第37話

雁野 来紅かりの らいく side








 説教されてから数分後、すっかり持ち直した来紅は杖を握り締めてウズウズしていた。


 と、言うのも───




「よし、今から魔法の授業を始めるよ」



「はい、師匠っ!」




 待ちに待った魔法を教わる時間だからだ。


 興奮のあまり、若干前のめりになりながらメリッサの言葉に元気よく返事をする。教材・・に瀕死のモンスターがいるとは思えない反応だ。




「お嬢ちゃんに渡したような、見ただけで普通とは違う道具ってのは基本的に何かしらの能力を持っている」



「そうなんですか? じゃあ、この杖はどんな能力ですか?」




 ワクワクが止まらない来紅が、目をキラキラさせながらメリッサに問う。




「焦るんじゃないよ、今から説明してやるさ」



「はい」



「その杖は『奪骨だっこつの杖』と言ってね、使用者の骨を消費して強力な魔法が撃てるのさ」



「強力な魔法……」




 繰り返したフレーズに喜色きしょくにじむ。


 骨を失う痛みと不便さは身を持って知ってるが、魔法攻撃の手段が手に入るのは大きな魅力を感じた。


 自分とあざみには、魔法攻撃の手段が不足している。以前に二人で互いの出来る事を話し合った際に判明していたので、かなり嬉しかった。


 その時に学園に入学したら二人でパーティーを組む約束をしており、攻撃魔法が得意な人員をスカウトする予定だったのだが自分が出来れば必要なくなる。




「これで二人っきりのままでいられるかなぁ」



「……取り敢えず、あたしに言ってるんじゃないのは分かるよ」




 未来を想像して顔を緩める来紅を見たメリッサは思わず遠い目になる。また弟子がアホになってしまった、と。


 婚約者兼親友の事を言っているのだろうが、弟子の話を聞けば聞くほど本当に婚約者なのか怪しくなってくる。少なくとも弟子にとっては婚約者なのだろうが相手にとってはどうなのか。


 仮に意識の食い違いがあり、それが最悪の形で発覚した場合、弟子は魔女や魔人ですらない完全な『魔』として災厄を振り撒くだろう。


 あの強力な固有スキルを活かした不死身の化物として。




「きゃーっ! そんなの幸せ過ぎるよーっ!」



「はぁ」




 妄想に浸る弟子を見て自身の想像は正しいだろうと嬉しくない確信を得たメリッサは溜め息を吐いた。


 まぁ、今すぐやる必要がある訳ではない。今は相手の男が生きてる事を祈るだけに留め、授業の続きをするかと思い直す。


 


「ほらっ、戻っておいで」



「はっ」




 薊と二人っきりで学園生活を送り仲を深め、その先の展開まで妄想していた来紅は、やっと現実に意識を戻す。


 幸せな妄想が終わり少し残念だったが、それは現実で叶えようとモチベーションを上げる燃料にした。むんっと気合いを入れてメリッサへと向く。




「魔法が使えるなら魔力の感覚は掴めてるだろう? とりあえず杖に魔力を流してみな」




 言われた通りに杖へ魔力を流してみた。


 すると、杖に付いてる鳥の頭蓋骨が眼孔を赤く光らせ、あごをカタカタと鳴らす。


 自分と同じように力を使えるのが待ち遠しかったのか、どことなく嬉しそうに見えた。




「あっ」




 右足に唐突な痛みが走り、体のバランスが崩れて倒れ込む。


 思わず手を離した杖は支えも無く独りでに立って眼孔の光を瀕死の化物モンスターへと向けている。そして口から白い霧を吐き出した。


 その霧は瞬く間に広がり化物モンスターを包み込んだ。




「ガァァァァッ」




 瀕死の体で、どこからそんなに声を出したんだと思うほどの断末魔を上げたモンスターは、体の端々から灰色にくすみ、崩れ落ちた。


 残骸を観察すると、酷く見覚えのある材質であった。自分を齧りながら失った骨を再生すると、メリッサに魔法の正体を確認する。




「これ、石化魔法ですか?」



「ほぉ、よく分かったじゃないか。気に入ったかい?」



「はい、とっても気に入りました♪ この子、凄いですね!」




 代償に骨を持って行かれたとは思えないほど喜ぶ弟子を見て、メリッサは師匠らしくアドバイスを与える事にした。


 ほんの少しばかり悪戯心を込めて。




「それは杖に言ってやんな」



「杖ですか?」




 半信半疑で杖へと目を向けると、こちらを期待するように見ている気がする。いや、眼球など無いので見てるとは言わないかもしれないが。


 たしかに頑張ってくれたのは杖だ。たとえ無機物といえど労いも必要かもしれない。




「ありがとね『奪骨だっこつの杖』。後で精一杯、お手入れしてあげるからね」




 そう言うと返事をするようカタカタ鳴らす杖。意思の疎通が取れた事に少し驚く。


 この手の道具に意思があるのはそこそこ聞くが、コミュニケーションが可能なほど理性があるのは極稀だからだ。




「ヒッヒッヒ、大丈夫そうだね。次に行くよ」



「あっ待って下さいよ師匠」




 来紅を見て少し顔をなごませたメリッサは先行きへと進み、来紅は慌ててついて行った。

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