第38話
◆
「ふぅ」
メリッサの教育から数回目の戦闘後、問題なく敵を倒せるようになった来紅は達成感と共に額を拭う。
『奪骨の杖』は魔法の使用毎に骨を奪われる代わりに魔力をほとんど消費しないため、魔力量を含めた魔法の才能が乏しい来紅との相性は抜群であった。
「もう雑魚じゃ相手にならなそうだね」
また、達成感を感じてるのは来紅だけではない。メリッサもだ。
何度か弟子の育成に不安を覚えたが、やはり自分の見込んだ通り魔女としての才能は充分であったようで、常人なら同じ固有スキルがあったとしても扱い切れない杖を使いこなせている。
杖も自身の主人に御満悦なようで嬉しげにカタカタと嘴を鳴らしていた。
意思ある道具は基本的に、気に食わない主人は拒絶するか牙を剥くかの二択なので、来紅を気に入ったのは間違いないだろう、と。
「師匠、まだ薊くんは見つかりませんか?」
「ダメだね。少なくとも、あたし等の近くにはいないよ」
来紅は弟子入り直後に、メリッサ自慢の魔法で薊を捜索してもらえるよう頼んでいたのだ。
もっとも館の制御権を奪われた影響で力が低下しているため、芳しくない結果が続いている。やはりと思いつつも落胆は禁じ得ない。
「お嬢ちゃんの話じゃ、彼は中々しぶといんだろう? ならきっと大丈夫さ」
「……そうですよね。きっと大丈夫です」
来紅と薊は、お互いに固有スキルの情報を交換している。しかし、それは全てを教えた訳ではない。HP自然回復があるという事だけ教え合っていたのだ。
また、戦闘の得意ポジションについても聞いていたため、彼が耐久力に優れてることも知っていた。だが、それでも不安は消えない。なぜならこの館は普通ではないのだから。
そして絶妙のタイミングで希望が
「なら、奴等を倒しに行くかい。それからなら、あたしが直ぐにでも見付けてやるさ」
「えっ、もういいんですか?」
奴等とは聞くまでもない。
これまで圧倒的な力で敵を殲滅していたメリッサを一度は倒した相手の事である。
来紅は自身がメリッサに遠く及ばない事など分かり切っていたので、まだ早いと思い込んでいたが彼女の見解は違うらしい。
「良いも何も、言っただろう? 雑魚じゃ相手にならないって。なら本番に移るもんさね」
「……分かりました、行きましょう」
「もの分かりのいい弟子は好きだよ。ついてきな」
「はい、師匠」
言ってる事は分かるし、来紅としても望むところなのだが、どことなく強引なメリッサに不安を覚えた。何を考えているのだろう、と。
しかし、そんな弟子の様子もどこ吹く風。ズンズン先へ進むメリッサに連れられて来たのは、これまでとは違うお菓子ではなく石で造られた一本道の廊下へ入って行った。
明かりはケーキを飾り付けるようなファンシーなロウソクから粗末な松明へ、廊下に転がっているのは肉片や十字架から白い石とパン屑に姿を変えた。
この先には、これまでとは違う『何か』がいる。先程までの余計な思考が吹き飛ぶほどの劇的な変化だった。
「うふふっ、この先にいるんですね」
そうして余計な思考が吹き飛べば、残るのは魔女の卵たる来紅のみ。
チラリと確認したメリッサは、ひっそりと笑みを零した。思った通り、余計な
「薊くんと手を繋げたら石にして離れられないようになりたいな。優しいからきっと許してくれるよね」
まぁ、限度はあるようだが。
男女関係に口を出すのは師匠の仕事ではない。弟子の両親と相手の男が何とかすべきだろう。自分の役目は魔女として立派に育て上げる事だけである。
たとえそれが、他の問題を悪化させるとしても知った事ではない。
「あっ、でも師匠。私、ここに来るとき体を操られたんですが、それって大丈夫なんですか?」
ふと思いついた疑問を何でもないかのように投げ掛ける来紅。
この期に及んで新情報とは場合によっては作戦を一から組み直す大変面倒な事態となる可能性すらあった。
普通の師弟ならば叱責の一つや二つでは済まない失態だが、二人が出会ってから短くも濃い時間に来紅が積み重ねた数多のドジの経験と、今が緊急事態であることを加味すればギリギリ冷静に対応できた。
それに、どうせ問題ないのだ。怒る理由など毛ほどもない。口の端が引き攣るのを抑えながらメリッサは返答する。
「それは、あたしが館に掛けた魔法さ。聞き分けない客人を逃したくなくてね。入口以外じゃ使われないだろうし大丈夫だよ」
「それなら良かったです」
軽いものとは言え胸のつかえが消えて安心した来紅はメリッサの苦悩など知る由もなく、再び妄想へと旅立った。
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