亡国の民より、今際の王へ。

カノン

亡国の民より、今際の王へ。

 ――汝、生き残りたくば十の年を戦争に費やせ。さすれば、神の恩情により彼の国への入国を許されん。


 ミョルマン王朝 兵目第一行より抜粋


 黒煙煙る、我らの戦場。


 地を踏みしめ、数えるのも馬鹿らしくなるほどの《魔皇》の先兵が現れる。


 全身を隙間なく覆う黒き鎧から立ち上る闇の魔力は、空を覆い尽くして天の光を奪い取り、規則正しく鳴り響く足音は、聴く者を堕とす絶望の音色。


 頭の鎧からはその顔を認識できず、ただ爛々と彼の国を滅ぼさんとする呪われた目を赤く輝かせ、彼ら全てで一つの生命体とも言える《黒の矛先》。


 彼らを生み出す《魔皇》によっていくつの国が滅びたか、否、今は残っている国を数えたほうが早い方か。


「……」


 そんな彼らの歩く平野を見据え、小高い丘から見下ろすのは山吹色の髪の少年。


 端正な顔立ちは、一目見れば誰もが一瞬見惚れてしまうモノだろうが、その深海のように深く冷たい藍色の瞳を見れば、きっと関わりを持とうとは思うまい。


 年端は十二と言ったところだが、その低い背丈に纏う黒を基調として赤のラインの入った、まるで死神を思わせる隊服が非常にアンバランスに映る。


 しかし、その左胸に施された蓮の刺繡は唯一誰かの愛情を感じさせるものだった。


 そんな少年の右耳につける、魔法石を加工した通信機器から、一瞬ガガッ、と周波数を合わせるようなノイズが鳴る。


『あ……あぁ~……。お、つながった。やぁ牙城君。調子はどうだい?』


 戦場の空気を一切読まない、そんな無駄に明るい声が聞こえた。


 少年、牙城は魔法石に右手を当て、魔力を流し、


「……いい分けねぇだろ。クソ指揮官。あの矛先ども、俺が聞いてたのより倍くらい多いぞ」


 明らかに機嫌の悪い声を発する。


『あれ? ほんとに? おっかしいなぁ……。まぁ、牙城隊なら勝てるよ、頑張って』


「今は牙城隊じゃねぇ、俺だけだろ。うちの奴らはてめぇらが友軍の援護に持っていきやがっただろうが」


『あはは、そうだっけ? まぁ、それもまた試練のうちさ。あ、それとね、一応援軍は送ったよ。ただし……』


 声がそういうと、背後から数人の足音が聞こえてくる。


 敵では無い。暗殺者の類であれば、牙城に聴かれるような足音を出すはずもないからだ。牙城が振り返れば、黒の隊服を着た隊員が十五人程。

 されど、


「……全員怪我人か」


 その全てが、腕の一本、足の一本は欠損済み。

 あちこちに包帯が巻かれて、そこからも血が滲んでいる。

 ここまでくるのにも、きっと死に体だっただろう。

 いや、もう数人脱落した後かもしれない。


 牙城の呟きに、声はまっさかぁ、と笑う。


『怪我人じゃないよ。治療不可能兵だ』


 治療不可能兵。……要するに、死にかけの捨て駒。


『二日前の脱落兵、もう治療しても意味がない。でも、君の『権能』なら、彼らをうまく使うこともできるだろ?』


「……」


 その問いに、牙城は沈黙で返した。


『おいおい、怒るなよ。これでも君のために用意した隊員たちだ。君はウチへの大事な亡命者だからね、他の隊員よりも優遇しているだろう?』


 それじゃあ、と声は続ける。


『これより、現場の指揮権は君へと移す。君の任期はあと八年。それまで生き残れたらうちにある君の祖国の大使館で、小さいけど国を復活できる。せいぜい生き足掻きな? 亡国の王子様』


