第8話 殺害予告

 「で、どうしたんだ?ていうか、今日…学校…」


 たかやまくんを隣に、昼間の公園のベンチに座る。少し遠くのほうに保育園の子供が遊んでいるのが見える。なごやかだ。


 たかやまくんは青いラガーシャツを着て、こちらを見ている。何か、その目はやはり不安そうだ。


 「先生……あの、信じてもらえないと思うんですけど…」


 この子は電話口で俺が死ぬかもしれないといった。その時点でもう荒唐無稽なんだ。今更何を言われようと大して驚かない。


 「俺が、死ぬかもしれないって話?」


 「……まぁ、そうですね……」


 変な間だ。なんだか、少し頭を抱えて考え込んでるみたいだ。何か…言葉を選んでいるのか?


 「順を追って話します」


 そういえば、こんなにこの子がこんなはきはきと話すのを見たのは初めてじゃないか?まぁ、会ってからそんなには経ってないんだけど…。


 「まず、先生……この間、あいつに銃向けられましたよね?」


 あいつ……?


 「ショットガンヒーローのことか…?」


 ヒーロー呼ばわりは気に食わないが、今はそれが一番呼ばれているんだから、もうそういう名前ってしないと会話が成り立たなくなる。


 「えぇ…」


 待て……なんでたかやまくんがあそこの惨状を知ってるんだ?あの周りに生徒は他にいた記憶が無いが。隠れてたか?だが、そうだったらもっと大事になってたはずだ。あの状況で一人いないってなると相当の緊急事態だしな。


 「なぜ、そのことを知ってるんだ?」


 また沈黙。本当に難しそうな顔をしている。


 「あいつの心…たまに繋がるんですよ」


 ... ?


 「もうちょっと詳しく聞いても良いかな?」


 「その…なんて言ったらいいのか…」


 たかやまくんはやはり、まだ何か話しにくそうだ。この感じ…この子はたぶん本気で言ってるんだろう。だとすると、何か妄想癖のような物があるのかもしれない…。そういうのは否定するでも肯定するでもなく、それとなく聞いていったほうが良い。あくまでこの子に合わせていこう。


 だが……、もしそうだとしたら、なぜこの子が体育館で起きたことをまるで見ていたかのように知ってるんだ?偶然の一致か?妄想との。俺がやつに銃を向けられてたことまで?


 「分かった、そんなに焦らなくて良い、ゆっくりでいいから……まずは、いつから「そいつ」と心が繋がるようになったか、なぜそうなったのか教えてくれ」


 ……よく考えれば、正直、偶然で済ますには少し精度が高すぎる。


 「分かりました…あの、あれは確か半年ほどまえのことです…」


 ぽつぽつとたかやまくんが語り出す。遠くのほうで遊んでいた園児達はいつのまにかいなくなり公園内はやけに静かになっていた。


 半年ほど前ってことは…天津症候群が確認され始めたあたりか。


 「当時、私は高校受験のために塾に通っていました……世間はいたって平穏で……中国のほうで何か暴動があったらしいってことも殆ど皆知りませんでした……」


 天津での暴動。あれが天津症候群の第一の発症例だった。確かに、当時はそう大きく報道されなかった。いや……十分大きかったが、ここまで重要視されていなかった。単なる労働者の暴動とばかり思われていた。


 「ある日……私がいつも通り塾の自習ブースで自習していると、後ろからある講師に声をかけられました」


 「うん…」


 「その講師は今まで1度だけ社会科目を教えてくれた先生だったんですけど……目を見開いて、鼻息を荒くし、後ろを振り返った私の胸倉をつかんで椅子から引き上げてきました……」


 ……


 「そのまま、目が気に食わないとか、嫌いだとか、散々意味の分からない罵倒を怒鳴る様に繰り返され、本当に怖かったです……何を聞いても答えは罵倒で………まだ天津症候群なんて知らなかったのでただただ怖かったです……」


 初期の発症者か。まだ、世界的に認知される前だったから政府も民間もまったく対策なんてしていなかった。だから、いくつもの悲惨な事件、事故が発生し多くの人命が失われることとなってやっとWHOが本腰を入れ始めたんだ。正直最悪の時代だった。


 「そのうち、だんだんと私を小突いたりするようになってきて……塾長が駆けつけてくるまでには顔を拳で殴られる程までエスカレートしてました…」


 「それは辛いな…」


 初期の頃、急に傷害事件と殺人事件が増え始めたのを未だに覚えている。俺の親が発症したのもそのころだ。


 「塾長がその講師を羽交い絞めにしてなんとか止めてましたが……その間に少し離れていたのにも関わらず塾長の拘束を振りほどいた講師が私に走り寄り、思いっきり殴りつけてきました」


