第3話 エルフのエリーゼ


 時間をかけてようやく街にたどり着いた僕は、情報収集を開始する。

 異世界において、街での情報収集といえば、酒場が基本だ。

 だが、結論から言うと、僕は未成年なので酒場には入れなかった。


「ちぇ、酒場には入れなかったか……。ゲームだったら未成年でも酒場で情報収集してるんだけどなぁ。店主さんにジュースとか牛乳とか出してもらってさ」


「キュキュ?」


「あ、確かに。僕、この世界のお金、持ってないんだった……」


「キュー」


「おお、さすがリスさん。あっちに教会があるんだね。行ってみようか」


「キュウ、キュキュ」




 僕はリスさんとおしゃべりしながら、教会へと足を運ぶ。


 日本にもこういう教会、あったなぁ……親戚しんせきの結婚式に呼ばれた時、行ったことがある。

 屋根のてっぺんに十字架が付いていて、大きな鐘が上部に設置されているのだ。

 窓には荘厳そうごんなステンドグラスがはめられていて、陽光を浴びてキラキラと輝いている。


「あの、すみませーん」


「どうされたかな、迷える子羊よ」


「えっと……僕、外国から来て、この辺りのことが全然分からないんです。それで……」


「なるほど、お住まいをお探しなのですかな? それとも仕事を?」


「あ、いえ、えっと……エルフのことを聞きたくて」


「なんと!」


 親切な神父様だ――そう思って、安心して話をしようと思っていた矢先。

 エルフという単語を口にした途端、優しそうだった神父様の顔が、一瞬にして鬼の形相ぎょうそうに変化したのだった。


「あの悪魔どもの話を聞きたいと申すか! 即刻出てゆかれよ!」


「えっ?」


「出てゆけと言っておる! あんな恐ろしい奴らの話など、縁起でもない!」


「恐ろしい……? え、エルフは温厚と聞いていましたが、恐ろしいのですか?」


「出ていけ! 二度とその単語を口にするな!」


「ひっ! ご、ごめんなさい!」


 結局、僕は逃げるように教会を後にしたのだった。




「あの神父さん、エルフが怖いのかな?」


「キュウ」


「そうだよね、人間のことは分からないよね。うーん、もうちょっと情報を集めてみるか……ん? 今何か聞こえなかった?」


 近くの路地裏から、小さな悲鳴のようなものが聞こえた気がして、僕はこっそりのぞき込んだ。

 そこには――


「エルフじゃないか。ここで一体何を?」


 十五歳ぐらいのエルフの少女と、それを取り囲む五、六人の男たち。

 少女は後ろ手に縛られた上、猿轡さるぐつわを噛まされている。

 さらに男たちは、武器を手にしていた。


「……あれじゃあ魔法も使えないよな。助けてもいいと思う?」


「キュウ!」


「よし! やるか! おーい、みんな、集合ー!」


 僕の呼び声に応えて、街に住む犬や猫、ネズミやカラスたちが集まってきた。


「みんな、あの子を助けるんだ!」


「ワン!」「オアーッ」「チュウチュウ」「カァー!」


 街に住む動物たちが、一斉に男たちに飛び掛かる。


「なんだなんだ!?」


「あ、悪魔が動物を操ってるのか!?」


「いてっ! 痛てて! な、なんだよこいつら!」


「あいたっ! み、耳っ、かじらないで! いでででで!」


「くそっ、やっぱり悪魔は根絶やしにしねぇと! ひとまず逃げるぞっ!」


 男たちは悪態を口にしながら、散り散りに逃げて行ったのだった。

 残されたエルフの少女の猿轡さるぐつわを、僕の肩に乗っていたリスと、ネズミたちが器用に外す。


「ぷはぁ、リスさんたち、ありがとう……」


 少女がリスにお礼を言うと、リスは僕の肩に駆け上ってくる。

 僕は少女と目が合った。


 エルフの少女は、絹糸のように輝く金髪に、宝石のような青い瞳。

 ミコもかなりの美少女だが、エルフの少女もミコに引けを取らない、絶世の美少女だ。


 少女は、僕をにらみつけるように見ているだけで、動く気配がない。

 僕はためらいながらも、少女に声をかけた。


「あ、あの、大丈夫……?」


「――あなたは、テイマー? あなたがわたくしを助けてくれたのですか?」


「えっと、一応、そうなるかな」


 少女の声は鈴を転がしたように美しく、怖い目にったにも関わらずりんとしていた。

 僕が少女の質問にうなずいても、その探るような視線から、警戒心は消えてくれない。


「……何のつもりです?」


「何のつもりって……困ってそうだったから」


「わたくしは、エルフなのですよ?」


「それが何? この街の人は、エルフを助けないの?」


「……あなた、変わってますわね」


 少女が、フッと笑顔をこぼした。

 ずっと警戒されていたから、彼女の笑顔を見るのは初めてだ。

 僕のほほも自然とゆるんでしまう。


 ――と、そこに突然、後ろからタックルを食らって僕は顔面からズッコケてしまった。


「痛ってぇえ!!」


「こぉの浮気者ぉ!!」


 聞こえてきた声は、聞き慣れたミコの声だった。

 後ろを見ると、人型バージョンのミコがブスッとした顔で仁王立ちしている。

 浮気者もなにも、僕はミコと付き合っているわけでもない。不本意だ。


「……って、エルフ? どうして人間の街にいるの?」


「なんかこの子、おそわれそうになってたんだよ」


 僕がおでこをさすりながらなんとか立ち上がると、ミコはずかずかとエルフの少女に近づいていく。


「はじめまして。私はミコ。――こういう者よ」


 ミコは、話しながら狼型に変身する。

 エルフの少女は、驚いたように目を見開いて固まっている。


「見ての通り人間じゃないし、こっちの遥斗はるとは私のしもべだから、安心して」


「しもべかよ……」


「ミコ様から、強く神聖な力を感じます。あなたは一体……?」


 エルフの少女は、ミコに尋ねた。

 エルフが魔法に長けた種族だからだろうか、僕たちの世界でいう霊感みたいなものがあるようだ。


「ミコは、こう見えて異世界の神様なんだ」


「異世界、ですか?」


「そう。私たちの世界とこの世界のゲートが繋がっちゃってね、ちょっと調べに来たってわけ。あなた、えーと」


「申し遅れました、わたくしはエルフ族のエリーゼと申します」


「エリーゼね。異世界のゲートについて、何か思い当たることはない?」


「――ひとつ、あります」


 そうしてエルフの少女、エリーゼは知っていることを話しはじめたのだった。

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