第二十一話 囚人側のルール



     ✢



「妹さんの話までまだかかりそうだね」

「そうだな。今が三分の一だ」

「本当に不器用なんだねぇ。ついてきなよ。≪撲殺≫くんに君の話に水を差されたくない」


 絡まっていた指がするりと滑る。業に背中を向け、振り向きながら誘った。間隔を開けながら業、そしてシュナがついて行く。同じ階の突き当り。そう離れていない場所。≪模倣犯≫が立ち止まり、扉を開けた。


「どうぞ。ここが僕たち囚人の安全区域だよ」


 開けられた扉から漂ってくる空気は、とても生臭かった。そして息苦しい。業はまるでヘドロの中に飛び込む気持ちだった。


『囚人にとっての安全区域』。それは、≪模倣犯≫やシュナにとっては安全ということだけ。復讐者である業にとっては安全でも何でもない。むしろ危険である。自分に興味があるからと言って殺されない保証はどこにもないし、話し終えたら「飽きた」と言われて殺されても不思議ではない。業にとっては外も中も大差ないのだ。ただ≪撲殺≫が来るか来ないかだけのこと。


 プレートは『調理室』と書かれている。入る前に中の様子を覗く。その名の通り、炊事ができる大きな台がいくつかと、鍋やへらなどの調理器具がある。どれも何かしらで使用された形跡があり、多くの血と吐瀉物で汚れていた。


 立ち止まった業を置いて、≪模倣犯≫は手頃な台に腰掛ける。シュナも、≪模倣犯≫と入り口の間あたりの壁際に腰を下ろした。


 まるで地獄への入り口。過去の言葉で言う『死刑囚』と密室空間。罪状に殺人が入っているのはほぼ確定的。業も自ら進んで人殺しに手を染めている。けれど、この二人の囚人とは状況が違うだろう。復讐以外の理由で、殺人に手を染めている可能性が高い。


「早く来ないと、≪撲殺≫が来ちゃうよー?」


 安全圏で、間延びした声が地獄へ誘う。背後から雄叫びが聞こえる。ストレスが溜まっている様だ。≪撲殺≫が怒り狂って業たちを探している。背後を見て、動く影がないか目を見張る。動きがないことを確認して、唾液を三回飲んだ。重い足を引きずって、仕切りを跨いだ。


「この部屋は内側からなら誰でも開けられるから、行きたくなったら行っていいよー」


 にっこり、と、笑顔で告げる。気色悪いと思ったが、表情に出ないのは役得だった。その陰でシュナは気持ち悪いと顔を歪めている。


「少しだけ僕の話をするね」


 扉を閉めて、とジェスチャーしながら、≪模倣犯≫は自分勝手に話し始めた。


「僕は正義が好きで、僕こそが正義でありたいんだ。囚人とされているけれど、僕は望んでここに来た。囚人たちの島に来たのは僕が正義を執行するため」

「島に行くためにお前も何か罪を犯したんだろう?」

「もちろん。本土で囚人候補を殺したんだよ。主に暴行犯。暴力行為って言うのは多かったね。子どものいじめも、夫婦喧嘩も、老々介護の末であっても、力を振るえばそれは暴行罪だ。そして相談さえくれれば現場に駆け付けられる。場所さえわかれば、ね。いつでも正義を執行できる」

「暴行している奴を力で裁くか」

「だから≪模倣犯≫なんて言われちゃったんだよー。いいけどね。されてる側の痛みを知れ、って思いでやってるから」

「それは……理解、する」

「ありがとう。やっぱり君はいい人だ。僕は悪を許さない。僕は囚人を許さない。僕は悪である囚人を裁く。囚人が集まる島は僕にとっては都合が良すぎるんだよ。その場にいる囚人を裁き、待っていれば悪が裁かれにやってくる」

「……そうか」


『偽善』という言葉を出しかけて、飲み込んだ。残念なことに、≪模倣犯≫は今まで見た表情で一番真剣だった。嘘くさい笑顔もなく、ただただ真顔だった。それが使命だと本気で思っている。人間が人間を、死をもって裁くという。まるで神のような所業を行っている。


 業は握った手を解いて、汗を流した。

 身勝手だ。≪模倣犯≫の行いは身勝手な『正義の押し付け』でしかない。業はそれを批判することはできない。たとえ相手は『犯罪者』、自分はあくまで『一般人』という肩書だとしても。業は、≪模倣犯≫と同じようなことをしようとしているのだから。


 シュナは上目遣いで業を見上げる。相変わらずの無表情ポーカーフェイス。だが、その裏には焦りが滲んでいるのを、少ない時間ながらも見てきた故に察した。


「君がこれから話す内容次第では、僕は君を問答無用で殺すよ。僕らにはこのゲームを生き残る手段が二つある。僕らのどちらかが死ぬか、君が死ぬかだ。けど、僕は実はゲームは何度もやっていてね、クリア特典を貰っているんだよ」

「特典?」

「そう。これは僕ら囚人側のルール」


 業が順守していたのは復讐者側・・・・のルールである。しかし、≪模倣犯≫やシュナの順守するルールは微妙に違う。

 そして、≪模倣犯≫はそれを見せるためにこの部屋に連れてきたのだと言った。

 業の死角を指さされる。振り向いた先には、黒板。そこに書かれた歪な文字。


「『生き残った囚人は、次のゲームの際に可能な限り願いを叶えることができる』」


 殺される可能性が高い囚人のやる気を出させる、半強制的な文言だ。すでに次回のゲームに参加することさえ示唆されている。


「僕は喜んで参加しているけど、「逃げずに生き残りたい」っていう願いは聞かないだろうね。ゲームのルールが崩壊するからねぇ。でも、僕は君のために『三人を生き残らせてくれ』って言おうと思っているよ。僕と、シュナと、君だ」

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