番外編 アタシを見ない不思議な君 その1

 自分で言うのは自意識過剰だとは思うけれどアタシ、有瀬香苗ありせ かなえは美人だ。街で歩けば自分に人目が集まるのがわかるしスカウトされたことだってある。まつ毛の長い大きな瞳で見つめれば男の人はみんな優しくしてくれた。

 美人でいることにアタシはあぐらをかかない。

 セミロングのブロンドヘアは毎日手入れしているし、スタイル意地のために走っている。夜更かしなんてもってのほか。他にもいろいろたくさんやっている。


 だからアタシは自分で美人だって言う。みんな、アタシには好意的だ。

 でもいつからだろう。みんなが思う有瀬香苗を演じ始めたのは。


 きっかけは些細なことだった気がする。友達が自販機でジュースを奢ってくれたときに「有瀬さんは紅茶だよね」と渡されたときだったり、劇のお姫様で「有瀬ちゃんが似合うよ」とおだてられたときかもしれにない。

 そういう些細な積み重ねで、いつの間にか後に引けなくなって。


 地元から引っ越すことになってアタシはどこかほっとしていた。そういうしがらみから解放された気がしたから。


 なのに結局アタシは完璧な美人を演じている。そうでなければならないと思い込んでいた。これじゃ駄目だって思うのに、自分じゃどうしようもできない。そんな中だった。景浦信夫という男の子と出会ったのは。


「おはようございます」


 始めはそう言って話しかけた。誰にも好かれる美人は誰にだって挨拶するから。すると彼は慌てて挨拶を返したけれど、こちらには目もくれずにさっさと学校へと行ってしまった。

 無視する人だっている。別におかしなことじゃない。


 その景浦くんが学校に行ったら隣の席の子で、アタシは思った。仕返しをしてやろうと。アタシに惚れさせて、困らせてやろうと。


「あはは。もしかして君って変人?」


 そんな憎まれ口をわざと叩いたりして、興味を引こうとした。でも君はそっけない。頑なにアタシを見なかった。シャイなのかなとも思ったけれど友達と話したときに至近距離でガン見してくるし……変な子だった。

 これまでアタシが詰め寄って戸惑わない相手なんていなかったのに。次第にムキになっちゃって、ついには君に言ってしまった。


「じゃあアタシのこと好きとか? なんちゃって」

「あ”?」


 景浦くんに嫌悪感を剥き出しにされて、アタシは嫌われたと思った。なのに。


「僕は好きだよ! 有瀬さんのその明るい雰囲気が好きだ! 誰にでも明るく話しかけるところも好きだ! 八方美人だのなんだの、そんなの勝手に言わせておけ! 誰にだって分け隔てなく接してるだけだろ。何も悪いことなんてない。声も好きだ。綺麗な声だから、だからその。何が言いたいかって言うと、僕には君が嫌いなところなんて一つもない。僕は君が好きだ!」


 景浦くんは、アタシに告白した。


 意味がわからない。口から出まかせ? でもそれでもよかった。容姿を褒められなかったことが、なぜだか嬉しくて。


「まずはお友達からお願いします」


 アタシは確かに、出会ったばかりの君をもっと知りたいと思っていた。

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