第4話 破滅と結婚と

 リビファスはいつの間にか近づいてきていて、時のカードを上から眺めていた。


「このカードの意味は? 文字らしきものが書いてあるが、読めない」

「洗脳というカードです。この文字は特殊な字体です。洗脳の意味としては、女性はなにかを男性に吹き込んでいる。それは決して真実ではない。女性は、純白の髪をした可憐な少女。ですが……」


 リビファスとルゥーセントは二人して息を呑んだ。


「純白の聖女ユラナのことか!」

「あぁ、やっぱりユラナ様か! 最悪だ!!」


 ルゥーセントは両手で顔を覆って嘆いた。失意の中にあるルゥーセントの代わりに、リビファスが会話を引き継ぐ。


「ですが……と、君は言った。続きは?」

「……えぇと……」


 わたしは自分の占いに自信を持っている。それでも……。


 ——彼女は人間ではない。魔物である。


 そう、彼らに伝えていいものか迷った。だから、「ですが……」と小声になった。リビファスはそれを聞いていた。


「言葉に出すには不安がありますので、もう一枚カードを捲ってみます」

「頼む」


 頷くリビファス。彼は理知的な雰囲気なのに、占いという非科学的なものを信じているのだろうか?

 緊張するものを感じながら、わたしはカードを捲った。


 出たカードは、【破滅】

 墓場の絵が浮きあがった。墓場のまわりにいるのは二人の人物。黄金の王冠を被った男性と、純白の髪色の女性。


「男性は純白の髪をした女性と結婚するようです。最悪ですね。二人が結婚した先にあるのは、破滅。……あぁ、そういうことね……」

「なんだ?」


 わたしは降ってきた情報と映像のままに、口を滑らせた。


「これは破滅のカード。けれど、この二人が破滅するわけじゃない。破滅するのは、国です。男性は権力者。国を動かす力がある。ですが、中身が伴っていません。そもそも遊ぶほうが好きで、政治に関心を持っていない。そのうえ、無知で傲慢。対して女性は、悪知恵が働くし、サディスト。市民の首を真綿で締め付けるようにして搾取し、精神的に追い詰めていく。一気には追い込まない。じわじわとです。なぜなら、人間の不幸は蜜の味。苦しむ姿を長く見ていたいから。死者の墓が増えていくのを楽しみたい。彼女は人間とは言い難い……」


 ——ダンッ!!


 ルゥーセントが力任せにテーブルを叩いた。その顔は真っ赤で、目は落ち着きを失っている。


「ひどい未来だっ!! 嘘だろう⁉︎ 嘘だって言ってくれ!!」

「あなたを安心させるために、嘘だと言うことはできますが……。真実を誤魔化すことに意味はありますか?」

「そ、それは……。だ、だが、国が破滅するだなんて……。どうしたらいい⁉︎ ユラナ様をお妃候補から外せばいいのか⁉︎ どうしたら国を救える? 占ってくれ!」

「わたしの占いを信じるのですか?」

「信じるよ! 頭でっかちの堅物リビファスが勧める占い師なんだから」

「…………」

「フェオトニア国の破滅を回避するにはどうしたらいいか、占ってくれ! 君だって、フェオトニア国民だろう!」

「まあ、そうですね」


 ルゥーセントは苦痛の表情で、額に手を置いた。


「詳細な人物像を話していないのに、君はユラナ様の容姿を言い当てた。凄腕の占い師なのだと感心するよ。だからって、当たってほしくないというが本音だけど……。王太子は、他人の感情を理解できない人だ。あの人なら、国民を見殺しにできるだろうと、思う」


 ルゥーセントはため息をつくと、「洗いざらい話すよ。リビファス、いいだろう?」と、同意を求めた。リビファスは軽く頷いた。


「将来を期待されている人物というのは、アルゴレオ王太子のこと。次期国王になる御方だ。僕もリビファスも、アルゴレオ王太子ではなく、ヴェリシス王子に国王になってほしいと願っているけどね。で、アルゴレオ王太子の三人の花嫁候補のうちの一人が、ユラナ様。彼女は侯爵家の生まれで、魔物から人々を守る聖女の力を持っている。庶民に絶大な人気があるし、貴族の中にも信望者は多い。だけど、僕もリビファスも彼女に暗いものを感じる」

「魔物から人々を守る? それって……」


(自作自演では?)


 時のカードによって、ユラナは魔物だとの情報が降りてきた。

 魔物たちに人間を襲わせて、ユラナが助ける。人々はユラナを崇める。そういう仕組みなのだろう。


 気落ちしているルゥーセントを慰める。


「破滅のカードが出ましたが、確定している未来というわけではありません。未来は枝分かれしており、どの道を進むかの選択が常に行われています。人々の意識が、道の選択を行なっているのです。今の人々の意識では破滅の未来に進む可能性が高いですが、意識を変えたなら、明るい未来にたどり着けるはずだと思います」

「本当にっ⁉︎ どうしたら明るい未来にたどり着けるの⁉︎ ユラナ様をお妃にさせなければいい⁉︎ 占って! 今すぐに!!」


 わたしは灰色のフードを鼻上まで被っているので、彼らの表情を見ることができない。それでも声の調子から、ルゥーセントがかなり興奮しているのがわかる。

 リビファスは……わからない。彼は言葉が少なすぎる。話すのをルゥーセントに任せている。

 

「では、占ってみましょう。フェオトニア国が明るい未来にたどり着ける方法を」

「お願いします!!」


 わたしはゆっくりとした深呼吸を一つすると、時のカードを引いた。

 鮮やかな色をした映像が目の前に広がる。

 


 ◇◆◇◆◇◆



 天井の高い美しい聖堂で、結婚式が行われている。夫婦となる誓いを口にする二人。

 新朗は、リビファス。

 そして新婦は——わたし……? わたしに非常によく似ている。

 青年はわたしに口づけをすると、囁いた。


「本当にいいの?」

「ええ。この国を守るには、これが一番いい方法なの。わたしを信じて」



 ◇◆◇◆◇◆



 カードが、手からはらりと落ちる。

 浮かびあがっているキーワードは、【結婚】

 手を繋いだ男女のまわりをハートが飛び交い、祝福の天使たちがラッパを鳴らしている絵。


(ちょっと待って。どういうこと? わたしとリビファスが結婚する? わたしが国を守る?)


 時のカードを手に取って八年。初めて、どう解釈したらよいかわからない未来図ビジョンが降りてきた。




 

 


 

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