第三話 おじさんを説得しよう!

「なにせ彼は、このデスゲームの原作者なんですから」

「なんだと!?」


 途端に激昂する海島さん。

 切り出すタイミングは、自分で選びたかったのだが……もしかしてこの童顔医者、さっきのことを根に持っているのか?


「ひぃいいいい……! おまえが、おまえみたいなやつが、このふざけた悪戯を考えたのか! 温厚で無害な青少年の皮を被って、わしを地獄へ連れて行くつもりだったのかい!? なんて恐ろしい……帰せ、家に帰せ! わしには家族がいるんだ、こんなところで死ぬわけにはいかないよ……!」


 胸ぐらを掴まれたかと思えば、海島さんは崩れ落ちて号泣をはじめる。

 環境の所為で不安定になっているのだろう。

 ……原作者として、責任の一端を感じる。


 しかし、重責を感じるかといって彼を助けることが出来るかといえば、話が別だ。

 この場からヘリコか潜水艦で、即座に脱出させてやるなんて真似は不可能だし、イベントの内容をこちらが有利に書き換えることも出来ない。

 そもそも、ぼく自身だって、生き延びられるかどうか確証がないのだ。


 出来るのは精々、イベントの攻略法を伝えることだけ。

 無力ではないが、尽くせるのは微力である。


「くだらん。その男は無実だ、手を放せ」


 豪さんが海島さんの腕を掴む。

 止めようとしてくれるのは嬉しかったが、ゆっくりと首を振り、彼の手を退けて貰う。

 説明の義務は果たしたいし、なによりここで向き合わないのはあまりに不義理だ。

 羽白一歩は【しんにげ】を作るような性格の捻じ曲がったガキだったが。

 人間の道を、踏み外したつもりなど毛頭ないのだから。


 そんなことを、視線に乗せて告げると、「好きにしろ、愚か者」とイケメン俳優は笑ってくれた。

 だんだん解ってきたが、彼の口にする愚か者とは、どうしようもない愚者を示すのと同時に、真っ直ぐにしか進めない愚直さを称賛する言葉でもあるらしい。

 ともかく、説明だ。

 ぼくは、海島さんへと向き直る。


「【しんにげ】を作ったのは、たしかにぼくです。しかし、世間的にはぼくは盗作者ということになっています。そして、今回のデスゲームは、ぼくが計画したものではありません」


 つとめて冷静に言葉を重ねる。

 こちらまでヒートアップしたら、彼に負荷をかけるだけだから。

 それに、盗作なんてどうでもいいことなのだ。


「海島さん。あなたの憤りは解ります」

「ひぃいいい、なにが解るというんだい。ゲームを作った? さ、さぞかしお賢いおつむをお持ちなんだろうねぇ君は? だから解らないんだよ、おまえのような恵まれた人間にわしの気持ちはねぇ。家族からさえ無能と呼ばれる父親の気持ちなどねー!」

「……ある参加者を、助けられませんでした」


 四橋さん。

 彼の死は、未だぼくの心へ重くのしかかっている。

 だからこそ、悲劇を二度も繰り返すつもりはない。

 いつまでも、無能のままでなどいない。


「もう誰も死なせない。ぼくは、自分を偽ったりしません。すべての情報を開陳します。次のイベントの攻略法を、あなたにお教えします」

「……それを、どうやって信じろというんだい」


 難しいことだ。

 ぼくにあるのは知識のみ。

 誠意を伝えようにも、なんら持ち合わせはない。

 ……いや、一つだけあるか。


「これを、差し上げます」

「リモコン?」

「心臓を搭載しているロボットの足を、5秒間だけ止めるスイッチです」

「!?」


 目を見開く海島さん。

 【しんにげ】に置いても、このリモコンは最重要攻略アイテムの一つだ。

 あるかないかで、生存率は大幅に変わる。

 いうなればワイルドカード。それが、一発で彼には伝わったのだろう。だから驚いた。


 本来なら、出し惜しむべきカードだ。

 それでも、この場で出せる誠意はこれのみ。

 切り札は、切るべき時に切って、初めて意味を持つ!


「う、うけとれない。そりゃあ、受け取れないよ!」


 先ほどまでの態度が嘘のように、おじさんはキョドキョドとして、リモコンを押し返してくる。

 彼の瞳は大きく揺れており、気弱そうな一面が前面に現れていた。

 たたみかけるならばここだ。

 ぼくは、おじさんの手を包み、リモコンをしっかり握らせる。


「受け取ってください。イベントは、五人揃わなければ参加資格がありません。あなた方の協力が必要なんです。田代さんも、構いませんか?」

「あたしは、もちろんやるけど……」


 全員の視線が、海島さんへと集中。

 おじさんは。

 彼は、唇を噛みしめ。


「信じた……わけじゃないよ……わしは、これまで人を信じすぎてきたから」


 リモコンを、ぎゅっと胸に抱きながら、ぼくを見遣り。


「だが……わしも、死にたくなければ力を合わせなければならないことぐらい、解るよ。こんな弱々しいわしを、仲間として扱ってくれるのかい?」


 そう、言ってくれた。


「もちろんです」

「……っ」


 おじさんの表情が、一瞬クシャリと歪み、そのままそっぽを向いてしまう。

 しかし、この場から立ち去ろうとはしない。

 彼は、残留と参加を決めてくれたのだ。

 打算はあった。計算だってあった。けれど、無為に命を失わずに済むかも知れないという事実が、ただぼくは嬉しくて。


 かくて一致団結、ぼくらは第二のイベントへと挑む。

 その名は――


「神経衰弱パズル。このゲームは、如何に素早く攻略できるか。それに全てがかかっています」


 なぜならば。


「全員が、身動きを拘束されるからです」


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