逆襲の銀巨人

シンカー・ワン

世界で一番熱い夏

 それは突然始まった。

 いや、ひそやかに進行していたものが、表面化したに過ぎないだけなのだろう。

 危険を訴える者たちは以前からいたのだ。

 ただその警告に耳を貸す者たちがいなかっただけ。

 賢者は静かに去り、怠惰に平和を消費した愚者たちはその代償を払うことになった。

 

 西暦二〇XX年を迎えたその日、地球は一方な侵略を受け、そしてあっさりと敗北する。

 大空から、海原から、大地から、突然現れた三本足の巨大な異形の軍団に、各国の軍隊は敢然と立ち向かいはした。

 が、最新鋭の兵器群は歯が立たず、禁忌の最終手段・熱核兵器も侵略者には通じず、無意味な破壊の傷を増やしただけに終わる。

 和平を望む地球人類からのあらゆるメッセージに応えることなく侵略者たちは淡々と破壊と殺戮を繰り返し、季節がひと巡りしたころには地球の八割は奴らの支配下に堕ちた。


     §     §     §     §     §


 アルゼンチン最南端に地球人類のコロニーのひとつがあった。

 南北米大陸からの難民や、米軍の生き残りが中心となっており、それなりの規模を誇る。

 だが日々どこからともなく流れてくる難民たちで、元から厳しい物資はひっ迫しており、軍人と民間人との間でいさかいも絶えない。

 それでも、人類の火を絶やしてはならないという気持ちが、なんとかコロニーの秩序を維持していた。

 今はじっと耐え少しずつ力を蓄え、いつか侵略者たちを駆逐し地球を平和な世界を取り戻す。

 老いも若きも男も女も民間人も軍人も、そんなことを夢見て命をつないでいった。

 が、人の夢と書いて儚いとはよく言ったものである。

 侵略が始まってから二度目の夏を迎えようとしたころ、ついにアルゼンチンコロニーにも侵略者たちの魔の手が。

 始まる一方的な殺戮、地獄絵図。それはあたかも新年を迎えたあの時を再現しているようでもあった。

 わずかに残った近代兵器類で反撃するが、機械とも生物ともとれる漆黒の異形には傷ひとつつけることも叶わない。

 人類の英知は通用せず、信じる神は信徒の祈りに応えることはなく沈黙したまま。

 絶望の色がアルゼンチンコロニーを染めていく。

 もはやこれまで。誰もが皆そう思った時、空を海を陸を埋め尽くした漆黒の軍団を、銀色の光が切り裂いていった。

 どこからともなく現れたが、漆黒の異形どもの群れを次々となぎ倒していく!

 核攻撃にも平然としていた異形の外殻が、銀巨人の蹴りや殴打で次々と引き裂かれ破壊されていくさまは出来の悪い空想特撮映画のようで、その戦いを見つめる人類には別の意味で現実感が沸かなかった。

 しかし何より頭に浮かぶのは、

 ""

 と、いう疑問。

 そういう思考形態があるのか不明だが、侵略者たちもきっと同じ思いだっただろう。

 明らかな戸惑いの素振りを見せる侵略者たちへと、銀巨人たちが両の腕をゆっくりと交差させ十字を作り向ける。

 瞬間、銀色の巨人たちの組まれた十字からいかずちも斯くやと言わんばかりの白光がほとばしり、侵略者群を無慈悲に薙ぎ払っていく!

 白光が触れた先から侵略者群が消滅していく。文字通り、光に消されていったのだ。

 どれくらいの時間が経ったか? 光の激流が治まった時、活動可能なは存在していなかった。

 敵の全滅を確信するように戦闘態勢を解いて、雄々しく立つ銀色の巨人たち。

 コロニーの退避壕から外へ出て来た人々が、その神々しいまでの姿を見上げる。

 光り輝く姿はまるで天の御使いのよう。が、その銀色の肌は素材の知れぬ金属で、だとうかがえた。

「……ロボット?」

 激闘を生き延びたのだろう、包帯塗れの軍属のひとりが銀巨人を見つめながらつぶやく。

 突然現れ、侵略者を一掃した銀色の巨人は戦闘用のロボット?

 では、と言うのか?


     §     §     §     §     §

 

「オーストラリア大陸の敵は殲滅、南米掃討も時間の問題です」

「アフリカ、中東も奪還しました。欧州に移ります」

「監視衛星群掌握。通信網回復済み、宣戦布告、いつでもいけます!

