第3話

◆??? side








「返して、返してよぅ……」



 私は囁くようなかすれ声で懇願する。


 倒れ伏してる自身の、なんと無様なことか。白く枯れた頭髪に深くシワの刻まれた肌、傷一つないのに動かぬ四肢。


 しかし、それ以上に情けないのは、そんな姿を見せ付けるために、わざわざ姿見をこちらへ向ける憎き略奪者少女に報復するでも、盗品を取り戻すでもなく下手したでに出ている自分自身の性根だ。




「あはっ♪ 本当に返して貰えると思ってるの?」




 心底バカにしたような言い方をする彼女に踏み付けられるが涙を飲んで我慢する。


 なぜなら私が奪われたモノはプライドなんかよりも余程大切な、若さ・・なのだから。


 こんな老人の姿となって初めて理解した。若さが、どれほど代え難い宝なのかを。


 取り戻すためなら学園に入学するために磨いた魔力と技術も、良好な人間関係も、十年以上かけて交際にこぎつけた堅物幼なじみも全てを差し出す。


 だって、それらは若さがなければ失うことが目に見えているのだから。


 そんな私を見かねたのか、慈悲さえ感じる憂い目で私の痩けた頬ヘ手を伸ばした彼女は告げた。




「あなたはずぅと、そのままよ」




 先程の表情を嘘のように豹変させて下卑た笑みを見せる。


 そんな彼女は、ただでさえ絶望的な私に対し追い打ちをかけるべく口を開いた。




「ああそれと、交渉したいんだったら無駄だよ」



「……え?」



「だって、貴方の人生は過去、現在、未来の全ては私のモノだった・・・事になるんだから」




 忌まわしい彼女がグチャグチャと顔を捏ねたかと思えば、やがて現れたのは見慣れた顔。


 若さを奪われるまでは毎日見ていた、私自身の顔そのものだった。


 ここまでされて、ようやく敵の正体に気付く。若さの源たる生気を奪い、顔そのものを変形させる事によって魔法による看破すら欺く伝説の種族。




「貴女、サキュバスなの?」



「や〜っと気付いたの? 救いようがないのね」




 ああ、そうか。


 私の人生これまではサキュバスに奪われる為にあったのか。血の滲むような努力も、甘酸っぱい恋も全て。


 もう、どうでもいいか。


 無気力になった私には頭に足を乗せジワジワと力を入れるサキュバスに怨みを抱く気力すら消えていた。


 頭蓋が砕ける、その時まで。




「ばいば〜い♪」








綺堂 薊きどう あざみ side








 見渡す限りの人の海。


 俺達コミュ障の天敵たる人混みに揺られながら目指すのはクラス発表が貼られるの掲示板だ。


 ポツポツと点在する警備員の指示に渋々従うも、ストレスのあまり周囲を蹴散らしたい衝動に駆られる。


 その気になれば容易に為せるだけの力の差が俺と一般生徒彼らの間にはあるので、吸血鬼の闘争本能を抑えるのが大変である。




「なんで合格発表は手紙で来るのに、クラス発表は来ないんだよ」



「えっと……様式美?」




 思わず吐き捨てた俺に反応するのは、現状唯一の精神安定剤たる来紅らいくだ。


 何とも力の抜ける回答で荒んだ心が和むのを感じる。


 しかし冷静に考えてみれば、ここがゲーム世界であることを考慮すると正解かもしれない。というか、他に思いつかん。




「それもそうか」




 なんだかんだ様式美テンプレは大事だからな。


 そうこうしてる内にクラス分け表を張り出された掲示板にたどり着く。普通の生徒ならば、隣の来紅のように背伸びでもして自分の名前を探すだけで済むのだが、俺はそうもいかない。


 なにせ俺は『病みラビ』の悪役なのだ。


 、この状況こそまさにゲームの最序盤であり、主人公と綺堂薊の間にイベント因縁ができるタイミングでもある。




「やっと、この時が来たか」




 とは言え、緊張は特にない。


 このイベントに関しては事前に不干渉と決めてあるし、イベントの内容を考えれば充分実行可能なのだから。


 ちなみに内容は


 1.綺堂薊が偶然、ヒロインの誰か(ランダム)肩のぶつかる

 2.へ罵詈雑言を浴びせた後、「慰謝料のかわりに一晩好きにさせろ」と無茶苦茶な要求

 3.主人公が乱入

 4.なんだかんだで俺はボコボコ


 という流れだ。


 負ければ本当にヒロインがレイプされた後に売られてバッドエンドになるにしても、狂気の坩堝である『病みラビ』にしてはマイルドなイベントだ。


 まだ、この頃は制作陣の理性が残っていたのだろうか。


 まぁ、どうでもいいか。




「薊くん、あそこあそこ」




 いつの間にか俺の腕をホールドしていた来紅が人混みの最前列を指差す。


 いま思ったが、来紅のホールドコレや登校時に当たった水雲菫みずもすみれはイベント発生キーにならないか不安になってきた。


 来紅はともかく時間が経過してるに菫は大丈夫だろうが、やっぱりアレは迂闊だったか。


 内心で女々しく失敗を引き摺ってるのを表情に出さず、彼女の指先を辿ると予想外の事態が起こっていた。




「この無礼者! わたくしを誰だと心得てますの? そこに直りなさい!」



「互いの不注意で肩がぶつかっただけだろう。平等を掲げるこの学園で理不尽・・・に僕だけを責めるのか?」



「ぶつかっただけですって!? 貴方──」




 そこにはゲーム時代前世に嫌というほど見た主人公とヒロインではない女敵キャラが互いの地雷を踏み抜き言い合っていた。


 まるで先程まで考えていたイベントを女敵キャラが悪役とヒロインの二役を兼ねて再現したような想定外の光景に対し、自身がどう行動するべきか思考を回す。


 あの二人の仲がこの場面で険悪になることで今後生まれるゲーム知識との差異、主人公とヒロインの出会いが潰れる事の影響、その他諸々ハッピーエンド理想の実現に障害となる事態が発生する可能性。


 そうして考えた末に出た結論は




「来紅、同じクラスだったぞ。そっちでもよろしくな」



「え、あ、ほんと? よく見えたね」



「まぁな」




 かなり得しそうなので放置することにした。


 二人の騒ぎのお陰でクラス表の前から人がいなくなって俺の位置からでも見えるようになった。


 多少の距離はあるものの、その程度は吸血鬼の視力には関係ない。警備員が集まってきたし面倒事に巻き込まれる前に逃げるとしよう。助ける義理は無い。






 なぜなら、ヤツは必ず殺すと決めた相手なのだから。

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