第十二話  再出発

 ふむ、と、業は情報を整理する。危険人物の情報を手に入れ、勝利するのに必要な道筋を頭の中で計算する。

 ≪模倣犯≫を殺すことはマストだろう。もしかしたら誰かが殺してくれるかもしれないが、期待しすぎないでいたい。好戦的だと言う≪撲殺≫との戦闘は避けるべきだろう。一度見つかったら長引く可能性がある。業もボクシングを習っていた分、パワフルさやタフさは想像に容易い。かつ一般人よりも戦闘慣れもある。


 ≪毒殺≫は隙さえつければ容易いだろう。けれど毒というのは一撃でも食らえば終了の可能性が高い。慎重さと大胆さが明暗をわけるだろう。

 ≪銃殺≫も同様。どんな銃を使っているかはわからないが、狙い撃ちができ、人数も多くない、協力プレイというのも考えにくいことから、殺傷能力の高いものを使っている可能性は十分にある。真正面しか行けないならば、安易に手を出すべきでないのは明らか。

 となると――


「≪模倣犯≫、か」


 消去法。他の生き残っているプレイヤーの情報がない分、選択肢はそれしかなかった。

 そうと決まっても慎重に。業は立ち上がり、部屋の隅に手を伸ばした。何をやっているのだろうとシュナが見つめていると、不意に振り向いた業が何かを投げてきた。自分の眼前まで迫ってきた、と思ってようやく手が伸びる。


「わわっ」

「食べておけ」

「たべ……え?」


 両手で勢いあまって潰してしまった、それ。よく見ればラップに包まれたおにぎりだ。誰が作ったのかわからない。少なくとも業でないことは確かだ。この場に食材なんて持ち込めるはずがないのだから。


「な、ん……なんで? だって……なにも、持ってこれないはずじゃ……」

「配られたものをとっておいた。多少の傷みは自分で除けろ」

「……食べて、いい……ん、ですか?」

「早くしろ」


 同じものだろうか、大口でおにぎりを齧る。シュナはその様子を呆気にとられた顔で見つめ、自分の手の上のおにぎりを見つめ、もう一度業を見つめ。微かに震える手でラップを外し、小さな口で啄んだ。三粒。少し開いた口で、十粒。噛み付く様にして食い散らかした。


 囚人の状況は、業にはわからない。実のところは扱いは良いものではなく、突然連れて来られ、突然校舎内の一角でルールを聞かされ、唐突にゲームが始まり、一瞬で殺される。食事なんてゲームが始まる前に食べたきりだった。水は水道があれば飲めていたが、もちろんそこには人が集まる。囚人同士で争いもあったし、復讐者が笑いながら虐殺していくこともあった。


 人によっては「死刑に値することをした奴がそんなことで嘆くな」というだろう。シュナはそれを言われずともわかっているつもりだった。これは自分が進んで選んだ道で、自分の現在の立場ならば仕方がないこと。受け入れなければ。けれど殺されたくはない。逃げなければ。食事も睡眠もままならない。疲労は堪るばかり。5日目にして絶体絶命。そんなときに、救われた。

 塩味の濃いおにぎりは、あっという間に胃に入っていった。



     ✢



「本当に来るのか」

「はいっ」


 扉を前にして、二人は心身の準備を整えていた。業はシュナに「部屋に残っていてもいい」と言った。けれどシュナは共に行くことを選んだ。業としては部屋に残っていてほしかった。折角見つけた、気弱な囚人・・・・・。もう一人で会えるとは限らない。シュナの様にほとんど無傷であるとも限らない。守る必要があると業自身も危険な目にあいかねない。ついてくることにメリットはない。けれど、許容するしかなかった。部屋の主がいない部屋が安全である保障もなかったから。


「離れるなよ」

「は、い」


 緊張を含んだ返事を聞いて、業は扉を開けた。

 すぐに体は出さず、まずは音を探る。誰もいない。視界も知る上では変化はない。柄の長い刃物の刃だけを出して、反射で不自然な動きがないかを確認する。何もない。身を小さくして、出る。業が周囲を確認して、続けてシュナも出た。近くからも遠くからも人の気配はない。


「≪毒殺≫の部屋とは反対側から行く」

「はいっ」


 その言葉を皮切りに、二人は黙々と進んでいった。業は息を潜ませ、周囲に神経を張り巡らせながら進んでいく。シュナは五日間生き延びた実績もあり、迂闊な行動は控えて着実に業について行った。

 目の前に階段がある。シュナと≪毒殺≫がいた階段とは別の場所だ。ここも他と違わず、所々血に濡れ、肉片らしきものが散乱している。


「止まれ」


 声がかかる。動きと、空気が止まる。シュナは業の後ろから、先に注意を向けた。


「……なにか、ありましたか」

「黙れ」

「っ」


 業からは尖った声が出た。シュナは肩を揺らし、身を縮めた。業は脇目もふらずに階段の先を見つめている。シュナは諦めて業を見つめた。次の指示があるまでは余計なことをしないでおこう、耳だけ澄ませてみよう。そう思った。


 上方から、声がする。

 瓦礫が落ちてきた。

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