 声はそういうと、ブツッと音を立てて切断された。


「チッ、ゴミが」


 牙城は耳から魔法石を外し、それを忌々しげに指で潰す。

 その牙城の背に、


「……なぁ、あんたが牙城でいいのか?」


 そんな声がかけられた。

 牙城が振り返れば、そこにいるのは、黒髪と黄金の瞳を持つ青年。

 牙城よりも年上だが、右腕を欠損し、首周りに黒い痣ができている。

 その痣を一瞥したのち、


「……あぁ、そうだ」

「そうか、ならもう命令は受けたな。……俺らを使い潰してあの矛先どもを殺せ」


 牙城への命令、それの隠された意味を包み隠さず告げた。

 それを言った隊員へ、牙城は眉を顰めて尋ねた。


「お前らは、それでいいのか?」

「いいのかと聞かれたら、よくはないだろうな。……でも、俺たちにはこれしか道がない。仲間のために死ぬか、逃げて惨めに死ぬか」

「……だったら、この亡国の王子は惨めな側だな」

「そういうなよ、本当に惨めだったら、ここからもう逃げてるさ」


 男はそう言って、苦笑いを浮かべた。

 そんな男の周りに、彼が連れてきた仲間たちが並ぶ。


「……なぁ、もし俺たちがここで死んだらさ、あのクッソタレ王朝式の葬儀じゃなくて、お前の国の葬儀にしてくれないか?」

「いいのか? 自分達の国式じゃなくて」

「残念ながら、俺たちは《養殖》組だ。自分達の葬儀のやり方なんざ知らん」


 養殖、すなわち今亡き彼らの両親も牙城と同じ、外からの隊員であったということ。

 ……そして任務中に死を迎え、彼らは軍によって教育、隊員へと育てられたということ。


「……承知した。俺がお前らの最後を見届けて、埋葬してやる」

「はは、王子に見送ってもらえるたぁ俺らは幸せもんだな」


 彼は大声で笑い、それに釣られて周りの兵士も笑う。

 牙城はそんな気のいい彼らに、様々な感情を乗せた目を向けた。

 そんな牙城に気付いたのか、彼はすまなそうに笑い、牙城の頭に手を乗せて、


「……すまないな、俺達みたいな大人が解決しなきゃならんもんを、あんたに押し付けちまって」


 その山吹色の髪を優しくなでる。

 唐突のことに驚いたか、はたまた優しくされたのが久しぶりだったからか、牙城は呆然とそれを受け入れた。

 牙城はされるがままだったが、少ししてその手を振り払い、


「うるせぇよ、俺だってこれでも王子だ。あんたらの思いも受け継いで、残りの任期を生き抜く」

「……そいつは助かるな。なら、俺たちはあんたを生き残らせるために奮闘しないと」


 彼の言葉に仲間たちはうなずき、死地となる戦場へと向き直った。

 目の前に迫るのは、相も変わらず数えるのも馬鹿らしくなるほどの《黒の矛先》。

 絶望を叩き付けるような彼らを見つめ、牙城は隊員たちの先頭へと歩き出す。

 そして、腰に吊った簡素な金の模様入りの黒曜剣を抜き放ち、それを地に突き刺して、


権能我と共に、死すらも超えて


 牙城は、己の権能を発動する。

 《権能》、この世界では一人一人が持つ特殊能力、牙城の場合は味方と自分の強化。

 ……その強化値を、ある特異な方法で底上げする、牙城が王子と呼ばれるにふさわしい権能。


「……いくぞ、敵は眼前の《黒の矛先》。その身を賭して、あのクソッタレ共を守りきれっ!」

「「「おぉぉぉぉぉぉおおおっ!」」」


 牙城の声を合図に、隊員たちは突撃をしていく。

 それぞれが持つ権能は、千差万別。

 彼らの振るう武器は、矛先たちの鎧を容易に破壊する。

 牙城によって強化された力をフルに使い、数えるのも馬鹿らしくなるほど矛先を潰して、


「がはぁっ!」

「ぐ、ぞぉ……」

「いや、いやだぁっ!」


 自身の身体的な限界、数の暴力により、隊員が一人、また一人と死んでいく。

 彼等の叫び、恐怖、そして、


「……後は、頼む」


