「私……私はあなたを信じる」
「よくぞ来たな、人族の王よ。私はアリシア・ノクトゥルナ。この世界を統べる者だ」
セイレンがアリシアに初めて会ったのは5年前であった。
当時、人族と魔族の間には休戦協定が結ばれており、外交会議が開かれることになっていた。セイレンはアヴァロン・レイン王国の国王として、魔族の代表と対面することになっていたのだ。会議場に入ると、セイレンの目に飛び込んできたのは、銀髪に細い瞳を持つ美しい女性だった。彼女は魔族の最高権力者である魔王であり、イシュタラ・ノクターナ帝国の皇帝でもあった。
セイレンは彼女の美しさと力強さに圧倒されながらも、堂々と応えた。
「私はセイレン・アイヴァーン。アヴァロン・レイン王国の国王だ。貴女と話すことを楽しみにしていた」
「ふん、話すことなど何もない。人族は私の敵だ。私は貴様らを滅ぼすために生まれてきたのだ」
彼女は冷ややかな目でセイレンを見つめた。セイレンは彼女に向けられる強い敵意を感じながらも、諦めなかった。
「そう言わずに聞いてくれ。今、この世界には人族も魔族も関係ない脅威が存在する。ネビュラという名の異星から来た者たちだ。彼らは魔術も呪詛も通用しない力を持ち、我々の土地を奪おうとしている」
「それが何だというのだ? 私は人族を倒すことしか考えていない。ネビュラなどどうでもいい」
彼女は無関心な様子で言った。セイレンは苦笑しながら説得しようとした。
「それではダメだ。ネビュラは人族も魔族も区別せずに攻撃してくる。我々が争っている間に、彼らはどんどん勢力を拡大していく。もし我々が手を組まなければ、やがてこの世界は彼らのものになってしまう」
「そんなことはありえない。私はこの世界を統べる者だ。私が望まなければ、何者も私の支配に逆らえない」
彼女は自信満々に言った。セイレンは呆れながらも、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
「貴女は本当に強い。自分の力を信じている。でも、それでは足りない。この世界には貴女よりも強い者が存在するかもしれないし、貴女の力を認めてくれない者が存在するかもしれない」
「ほう、私の力を認めない者、それはお前のことだな」
セイレンはアリシアの挑発に冷静に応じた。
「私は貴女の力を認めている。だからこそ、協力してほしいと頼んでいる。ネビュラという共通の敵が現れた今、人族と魔族が争っている場合ではない」
「協力だと? 笑わせるな。人族は常に魔族を見下してきた。私は人族を滅ぼすことしか考えていない」
アリシアはそう言って、手に持っていた杖を振り上げた。その瞬間、彼女の周りに暗黒色の魔法陣が浮かび上がった。
「見せてやろう。私の呪詛力がどれほど凄まじいか」
アリシアは杖をセイレンに向けて突き出した。すると、魔法陣から無数の黒い光線が飛び出し、セイレンに襲い掛かった。
しかし、セイレンは動じなかった。彼もまた、手に持っていた剣を振り上げた。その瞬間、彼の周りに青白い魔法陣が浮かび上がった。
「私も見せてやる。私の魔術力がどれほど優れているか」
セイレンは剣をアリシアに向けて突き出した。すると、魔法陣から無数の青い光線が飛び出し、アリシアに襲い掛かった。
二つの光線が激しくぶつかり合った。その衝撃は会議場を揺らし、周囲の人々を驚愕させた。
「やめろ! このままでは両者とも死ぬぞ!」
会議場に居合わせた人々が叫んだ。しかし、セイレンとアリシアは聞く耳を持たなかった。彼らは互いに目を見据えて、力を込め続けた。
「私は絶対に負けない」
「私もだ」
セイレンとアリシアはそう言いながら、光線の応酬を続けた。しかし、どちらも譲らなかった。彼らの光線は互いに打ち消し合い、平行線を描いていた。
「くっ、なんだこの力は……」
「ふん、人族の魔術など、私の呪詛に敵わないはずだ」
アリシアは嘲笑しながら、さらに力を増した。すると、不思議なことが起こった。二人の光線が交差する点に、小さな虹色の光が現れたのだ。
「あれは……」
「何だあれは……」
二人は驚きの声を上げた。その光は次第に大きくなり、やがて二人の光線を包み込んでしまった。そして、その光からは強烈な衝撃波が発せられた。
「うわあああ!」
「きゃあああ!」
二人は光に吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた。その衝撃で、彼らの杖と剣は手から離れてしまった。
「ぐぅ……」
「うぅ……」
二人は苦しそうに呻いた。二人の周りには、会議場の壁や天井が崩れ落ちる音が響いていた。
「アリシア! アリシア!」
アリシアは何者かが自分を呼ぶ声を聞いていた。
「大丈夫か? アリシア」
アリシアが目を開けると、目の前には心配そうに見つめるセイレンの顔があった。彼は自分のマントを引き裂いて、彼女の傷に当てた。
「な、何をする!」
アリシアはセイレンの行動に驚いて、彼を突き飛ばした。彼女は彼の顔を睨んだ。
「私はお前の敵だ。私に手を出すなんて、何を企んでいる?」
「企んでいるわけじゃない。ただ心配しているだけだ」
セイレンはアリシアの言葉に苦笑した。彼は彼女の目を見て、真剣に言った。
「私はあなたと戦いたくない。私はあなたと協力したい。あの光は何だったのか? あれが起こった理由を探ろうと思わないか?」
「協力? お前と協力するなんて、ありえない」
アリシアはセイレンの言葉に冷ややかに答えた。彼女は彼から離れようとしたが、彼に引き止められた。
「待ってくれ。少し話を聞いてくれ」
セイレンはアリシアの手を握って、頼み込んだ。彼は彼女に真剣な表情を見せた。
「私たちは敵同士だが、同じ目的を持っている。あのネビュラを倒すことだ。私たちはそれぞれに強力な力を持っているが、それだけでは足りない。私たちは互いに補完しあう必要がある。魔術と呪詛が合わさったら、どんなことができるか分からない」
アリシアはセイレンの言葉に迷いを感じた。彼は本当に自分と協力したいのだろうか? それとも、自分を騙して罠にはめようとしているのだろうか?
