるのだから、入手しようとするのはプレイヤーとして当然。


 だが、それが罠。

 運営の罠!


 ぼくらは第一に拘束されており。

 なによりおじさんは、パネルを持ったままで。


「あ――」


 彼の両腕で支えられていたパネルが、バランスを崩して地面へと滑り落ちる。

 極大の警告音。


『ぶーぶーぶー! 不正を感知しました。ペナルティーを実行します』


 冷たく、平坦な端末の声音。

 同時に、四方八方から冷たい飛沫がぼくらへと吹き付けられた。

 これは……水鉄砲?


「違う、免疫抑制剤だ!」


 いまぶちまけられたのは、すべて緑色の液体。

 全身がしとどに濡れるほど大量の、奇跡の薬品。


 潮目が一気に変わった。

 ぼくらの有利から、不利へと形勢が傾いたのをひしひしと理解する。


 これだけ薬品を散布されてしまった以上、〝鬼〟が集まってくるのは時間の問題だ。

 田代さんやおじさんは取り乱しており、足枷に繋がった鎖がガチャガチャと騒がしい。

 もはや、逃げている心臓どころではない。

 考えるべきは、身の振り方だ。


「落ち着け、愚か者ども。まずは図面を完成させる。脱出はそれからだ」

「豪さんの言うとおりです。とにかく自由の身にならないと! 次、田代さんの上のパネルを――」


 指示を繰り出しながら考える。

 これは運営の悪意だ。わざとロボットの姿を現せ、こちらの動揺を誘ったに違いない。

 罠を罠と見抜けなかった、心理的プレッシャーを想定できなかったこちらの落ち度。


 飛沫はもれなく全員に飛び散っている。

 誰が狙われても不思議ではない。

 抜かった、もっと上手くやっていれば……。


「少年くんの、責任じゃないよ」

「おじさん……?」

「責任、そう……わしはずっとそれから逃げてきたのさ……けれどね、大人である以上は、責任の取り方を弁えていなければならない。聞いてくれ。君たちに、お願いがあるんだ」


 初めの怒りっぽかった彼ではない。

 先ほどまでの臆病な彼でもない。

 海島さんの両目には、確かな理性と決意がみなぎっていて。


「わしには、なんとしてもこの島を出なければならない理由がある。正確には――この島に理由がある」


 それは。


「わしは……家族のため、自分に保険金を賭けているんだよ!」



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