第2話 ゲートの向こうはバトルフィールド


 僕、汀間ていま遥斗はるとと、大神おおかみ神社の巫女みこである大神おおかみミコは、満月の夜に異世界に繋がるゲートを通り抜けた。


 ゲートの向こうは――


 土埃つちぼこりきらめき、怒号の飛び交う、異世界バトルフィールド真っ只中だった。



「うーん、どうなってるの? 土埃でなーんも見えないんだけど」


「うう、血の匂いがきつい……爆発音で耳がいかれそう……」


「ねえ、ミコ! なんで僕たち、戦場の真っ只中にいるわけ!?」


「そんなの私が聞きたいよー! あー、もう、しんどい。狼の姿になって離脱するよ」


 ミコの身体が淡く光ったかと思うと、ミコは一瞬でニホンオオカミへと姿を変えた。

 大きめの体躯たいくを持つニホンオオカミの中でも、ミコは神格化しているだけあって、さらに一回りも二回りも大きいサイズである。

 ミコの体長は二メートル近くもあって、僕程度なら軽々と運ぶことが出来るのだ。


遥斗はると、早く乗って」


「し、失礼しま――うわぁ!? 速っ!」


「舌を噛むよ! 黙ってて!」


 僕がミコにまたがると、ミコは想像を絶するスピードで荒れ野を駆け始めた。

 ミコは戦場を離れ、生い茂る森の方向へと駆けていく。


 森のすぐそばまで来て、ミコはようやく足を止めた。

 身体を振って僕をドサっと地面に落とすと、ミコの身体が淡く光って、元の人間の姿に戻る。


「この辺まで来ればもう大丈夫ね。まったく、ヒドい目にったわ」


「ぜぇー、はぁー」


「ねえねえ、走ったのは私なのに、なんで遥斗はるとが息切れしてるわけ?」


「み、ミコが速すぎて、振り落とされないようにするのに必死で……」


「相変わらず体力ないねー」


「わ、悪かったな」


 ミコは苦笑しながらも、僕の呼吸が落ち着くまで待ってくれている。

 なんとか呼吸を整えた僕は、周囲の状況を確認した。



 改めて見回してみると、確かにここは、異世界のようだった。

 ものすごくデカイ鳥が空を横切っていくし、足元に生えている植物も日本では見たことがない種類だ。

 それに、先ほどの戦場の方へ目をやると。


「ま、魔法……本物だぁ……」


 遠すぎて細かいことは分からないが、赤や青、黄色の光が戦場を飛び交い、弓矢や剣、槍を持った戦士たちが駆けて行っては吹っ飛び、吹っ飛んでは白いローブの人が杖をかざして、回復したらまた突っ込んでいく。


「戦士だぁ、弓使いだぁ! 魔法使いにヒーラー……すっげぇ!」


 僕はゲームの世界で見たことのある光景を目の当たりにして、興奮していた。

 ミコは、やれやれといった顔で、髪や身体についたほこりを払っている。


「ねえ、遥斗はると。彼らは、何と戦ってるのかしら?」


「何とって……ドラゴンとか? ベヒーモスとか? それともキマイラとか?」


「何そのいかつそうな横文字。知らないけど、それって人に近い姿してるの? 私には戦ってる相手も人型に見えるよ」


「え? 人間同士の戦争ってこと?」


「さあ。片方は間違いなく人間だと思う。剣、槍、魔法、何でもありね。でも、もう片方の人型は、背が高くて、耳が長く見えるわ。弓矢と細剣レイピアを持ってはいるけど、魔法がメインみたい」


「そそそそれは! もしかしてエルフじゃない!?」


「エルフ?」


「森に住んでる長命な種族で、魔法が得意で、尖った耳を持つ種族だよ。美人と美男子揃いなんだ」


「へー」


 厨二病を発症している僕は大興奮だが、ゲームをやったことのないミコは、全然興味がなさそうだ。

 すっかりしらけている。


「それにしても、人とエルフの戦争か……ちょっと探ってみる?」


「うーん、関わり合いになるのは嫌だなぁ。けど、魔法が得意な種族なんだったら、異世界に繋がるゲートのことも知ってるかもしれないわね。軽く探りを入れてみよっか」


「じゃあ、森に住む動物たちに話を聞いてみようか……おーい」


 僕が呼びかけると、森に住むウサギや鹿、小鳥たちが寄ってくる。


「みんな、どうしてエルフと人間が争ってるのか知ってる?」


『ピィピィ、人間たち、魔法の森の恵みを欲しがってるピィ』


『チュンチュン、エルフたちが人間を森に近付けないからチュン』


 動物たちの話を要約すると、どうやらエルフの住む魔法の森の中心部にあるご神木しんぼく――『長老の木』の調子が悪いらしい。

 魔法の森では、その名の通り魔力を帯びた特別な素材を採取できる。

 これまでエルフは、森の外周部に人間が立ち入って素材を採取するのを、無条件に許してきた。

 だが、人間たちの欲望は際限さいげんを知らず、ついに中心部にある長老の木周辺にまで立ち入るようになってしまったのである。


 そのことと関係があるのかないのか不明だが、最近は長老の木の調子が悪くなり、森が枯れ始めているのだそうだ。

 エルフたちは、森への人間の立ち入りを完全に拒み、森の再生に注力し始めた。


 面白くないのは人間たちである。

 人間たちから見て、魔法の森はまだ枯れていないし、資源も尽きていない。

 エルフたちが森への立ち入りを禁止する理由を、資源の独占のためだと結論づけ、一方的に攻撃を仕掛けたのだそうだ。

 普段は温厚なエルフたちだが、攻撃されて黙っている訳がない。

 こうしてエルフたちも一斉蜂起いっせいほうきし、この戦争が勃発ぼっぱつしたのだそうだ。


「うーん、不毛だなあ」


「戦争になるくらいなら、森を捨ててどっかに逃げちゃえばいいのに」


「エルフは森と共に生きる種族だからね。難しいんじゃないかなあ」


 現実ここではどうだか知らないが、何となくエルフは森から離れたがらないイメージだ。

 ミコは、大して興味なさそうに続ける。


「ふーん。なら人間なんてさっさと殲滅せんめつしちゃえばいいのに。エルフたち、全然本気出してないでしょ、アレ」


「え、そうなの?」


「うん。だって、見てる限り誰も死んでないよ。人間も、エルフも。人間たちは本気みたいだけどね」


「追い払えればそれでいいって感じか」


「でも、人間はしぶといからね。それでウチのたちも……。うーん、ちょっと嫌な予感するなあ」


 ミコは、うーんとうなりながらあごに手を当てていたが、何か思いついたのか、突然人差し指をぴっと立てて、僕にひとつ提案をした。


「ねえ、遥斗はると、ちょっとだけ別行動しましょ」


「え? 何するの?」


「私は、狼の姿になって森のエルフたちに話を聞いてくる。遥斗はるとは、街に行って人間たちに話を聞いてきて」


「わ、分かった。気をつけてね、ミコ」


「まっかせなさい! じゃあ、後でねー!」


 ミコは胸を張ってそう言うと、狼の姿に変身して、森の方へ駆けて行ってしまったのだった。


「あ……街、どこだろ」


 取り残された僕は、街の場所を動物たちに尋ねた。

 どうやらかなり遠いらしい。

 僕はダメ元でそこにいた鹿に尋ねてみる。


「ねえ、君、僕を街まで乗せてってくれない? ……重量オーバー? あ、うん、そうだよね……」


 道案内をしてくれるというリスを肩にのせ、僕はとぼとぼと街への遠い道のりを歩き始めたのだった。

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