彼女は彼の瞳を見つめた。透き通るような青い瞳には、嘘や欺瞞の色はなかった。彼は自分に対して、本当に真摯な態度を取っているようだった。
「お前は、本気で言っているのか?」
アリシアはセイレンに問いかけた。彼女の声には、不信と期待が混ざっていた。
「もちろんだ。私はあなたを信じている。あなたも私を信じてくれないか?」
セイレンはアリシアに微笑んだ。彼の笑顔には、温かさと誠実さが溢れていた。
「私を信じる? お前は人族だ。私は魔族だ。私たちは生まれながらにして敵同士だ。お前が私を信じるなんて、どうしてだ?」
アリシアはセイレンの笑顔に戸惑った。彼女は彼の言葉に納得できなかった。
「私はあなたの力を感じたからだ。あなたの呪詛力は、私の魔術力と同じくらい強大だ。あなたは私と同じくらい、ネビュラを倒したいと思っている。あなたは私と同じくらい、この世界を救いたいと思っている」
セイレンはアリシアの目を真っ直ぐに見つめて、言った。彼の言葉には、確信と情熱が込められていた。
「この世界を救いたいと思っている……」
アリシアはセイレンの言葉を反芻した。彼女は自分の心の中に、ほんの少しの揺らぎを感じた。彼女はこの世界を救いたいと思っているのだろうか? それとも、この世界を滅ぼしたいと思っているのだろうか?
彼女は自分の目的を思い出した。彼女は人族を憎んでいた。彼女は人族が魔族に与えた苦痛と屈辱を忘れなかった。彼女は人族が魔族の土地を奪おうとした侵略を許さなかった。彼女は人族を全て滅ぼすことが、魔族の復讐であり正義であると信じていた。
しかし、セイレンは違っていた。彼は魔族に対して敵意や軽蔑を見せなかった。彼は魔族に対して尊重や理解を示した。彼は魔族に対して協力や友情を求めた。
彼は自分に対しても優しく接した。彼は自分に対して敬意や信頼を払った。
彼は自分に対して何かを感じているのだろうか? それとも、自分に対して何も感じていないのだろうか?
アリシアはセイレンの瞳に惹かれた。透き通るような青い瞳には、深い感情が溢れていた。彼は自分に対して、本当に真摯な態度を取っているようだった。
「私……」
アリシアはついに口を開いた。彼女は自分の気持ちを言葉にすることができるだろうか? 彼女は自分の気持ちを認めることができるだろうか?
「私……私はあなたを信じる。あなたの言うとおり、私もネビュラを倒したい。私もこの世界を救いたい。だから、私はあなたと協力する。今だけは」
アリシアはそう言って、セイレンに手を差し出した。
「あなたの魔術力と私の呪詛力を合わせて、ネビュラに立ち向かう」
彼女の声には、迷いや不安がまだ残っていたが、決意や勇気も感じられた。
「ありがとう、アリシア。私もあなたを信じる。今だけではなく、これからも」
セイレンはアリシアの手を握った。彼の手は温かくて柔らかかった。彼はアリシアに微笑んだ。
「あなたの呪詛力は、私の魔術力と同じくらい素晴らしい。あなたは私と同じくらい、この世界を愛している」
セイレンはそう言って、アリシアに目を細めた。彼の声には、感謝や尊敬が溢れていたが、それ以上に何かが伝わってきた。
アリシアはセイレンの目を見返した。輝くような青い目には、深い情熱が燃えていた。
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