第三十三話 『正義』の所業

「……えっ」


 驚いたのはシュナだけだった。すでに拘束されたままなので、逃げることは叶わない。辛うじて身を捩ることはできても、強く抱きしめる腕は決してシュナを逃がそうとしない。


 シュナの顔に汗が滲む。


「な、なんでぇ? 私、君と誓ったじゃん? この世から『悪』を減らそうって……。自分で判断しない馬鹿を殺し合わせたんだよ? それを認めてくれたじゃない。お兄ちゃんはそれで救われたんだよ? 私は被害者を救ったんだよ?」

「んー、まあそうなんだけどぉ」

「「一緒に本土の『悪』を殺す」って目標もあったじゃない!」

「それなんだけどねぇ」


 ≪模倣犯≫はシュナの口を黙らせるため、抱擁を強くする。両腕ごと肋骨の下をきつく締めあげ、シュナは体の中の空気を吐きだした。小さく音が鳴った。シュナの呼吸が荒くなる。

 黙ったことに気をよくしたのか、≪模倣犯≫はゆっくりシュナの耳に口を寄せる。


「結局のところ、シュナはいてもいなくてもいいかなぁ、って」

「!?」


 くすくすと笑う。≪模倣犯≫はシュナの脇腹を擽った。ろっ骨が折れたシュナは呼吸に強い痛みを伴う。同時に捩るため、体が硬直するほどの痛みが走った。

 息が荒くなる。≪模倣犯≫に助けを求めることができなくなったシュナは、目の前の人物に縋るしかない。


「お、おに、ちゃ……たすけ……っ」


 顔を上げて、兄の顔を見た。

 そして、恐怖した。


「……」


 なにも感じていない顔。

 なにを考えているのかわからない顔。

 無表情。いや、無感情。


 憎いと思っていた相手が苦しんでいるのに、なぜそんなにも表情を変えないのか。「ざまあみろ」とも思っていない。「助けたい」とも思っていない顔。それが、シュナにひどい恐怖を感じさせた。


 一方、≪模倣犯≫は確信を得た。やはり自分の相方は彼だと。『悪』を裁くのに感情はいらない。同意か、否定か。裁判でも身内の関係者は当てない配慮がある。私情を挟ませないためだ。≪模倣犯≫がしたいことは、身内ではないからといって先延ばしにできることではない。できる時にやらなければならない。


 業は、合格だった。


「シュナ。いや、≪謀殺ぼうさつ≫。君の計画は破綻した。僕に全員を殺させる作戦も。彼に僕を殺させる作戦も」

「なん……で……」

「君が僕から離れた時点で思ったよ。僕の近くが一番安全なはずだろう? 僕が一番強いんだから。なのに、君は合流しても彼を選んだ。まあ、君の趣向的には彼が落ちるのを見たかったのかもしれないけどねぇ」

「……っ」

「彼は妹さんを殺すことに強く執着していた。だからこのゲームを勝ち抜きたいと。そんな彼が落ちるとしたら、まず考えるのは『ゲームに負ける』ことだ。その場面を見るために近くにいたんじゃないかい?」

「ぁ……」


 ≪模倣犯≫はシュナを抱きしめる。折れた肋骨が痛む。致命傷ではない。だから、まだ死なない。≪模倣犯≫がシュナを殺すわけにはいかない。このゲームで≪模倣犯≫と業が生きて終わるためには、業が得点を獲得しなければならない。


「君、学科は何を学んだの?」


 ≪模倣犯≫が問いかけた。無表情の業は、目線をシュナに向けたまま口を開く。


「≪刺殺≫」

「そう。お母さんがお父さんとオトモダチを殺した方法かぁ」


 シュナの足がコンクリートから離れる。強く抱きしめ、浮かした。≪模倣犯≫は業に近寄って行く。シュナは汗と涎を垂らした。

 すぐ目の前で、足に力の入らないシュナを下ろした。膝まで付かせ、膝立ちに。≪模倣犯≫はシュナの片足を踏みつけた。


「~~~っ!!!」

「これで、もう逃げられない」


 もう一度抱きかかえ、今度は仰向けに寝かせた。肋骨と足を折られ、シュナはもう、言葉を発せない。息をするのがやっとだった。日が登ってきて、シュナを照らす。絶頂を感じていたシュナの顔は、今や苦痛に歪んでいる。


「どうぞ。思うがまま」


 ≪模倣犯≫はその場を離れた。倒れこんで冷たくなった≪撲殺≫の上に腰掛け、足を組む。今から映画でも見るように、第三者を決め込んだ。


 足元のシュナを見つめる業は、生唾を飲んだ。


「ゃ……たす、けて」


 思い出す。≪毒殺≫から助けた時のことを。


「あの時……」

「ぇ……」

「お前が、≪毒殺≫に襲われていた時、まだ、確信がなかった」

「かく、しん……」

「お前が、妹であるという確信が」


 膝をついた。シュナに覆い被さる様に、両手をついた。

 見覚えのある顔だ。けれど、記憶は2歳ほどのとき。朧気で、都合よく修正が入っている気もする。なにより、名前が違った。


「お前は、妹か?」


 サバイバルナイフを首筋に当てた。悲鳴が漏れる。ガチガチトと揺れる歯の隙間から音が漏れ出る。


「い、いもうとだよ! ジュナ! 改名したのぉ! お、お父さんが! 「あの母親のつけた名前はやめろ」って!」

「そうか」

「お願い……たすけて……おにいちゃ……家族でしょう……?」


 嗚咽を漏らし、涙ながらに訴えるシュナ。そしてそれを見つめる業と、眺める≪模倣犯≫。一人はこれからの展開に期待を馳せていた。


『家族』というワード。親よりも兄妹の方が繋がりは濃いという。≪模倣犯≫としてはそんな家族の情すらも切り裂いてほしいと願う。それが、『悪』を裁く『正義』に必要な要素だと思っているから。


 ――さあ。同情なんかいらない。一思いにやってしまえ。


 その願いは、届かなかった。

 業は、サバイバルナイフを首から離した。

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