第9話 絡みつく過去

 「え…?」


 鳥の無き声が遠くで聞こえる。これは、シジュウカラか?あの日の朝はシジュウカラの鳴き声に起こされた。


 「まさか…先生……?」


 あの日は、異常な暑さだった。あの季節にしては…。


 「確かに、それらしいものを見ました…でも、先生は……」


 当時の俺と今の俺では全然違う。あの日以来、俺は髪を伸ばせなくなった。だから、常に坊主にしてる。体系もずいぶん変わった。気づかないのも無理はない。


 「60かどうかは分からなかったですが……白いワンピースの様な物を着たやせ型の女性が右手に包丁を持って、ちょうど男性の腹のあたりを……」


 間違いない。あの日のことだ。


 あれは夕食を待っている時だった。俺が家を出て、少し余裕が出始めると、元々独り身の母が心配で、たまに実家に帰るようになった。あの日はビーフシチューを作ってくれていた。わざわざ作らなくてもいいのに俺の好物だからと……。


 バラエティ番組の音が響く。俺の家にはテレビが無いので、実家に帰るたびに新鮮な気持ちで番組を見ていた。あんまり、俺の笑いのツボにはあわなかったが……。


 ちょうど、後ろから包丁をまな板にうちつける音が聞こえていた。白いプラスチックのまな板が奏でる、ちょっと響いた感じの音。それが、だんだんと強くなっていった。食材を切っているのではなく、まな板に思いっきり包丁を叩きつけているのだと気づいた時にはもうどうしようも無いほどに母は壊れていた。


 死ねと連呼しながら、包丁を腹に突き立てる老女。うまれなければよかったのにと言いながら、包丁の刃を腹の奥へと進めていく。


 理解できない状況に俺はただ泣き、苦しみ、うめくことしかできない。


 そのすぐあとだった。母の顔が目の前で破裂したのは。


 ……


 そうか……間違いない、おそらくこの子の言ってることは本当だ。本当に、あいつと通じあっている。仮に妄想だとしても少しおかしいレベルで俺の過去とも適合してる。超自然的な何かしらがあるのは少なくとも間違いない。偶然の域をはるかに凌駕してる。


 「そうか……お前の言ってること…信じるよ……そのうえで忠告してくれたことにも感謝する……ありがとう」


 俺はナニカにマークされて生き残ってる。裏を返せばいつ死ぬか、殺されるか分からない。そもそも、あいつの殺す条件が本当に発症者かどうかは実際のところ分からない。殺されてるのが多分発症者とみられる奴ってだけであって、本人から聞かない以上、相手は死んでるわけだから確かめようがない。


 発症者の体を調べても、何かウィルスみたいなものが出てくるわけじゃない。なんの変哲も無い一般的な物しか出てこない。だから、精神疾患と片付けるしかないものだ。それをどう、確証をもって見極める?なんとなくしか無い。専門家はチェック項目を作ってるが…あのナニカがそれを見てるとは……いや、分からんが……。


 あいつがマークする相手が発症者だとしたら、なぜ俺もマークされた?偶然か?発症者では無い筈だ。あの日から今日までだっていたって正気だ。


 分からない。理解できない。だから対策のしようもないだろう。


 ……ビビっててもしょうがないだろ。もし、俺がマークされてるんだとしても、もしいつか殺されるんだとしても、やることは変わらない。いま、一番すべきで、したら未来のためになることをするだけだ。人生も一緒じゃないか。明日死ぬと分かってる人間なんていない。老衰か病気で弱ってない限り、死は突然だろ。いつ死ぬか分からないなんて普通の事だろ。


 ……そう、俺よりもたかやまくんのほうが心配だ。なんであのナニカと繋がりをもった?あいつと繋がっている以上、定期的に誰かの頭が破裂する映像をはっきりと思い浮かばされ続けることになる。


 本人としても苦しいだろうし、多感な時期にそんなものを繰り返し見せられれば……。


 たかやまくんとあいつとの繋がりは断ち切れるなら断ち切ることが望ましいだろう。そもそも、あいつの存在自体、俺たちの理解を超えてるんだ。干渉されるべきじゃないだろ。


 …発症は精神疾患か。


 「たかやまくん……ショットガンヒーローについてどう思う?」


 もし、仮に奴がターゲットとしてるのが大方の想定通り発症者で、そして発症が精神的な物でしかないなら…やつは精神的領域を監視、もしくは利用できることになるだろう。


 気持ち…精神……言語化しにくいぼんやりとした領域。仮にここにやつが出現し、繋がるための原因があるんだとしたら、取り敢えず調べるべきはやつに対する思いだ。


 「ショットガンヒーロー……あいつは、正直……良くは思いません、…人を殺して回ってるわけだし……」


 「だが、あいつがいなければ、発症者の被害が増えていたのも確かかもな」


 突っ込んでみる。俺は、あいつの存在を許したくない。肯定もしたくない。あんな存在が俺たちのすぐ横にいて、あまつさえそれが俺らに影響を与えることを許す事自体ができない。何をされるか分からないものに未来をゆだねるなどできるものか。


 たかやまくんは、俺に意見を合わせてるんじゃないかと少し思った。だから、こうやって突っ込んで、本当の気持ちを言わせるように誘導してる。俺が肯定すれば、たかやまくんも肯定しているのなら、安心して肯定しだすだろう。特に親が殺されてる人間が肯定してるんだから、肯定の気持ちを本人の前で隠す事はないだろう。


 「え……?」


 しばらくの沈黙。


 「でも……あいつがいなかったらなんて……もしの話なんてしてもしょうがない…と思うんです……確かにあいつが殺すことで被害を抑え込んでる側面はある……でも、発症者だって人間だ……あいつが殺してなかったら、もっと発症者を拘束して、治療方法とか……それこそ予防方法が見つかってたかもしれない……こんな意味の分からない病気におびえることなんてなかったかも……」


 一度、発症した人間が戻ったケースは発表されていない。大方の場合、殺されるからだ。そうじゃなく、この間みたいに拘束されていった人間がどうなっているのか……それは分からない。その先を見た人は誰も知らない。


 「確かにな、お前の言うとおりだ」


 決して肯定しない。気を使わせてるのか?いや、だが本心からの言葉じゃないか?嘘にしては薄さが足りない。


 ……つまり、条件はあいつとの…精神的近さでは無いって訳か…。


 もう少し、考える必要があるな。


 「分かった、今日はありがとうたかやまくん、俺はこれから帰ってやることがあるから……じゃあ、また2日後にここで会おう、生存報告だよ」


 別れを告げ、コンビニでアイスを買って帰った。

 


 

 


 


 

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