 丁度この間の惨状と同じような状況だ。初期の頃、何よりも一番怖かったのは発症した本人じゃなく周りの無関心さだった。幾らひどく怒鳴られていようと、周りの人間はみんな近づかなかった、関心も示しても誰も手を差し伸べなかった。だからこそ、莫大な被害者が出る事となったんだが…。


 「上に乗られ、動けない状況で頭を殴られ、だんだんと目の前が白くなって意識が遠のきそうになった時、頭の中で何かが聞こえました……」


 ……


 「なんて…?」


 「同時にいくつもの言葉と音が波のように聞こえたんですけど…何か殆ど日本語じゃないみたいで、というより、今まで聞いたことも無いような言語が混じったりしてて……唯一聞き取れたのは「補足した」でした…」


 補足……?殴られて頭が混乱した際に聞いた幻聴か?本人としてはそれが日本語である確証はないはずだが……日本語の「補足した」と認識したってことか……。


 「どうして、日本語の「補足した」って言葉だと思ったんだ?殆ど日本語じゃなかったんだろう?」


 「…はい、日本語だった確証はないですが…なんとなくそう思うんです」


 なんとなくか……。


 「その件は警察が来て、なんとかギリギリで事なきを得たんですが……その1件以降、頻繁に同様の事件に奴が現れるようになったんです」


 奴


 「ショットガンヒーロー…?」


 「……はい」


 奴


 「あいつが現れて人を殺す前には必ず……何かこう…何を言っているのか分からない声の様なものと……誰かに向かって怒り狂ってる人の……多分発症してる人が遠くに見える風景が頭に流れこんでくるんです……」


 奴


 もし言ってることが本当で……仮に本当にあの「ナニカ」とつながっているのだとしたら。


 「そして、最終的にそいつの頭をショットガンで割るところまで………」


 「分かった…そうか、辛かったな…」


 たかやまくんの手が震えている。顔は白くなって、何か汗のようなものをしきりに垂らしている。呼吸が乱れている。これ以上、話させるのは酷だ。


 「繋がってるんだな?奴と」


 「はい……」


 仮に妄想だったとしても、ここまで追い詰められているのに……今まであんまり人と話すような様子を見てこなかったからきっとひとりでため込んでいたんだろう。いや、ため込んでいたからこそ、人とあまり関われなかったのかもしれない。にも関わらず、よく学校には来てくれた……。本人なりに頑張ってたんだろうか。


 「それで……この前の学校での事件のすぐ後から、頭の中で時々先生が遠くにいる風景が流れるんです」


 ……俺がいる風景?


 「どんな感じのが流れるんだ?」


 「昨日は……誰かの葬式…多分あの体育館で死んでしまった男子学生ので……そのあと、よくわからないですが…暫く後に先生が畳の上で携帯を見ながら缶ビール飲んでるとか…」


 …まじか。


 偶然にしては出来すぎている。確かに俺は昨日、葬式に行って…そしてかえって缶を開けながらSNSを見てた。…もしかして


 「その風景が見えてるときに電話かけた…?」


 「はい…やっぱりそうですよね……」


 これは偶然では済まないな。多分、本当に見えている。タイミングまでばっちりじゃないか。


 「いままで、頭の中に風景が流れてきた人は…皆殺されてるのか?」


 「はい……だから、先生が次に殺されるんじゃないかと思って…」


 手が汗ばんでいる。腹の中に何か異物を感じる。


 「なるほどね…」


 一つ違和感を感じる。


 「さっき言ってたんだけど…今までは怒り狂った…多分発症してる人の風景が流れてたんだよね…」


 「そうなんです……だから、今までとちょっと状況が違ってて…僕もよく分からないんです……こんな日常風景みたいのが流れ込んでくることなんてなかったから…」


 俺は…確定で殺されるってことではない……?もし、このたかやまくんの心とあの「ナニカ」の心が繋がってるんだとしたら、今まで見えていたのは…あいつの狙ってるやつなんじゃないか?つまり、殺す相手を観察している場面が頭に流れ込んできてるんじゃないか?


 …半年ほど前からそれが見えている……?じゃあ、つまり…


 「すまない、辛いかもしれないが…一つ聞かせてくれ……以前、和風建築の中で一人の60歳くらいの女が包丁を持って…20代くらいの男を追い回してるのを…見なかったか?」


 


 


 


 


 


 

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