第30話 初デートはハードモード その3

天気がいい日は外に出たいと思うものだが、太陽が出ていても行きたいと思えるのが水族館というものだ。シノブはそう思う。


ものによっては生臭いというか生き物臭い場所もあるが、水槽というものは見ているだけで涼し気な気分になれる。海の中にいるみたいだなんて可愛いらしいことは言わないが、普段見ることができない空間が見えるのはやはり特別だ。


「ね、ね! 見て見て、かわいい!」


有瀬が声を弾ませた。楽し気な有瀬にシノブもつい口元が緩む。ああ、一体どんな顔をしているのだろう。姿が見えないのが口惜しい。


有瀬の声が向けられている方へとシノブは視線を移すが、そこにいるのはカワウソだった。


……いや、カワウソって。


別に批判をするつもりはない。水族館は水生生物関係の施設だ。おかしなところは何一つない。でも来園して一番近い水槽にカワウソって。一番最初に何の魚が見られるかなと思ったら、カワウソの齧っている餌の魚だった……。


別に気にすることでもないのだが一度気になると頭から離れないのが人間だ。あと何気にカワウソの食べている姿は怖い。


「あはは! すっごい顔で食べてるよ」


有瀬も同じ感想だったようで、シノブは自分だけそう感じているわけではないのかとほっと胸を撫で下ろす。ならわざわざ取り繕う必要はないだろうとシノブは本心を吐露した。


「うん、やっぱり食べてるときのカワウソは普通に凶悪な顔しているよな」

「ねー。でもかわいい。いいよねーカワウソ。アタシ、飼ってみたいかも。シノブくんはどう?」

「餌代すごそうだなぁ……でかいから水槽とかじゃなくてプールみたいなやつとか必要かもしれない」

「うわ、現実的すぎるでしょ。夢がないなぁ」

「うん? 別に反対してるわけじゃないよ? ただ飼ってからうちじゃ駄目でしたなんてペットがかわいそうだし」

「ふふ。シノブくんらしいなぁ」


クスと有瀬が笑う。別に普通だと思うのだがとシノブは頭をかく。ふとカワウソと目が合う。潤んだ瞳に「う」とシノブが揺れていると、繋いだ手を有瀬が引いた。


「ほら、シノブくん。止まってないで次いこ次! アタシ、マンボウ見たい!」


カワウソの前で先に足を止めたのは有瀬なのだがと苦笑いしつつ、引かれるままにシノブはついていく。


まだまだデートは始まったばかりだった。

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僕には見えないかわいいあの子 蒼瀬矢森(あおせやもり) @cry_max

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