第13話 自己隔離

 いや、こんなことをしてる場合じゃねぇ……。ケータイを再び、手にとり、また電話をかける。着信履歴の一番上だ。


 耳に当てる。


 ……コール音、コール音、コール音、コール音…………


 くっそ…でねぇ……


 一旦電話を切り、SMを開く。


 文面は……


 来るな


 おそらく、俺は発症者になりかけている。


 これから自縄して様子を見る。


 ………既読がつかない。


 駄目だ………あいつ、見てねぇ。もしかして、もうこっちに向かってる途中か?


 そうなったら…………


 ケータイをポッケに勢いよく突っ込み、玄関を飛び出す。夜のすえた空気の匂い。どこかの家の魚を焼くにおい。


 俺が、ここにいればたいちと鉢合わせするかもしれねぇ。それなら、いっそたいちが来る前に、どこか遠くの、しかも発症しても大丈夫なように周りに人がいない場所……。


 自分で自分を拘束するのは至難の業だ。仮に、発症して我を忘れれば、自分で結んだ縄だろうがなんだろうがなんて簡単にほどくし、なんなら腕を傷つけながら引きちぎるだろう。


 だから、俺が発症する前にさっさと人里離れた所にいかねぇと。


 いつ、発症するかなんてわからねぇが、だがやるしかねぇ……。


 急いでガタガタする階段を降り、狭い駐車場に止まる、白のヴァンまで走り寄る。俺が大学生時代に貰った車だ。人をはねたかなんかで引き取りてがいなかったらしい。


 ドアを開け、エンジンを回し、人も車もいない道路に勢いよく出る。ここらへんでこの時間人がいない場所。……山。


ここから一番近くて……入れる山………。人が絶対にいない……。


 そうか


 あそこしかない……。


 信号待ちの間にカーナビを開き、八王子城址と入力。


 あそこなら、こんな時間に絶対に誰かが入り込むことは無いし、もし暴れようとも誰にも被害は出さない。


 もし発症したなら、あいつがきっと俺のことを殺すだろう。誰の目にもつかないところで、誰にも気づかれない様に。


 ……たかやまくん…、すまない。どうやら、君のその問題を解決することはできなそうだ。きっと俺は今日死ぬだろう。他の誰でも無い、親の仇によって殺されるだろう。


 死ぬ時に、聞けるか?なぜ俺たちを殺すのか。


 あぁ……だんだんと車通りが消えていく。道路を照らす街灯がなくなり、情景が黒と白のみに染まっていく。


 闇は孤独だ。一人の時に闇を見ると、自分の身を超えた何かを感じる。生を超越した何か。アツアツの湯船に入った時とまったく同じ感覚。まだ、俺が生命でなかった時のことを思い出すんだ。クソみたいな……。


 心残りだ。たかやまくんのことだけが。俺が今日発症しなかったとしても、これ以上人のいる所に出ることはよしておいたほうが良いだろう。生徒たちには悪いが俺は失踪しなきゃならない。


 駐車場に車を入れる。


 バタンと扉を開いて、砂利に足をつける。周りは闇とポツンと遠くに見える街灯の白。人のいない、いるべきじゃない領域に入り込んだような不気味さ。体にまとわりついてくるような暗闇。


 俺は……そうか、こんなに孤独だったか。生徒たちを見ているつもりであった。周りとも良好な関係を築いてるつもりだった。だが……生死を共にできるものはいないんじゃないのか?


 待て……暗闇では心が臆病になる。何年も前にきっと俺たちが食われていた時を思い出すんだ。


 助手席のドアを開け、赤く太い懐中電灯を取り出す。ちょうど太ももみたいな大きさのやつ。都会ではなかなか見ない。


 階段を照らしながら、山を上がっていく。ここは、かつて北条方の城だった山。秀吉軍との戦いの末、多くの兵は勿論、女子供達までもが身を投げ死んだ場所。彼らの心中はどんなものだったか。


 あぁぁぁ……本当に、心残りだ。たかやまくんのことが本当に本当に心残りだ。俺はきっと今日死ぬ。死ぬ。この懐中電灯の光から漏れる暗闇が俺の死を確約してくれている。そうすると、あの子のこれからの人生はいったいどうなるんだろうか。きっと、俺の死は彼だけが見守るだろう。きっと彼だけが。


 この鳥居をくぐれば……


 …足が止まった。


 きっと、この鳥居をくぐればもう二度と元の世界には戻れないだろう。


 「補足した」


 聞き覚えの無い声。虫の声しか聞こえない中で、意思を持った異質な音。俺の右耳に語り掛けられた確かな言葉。


 補足した。


 この言葉。…………これは。


 ゆっくり、ゆっくりと右側を見る。


 懐中電灯が照らしていないそこは見えないほどの暗さ。しかし、すぐそこに人がいるのが分かる。


 「歩け…前へ」


 前へ。


 まるで、幾人もが同時に言っているかのような音。一人の人間の口から到底発せられたとは思えない音。時折、それが奏でる、気持ちの悪いモーターみたいな音。


 鳥居を歩いてくぐる。


 それも、右側にピッタリとくっついてくる。姿が見えない。

 

 「俺を見ろ」


 おれをみろ。そう聞こえたように思える。見ている。いや……なぜ、見る?


 右手の懐中電灯をゆっくりとそちらに向け、1歩後ろに下がる。


 ………奴。薄汚れた、ずた袋を頭からすっぽりとかぶって、顔の部分だけ穴をあけたような恰好。フードの下は光を当ててるにもかかわらず真っ黒で何も見えない。赤く濡れた両手。ここにいるはずのない異物。


 ただ、ショットガンヒーローがそこに佇んでいる。


 


 


 


 


 

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ショットガンヒーロー 蛇いちご @type66

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