第九話   囚人

 失血死。業が学んだのは刺殺の手段。ルール上、学んだ殺害方法で殺した場合でしか得点とならない。業は本来貰えるはずだった85ポイントを失った。業は耳で聞いて理解し、振り向かなかった。ならば今度は確実に、というだけである。


 復讐者は数日で殺しまわった。それは高得点保持者となるためであることは言わずもがなである。そのために囚人を殺し回った。今度はポイントを持った囚人、もしくは復讐者を狙い、ポイント獲得に奔走しているのだろう。聞くところによると、ポイントトップの囚人≪模倣犯≫は170ポイント。業は85ポイントを無効ポイントとした。全合計は555ポイント。残りは300ポイント。


 ≪模倣犯≫は初日から殺し回っている。初日から復讐者を殺していた。ポイント数的には復讐者を多く殺しているだろう。囚人が囚人を殺してもポイントは加算されない。つまり、≪模倣犯≫は業と同じことをしているのだ。


 ポイントを持った復讐者を狙って殺している。

 本来は不利であるはずの囚人サイド。ハンデをものともせず、もしかしたらハンデすらも楽しみながら殺し回っているのかもしれない。囚人は得点を得るほどに刑期が短くなる。≪模倣犯≫はもう刑期は0である。なのにまだ殺している。楽しんでいる、という推測が濃厚になってくる。


 業は歩く。廊下を。多少負傷したが、休息をとる必要も、治療する必要もない。今必要なのは、生きて、気弱な囚人・・・ ・・・・・だ。

 まさか出会い頭に勝負することになるとは思いもしなかった。けれど、結果的には勝った。そして勝利条件に付いても情報が得られた。全くの無駄ではない。


 業がいたのは1階だった。新しい血と古い血が壁にも廊下にもこびりついている。時折見かける、不快な匂いをした謎の固形物。その他は明らかな人体。汚れたり壊れたりしたおそらく武器。日も風も遮られた空間に、非日常的な重苦しい空気が充満していた。下駄箱にたどり着いたがやはり鉄板で締め切られている。爛々と光る蛍光灯が嘲笑っているようだ。

 校舎の反対側まで歩いたが、何もない。二階に上がって――


「ぃや! だれか! たすけてぇ!」


 ――命乞いをする、女の声がした。

 業が階段を上ろうとした時だった。か細い声がする。業は素早く身を潜ませた。上の階ではなく、おそらくは踊り場の上。死角になる位置から音を立てないように細心の注意を払いながら近づく。その間も命乞いの声はやまない。どうやら女の相手は随分と焦らすのが好きらしい。


「おねがい……やだぁ……っ」

「うんうん、いやだよね、怖いよね。でもね、そういうゲームじゃん? だから僕は、せめて苦しまないようにと思って提案しているんだよ」

「だって……それ……」

「楽になるお薬だよ。どっちも同じさ。キミはこの地獄から逃げられる。さあさあ、どっちを選ぶ?」


 さて、と。業は内心、女の方を助けるかを検討する。

 というのも、生きて気弱な人・・・・・・・が近くにほしかった。さらに言えば囚人であることが望みだ。声だけしか聞こえない現状では、脅されている女はどちらか見当がつかない。力関係的には囚人の可能性が高いが、ただ勝負に負けて脅されているだけの可能性も十分にある。現状での断定はできない。けれど、決めなければ……――


「……本当に、逃げられるの?」


 ――女は薬を飲んでしまうだろう。

 この状況ではどちらも薬ではない可能性がある。この場で、こんな状況で、敢えて選択肢を与えているような奴だ。「楽になる」という言葉をそのまま鵜呑みにするのは愚の骨頂。ただし、その考えは冷静な判断ができる人間、この場では第三者である業にしかできないことだ。


「楽になる」という言葉自体には偽りはないだろう。ただし、それが女の求めた「助かる」という意味合いではない。そもそも相手は「助かる」ではなく「逃げられる」と表現している。地獄から逃げられる、解放される。助からず、逃げられる。もう追われないけれど、終われる。終末。


 業は階段を駆け上がった。足音を響かせ、すぐに体を表に出した。踊り場を回って、さらに上の階段の半ば。手前に手を伸ばしかけた小柄な女。その奥にぼさぼさの頭をした白衣のガスマスク。ガスマスクの手には試験管が二つ。赤い液体と、青い液体。どんな効果かはわからない。業は勢いのままサバイバルナイフを逆手に構え、女の手を引いて位置を入れ替える。


「きゃぁ!」

「ななななななな、なんだよおおおおおおおまえええええええ」


 女は踊り場へ落ちた。目もくれず、どもりながら後退するガスマスクを追う。ガスマスクは階段を上りきったところで尻餅をついた。手にしていた試験官が落ちる。業は前回の失敗を教訓にしてナイフを振りかぶる。


「なああああああ!!?」


 両手を顔の前に交差させ、身を守ろうとした。

 白衣の袖から腕……黒い腕が見える。

 業の第六感が発火した。階段を飛び降りて、女の近くまで引き戻った。


「……あれぇ? なぁーんだ、やらないの?」


 業はナイフを構える。尻餅をついたままのガスマスクはあっけらかんに両手を垂らし揺する。たった今さっきまでひどく怯えていたのは、果たして何だったのか。業の第六感を刺激したのは何だったのか。


「残念。僕をいじめるお前もさっさと死ねばいいのに」


 立ち上がった。ゆらりと揺れる体は白衣によって体型を悟らせない。けれど決して大きくはない。大男でもある業と力比べをすればおおよそ業が勝つだろう。けれど、業は接近戦を避けた。避けなければと思った。ガスマスク、試験管の液体。白衣の下で皮膚を守る黒い何か。


「毒か」

「ピンポーン! だいせーかーい!」


 指を弾いて上機嫌な声が響く。

 近づくことは危険だと、業は判断せざるを得なかった。

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