 願いを受け継ぎ、牙城は敵を屠り続ける。


「あああァァァァぁああああああッ!」


 獣のように叫び、倒れていく味方を見送って、牙城は剣を振るう。

 味方が死んでいくたびに、強く、重くなっていくその剣を。


 牙城の権能、その強化方法は、『強化対象とした魂の徴収』。

 要するに、仲間が死ねば死ぬほど、牙城自身が強くなる。

 仲間が死んでもその魂と共に生き抜き、やがて自分の国へと連れ帰るという、牙城の願いが具現化した権能だ。


 目指すは一騎当千、否、一騎当万すらも目指して、生き残るためにその剣で障害を切り捨てる。


 切って、斬って、切り続けて……。


 終わりの見えない戦闘に、必ず終わりが来ると信じて。

 牙城は、その剣を振り続ける。

 そして、鳴りやまなかった剣戟の音が、ついに止んだ。


「はぁ、はぁ……」


 いくつもの鎧が散乱し、そのすべてが黒い魔力へと還元されていく戦場。

 いまだに動く最後の鎧、その頭部の隙間から牙城は剣を突き入れ、地面に固定する。


「……これで、終わりだ」


 その鎧は、少しの痙攣の後に、沈黙。

 辺りの鎧と同じように、魔力の塵へと変化した。


「……」


 牙城が周りを見れば、もう立つものはいない。

 消えゆく鎧が転がっているだけだ。


 やがて全ての鎧がその姿を消しその場に残ったのは、矛先によってぐちゃぐちゃにされて、顔の判別も、その死体すらもわからなくなった、肉塊。

 いないとわかっていても、一応生存者を探していると、


「……降って来たか」


 ぽつ、ぽつ、と、黒い魔力の堆積した雲から雨が降り始める。

 闇に染められた魔力が無色の純粋な魔力へと戻るために、この星を廻る魔力廻廊へと還っていくのだ。

 そのため雨粒は黒く染まり、水たまりも墨汁でも突っ込んだかのように黒くなる。

 黒い雨を全身に受けつつも、牙城は作業を継続して、


「生存者、なし」


 そう、結論を出すと、そのポケットから小袋を取り出す。

 牙城がその中から取り出したのは、砂のように小さい種。

 それを指先でつまみ地面へとまけば、有り余る闇の魔力と死体の養分を吸って、白く輝く月光花を咲かせる。

 死体が腐らないよう、そして死した彼等への道しるべとして、この種を撒くのが牙城の国のやり方だ。


「……悪いな、今できる葬儀はこんなもんだ。帰ったらもうちょいちゃんとした葬儀をするから、それまで待っててくれ」


 牙城は、今亡き彼らにそう告げると、静かに追悼する。

 その姿を見守るように月光花が風に揺れ、その輝く鱗粉を空へと運ぶ。


 はるか昔、月よりやって来た者たちは、地上で溢れる闇を嫌い、月より持ってきたある種を植えた。

 その種は魔力を吸い、瞬く間に成長して月と同じように淡く白に輝く花を咲かせる。


 月が輝いている理由は、この花が一面に咲き乱れているからだそうだ。

 後に月光花と名付けられたその花たちに囲まれ、牙城は死者たちへと祈る。

 いつか必ず、この戦争を終わらせて、お前たちを安息の地へと連れていく、と……。


 ●


 報告。

 王朝歴4066年5月13日。

 三つの小国を滅ぼした《黒の矛先》の出現を確認。


 牙城隊の隊長、牙城と治療不可能兵十五体の投入により、これを撃滅。

 生存者、牙城のみ。


 以降、十日間の黒い雨の降り注いだ後、牙城隊長の撒いた種により、周辺一帯に月光花の開花を確認。

 しかし、この花は雄蕊のみで世代交代が不可能らしく、一世代で枯れるため生態系に大きな問題はないと思われる。


 なお、牙城の権能、その魂の蓄積量は千に近しくなっていると推定、要観察と判断。

 以上をもって、報告を終了とする。


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