 超近代的な設備の並ぶ司令部と思われる施設で、オペレーターたちからの報告をひときわ高い場所で受け、うなづく壮年の男。細身なれど頑強、ミラーグラスが表情を読み取らせない。

 男はちょっとした仕草で指示を出すと、自身のいる場所――司令デッキ――の後方に設えられたステージ状のブースに立ち、スポットライトを受けると口を開いた。

「侵略者に告げる!」

 力強いバリトンが響く。同時にメインスクリーンに分割画面で映し出されていた世界各国の主要都市、その上空に男の姿が投影され、その言葉が伝えられる。

「もう貴様らの好きにはさせん。今度は貴様たちが狩られる番だ」

 不敵で凄味のある笑みを浮かべ男が言い切る。

「人類を、侮るな!」

 ライトが落ち、侵略者に対しての宣戦布告放送が終わる。

「――奴らに伝わりましたかねぇ?」

 ステージブースから下り、司令デッキに移動する男へと、小太りで人の良さそうな中年が声をかける。

「さてな」

 興味なさげに言い捨て、

「伝わろうが伝わらなかろうがどうでもいい。目的は宣言することだからな」

 牙をむくような顔をして言葉を返す。

 そんな男の態度に小太り中年は "やれやれ" といった風に肩をすくめ、横に並ぶと、

「では、奪還作戦第二陣、出撃しますか?」

 答えがわかっているような口調で尋ねる。

 当たり前だという風に笑う男。

 多層フロアの中層に設えられた司令デッキから、下層フロアのオペレーターたちへと朗々とした張りのある声で告げる小太り中年。

「地球奪還作戦、第二陣に発進指示!」

 その言葉に嬉々としてコンソールに張り付き、次々と関連各所に発進命令を告げていくオベレーターたち。


「第二陣発進指示きました!」

 周りを岩盤に囲まれた大空洞の巨大過ぎる格納庫、直結された発進エリアを見下ろす場所にある管理センター内で士官の声が響く。

「よぉし、準備の出来た機体から順次発進! もたもたしてんじゃねーぞヤローども」

 指示を飛ばすのは禿頭片目眼帯の中年女性。どうやらここの責任者のようだ。

 声に応じるように巨大な格納庫の奥から、あの銀色の巨人たちがぞろぞろと現れてくる。いくつもある発進ルートの前に駐機する巨人たち。

 発進指示を今か今かと待ちわびるのがたたずまいから伝わってくる。

「……いいねぇ、ゾクゾクするよぉ」

 いさむ銀巨人たちを見下ろして、恍惚とした表情を浮かべてつぶやく中年女性。

 塞がれていない片方の瞳で士官を見やれば、サムズアップして視線に答える士官。

 この上官にしてこの部下あり、良い職場だ。

 不敵に笑って頷き、顔を上げて通信機へ叫ぶ中年女性。

「各機、発進はあぁっしんっ!!」

 その一言を待ちかねていた銀巨人たちが光となって次々と発進口へと吸い込まれ、それぞれが目指す場所へと飛び立っていく。

「奪還作戦実働部隊の第二陣、出撃しました!」

 基地内通信士からの言葉に、軽く顎を引いて答える壮年。ミラーグラス奥のまなざしは正面に据えられた巨大なメインスクリーン注がれている。

 かろうじて面影を残すかつての大都市たち。そこへ巣くう三本足の異形の集団に次々と光の矢が撃ち込まれ、銀巨人たちの蹂躙劇が始まる。

 それはまるで侵略が始まったあの時の互いの立場を入れ替えたようでもあった。

 狩っていたものが狩られ、狩られていたものが狩る。

 銀巨人から送られくる虐殺の映像に、凶悪な笑みを隠そうとしない壮年。

「司令、顔、歪んでますぞ」

 傍らに立つ小太りが、仕方ないなと言った口調でたしなめるが、

「……嬉しすぎてな、抑えられん」

 悪鬼とまごうような相貌で笑う指令。言葉通り、とても楽しそうだ。

「奴らに最悪な思いをさせてやる……」

 指令は小太りの方に顔を向け、言葉を続けた。

「副司令、今年の夏は最高の夏になりそうだ」

 小太りこと副司令は苦笑いをしなから答える。

「その意見には大いに同意しますな」


 どことも知れぬ秘密基地から飛び立つ銀色の巨人たち。

 異形の侵略者に、人類の反撃が始まった。

 今年の夏は一際暑く、熱い。 

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