第9話 地元の怖くてダルい先輩系転生者


【余談】



「………」


コモンくんの部屋は整頓されていた。

ベッドも乱れておらず、私物も完璧にとは言わないまでも整理されている。

しかし机の上は汚くて、電子機器や灰皿、飲みかけのペットボトル、食べ終わった皿、ノートやら本が乱雑に置いてあった。


片付けが出来ない人間が無理矢理毎日意識して片付けている男の家という感じだ。

ご明察、コモンくんは部屋の掃除ができない人間である。

しかしお蜜に貰った個室なので一生懸命意識して綺麗に使っているのだ。

白いベッドにTシャツと、ポケ×ンのアチ×モが投げ捨てられているのを見るに無意識な雑さが出ているが。


チャッキーは彼に一冊貸していた種族に関しての本があるのだが、自分を調べ物をしたかったので返して貰いに来たわけだ。

部屋の中にコモンくんはいない。


「…お、」


さてそこで、チャッキーは面白いものを見つけた。

積み上げられた本やメモの中から、「おみつちゃんと結婚するためのノート」というタイトルのノートを見つけたのだ。

アイツ、こんなの書いてんのか。

彼は面白くなり、ワクワクしてノートを開く。

中身を読んでから死ぬほど揶揄ってやろうと思ったのだ。

さて中には乱雑な字が埋まっていて、読みづらいけれども楽しく書いていることが伺えた。

中にはお蜜の好きな食べ物や好きな色、アクセサリーでよく付ける系統や好きな動物など…彼女の特徴が書かれている。


きっと会話やプレゼントで困らないように覚えておこうとしているのだろう。

彼女のことで気がついたことや、大事にしているものを書いてあった。

微笑ましい努力だ。

異世界攻略のはざまに息抜きでしているのだろう。

他のノートはキッチリ異世界について勉強している形跡が見えるが、このノートは随分自由だった。


彼はペラペラこれをめくって、ヘェ、女神の仕事の内容までちゃんと勉強したんだなと感心。

女神の役割や資格、業務形態まで詳しく調べられている。

きっと本人から聞いたりタブレットで勉強したりしたのだろうと彼の努力を素直に評価した。


ノートの後半にいけば、彼女の嫌いな食べ物や嫌いな男のタイプなんかが書いてある。

そこでチャッキーは「あ」と思った。

読んでいるうちに、何か物凄くイヤな手記を発見したからだ。


【原文】(一部抜粋)


……………


おみつちゃんは他の女神にいじめられてる

おみつちゃんの世界は救ってあげるとして、おみつちゃんが一強になる世界にしたい そしたらオレのこと好きになってくれるかも

女神の数を減らせばいい?

勇者の資格を奪ったり犯罪者にしてオオゴトにすれば女神は辞職に追い込まれたり職場に居られなくなるかも 森下が利用できそう ←(これはグルッと丸で囲まれていた)


・おみつちゃんの管轄より酷い世界を作ってみる

そしたらおみつちゃんは最下位にならない

・女神の数を減らす

おみつちゃんよりダメな女神を増やせばおみつちゃんはいじめられなくなる?

        

              ↓後で調べる

          森下は「転生法」に違反するらしい。パーティの子全員寝取って森下を再起不能にしてから逮捕すれば森下の世界は勇者も強いパーティもなくなるから世界がダメになるかも そしたら女神は職を追われる?←試す!


資格がなくなった勇者は異世界開拓局行きになるらしい

穴みたいなとこ

おみつちゃんと一緒に森下を穴に突き落とせば共犯意識が生まれるかも!

おみつちゃんは役立たずの勇者のせいで女神にいじめられてるから、引きこもりのやつが嫌い おみつちゃんのストレス解消にもなる気がする


(以下の文章は後日の追記)


森下を開拓送りにした 女神も辞職した

おみつちゃんの反応はちょっと微妙

このままだとオレのこと嫌いになっちゃうかも…

↑あと五人くらい開拓送りにして慣れてもらう オドロアンがエニグマさんのこと好きだし協力してくれるかも!


・取り敢えず世界を5個くらいダメにする(一個は達成)

・パーティに悪魔を入れて勇者不在になった世界を破壊してもらえば最低ランクになるかも?

・5人勇者と女神を殺す

おみつちゃんの評価が上がるかも!


……………


ということが、書かれていた。


「ァ怖〜!!」


チャッキーはハワワ、と片手で口を覆ってコモンくんの異常性を再確認した。

どうやら彼は…

彼女の成績が悪くて虐められているならば、〝お蜜以下〟の女神を作り出せば必然的に彼女は虐められなくなるのではないのかと考えたようである。


その為、森下が犠牲になった。

コモンくんの恋のために。

確かに手を出したあの男が悪いが、元を辿ればそこまでの恨みを抱かれるほど虐めたコモンくんが当然悪いのだ。

彼は被害者である。

なんだかんだ言って、森下…ドロシュは世界を救ったのだ。沢山の人々を救ったのだ。あそこまでされる理由が何処にあったのだろうか。

惑星を一つ救った男が、勇者の資格を剥奪されて開拓送りにされた。

それがあと4人も続くらしい。


「…………」


そうだ。

考えてもみれば、コモンくんは異世界に行くために4人も友人を自宅のマンションで殺害して道連れにしている。

しかもちょうど人生を放り投げている男たちを。

それにカノジョ(アリサちゃん)がストーキングされていると知ってあそこまでした男だ。

1人の人間を壊した男だ。その上それを忘れている。…

彼にとっては好きな人間以外は単なる消費すべき数字でしかないのだろう。

毒蛇はトンデモない差別主義者とはいうが、ここまでとは思わなかった。


あの男は頭がおかしい。

中途半端な正義感と、無自覚で徹底的な悪意で構成されている。

なるほどコレが、世界の全てを敵に回してもキミを守るというやつの代表例なのかも。

文字通りだ、コイツは阿片で世界を壊して彼女を女王にする気なのだから。

大量に落札した強いモンスターを衰弱死させてレベリングしたり、他の勇者から装備をカツアゲすることを画策したり、自分のレベリングのために生態系を破壊しようとしたり…そんなことを罪悪感なく簡単に思いつくやつだ。

そりゃ、恋愛だって外道の極みみたいな方法で成就させるだろう。

しかも本人に悪いことをしている自覚はない。

本気でお蜜と自分と友達が幸せになる道を探しているつもりなのだ。

彼にとっての〝みんな〟は自分の好きな人。

つまりみんなが幸せになるためなら、犠牲は犠牲ですらない。だってそれは「みんな」以外だから。


「ま、魔王の器…!」


もう魔王の器である。

全然勇者とかじゃない。

一体どんな突然変異が起こったらこんなに独善的な人間が生まれるのだろうか。

幼少期の頃にトラウマでもあるのだろうか…とも思ったが、彼の家は健全そのものだ。

チクッとした過去はひとつもない。

甘やかされ過ぎていたわけでもないみたいだし、シンプルにコモンくんしか悪くない。


「こ、これが…」


これが。

あの、まさに、〝オレか、オレ以外か〟ってやつ?

これがサイコリストになる人間か。

アイツ魔王になったら出世するだろうなぁ…とチャッキーは思って、右眉をキュッと上げて眉頭を小指の爪でカリカリ掻いた。

お蜜はとんでもない人間を引き抜いてきたらしい。

やはりあの女、引きが悪いし見る目もない。

…いや寧ろあるのかもしれん。

いずれにせよあの男はどんな手を使ってでもお蜜の人生を救うだろうから。世界は救わないけど。

だってあの男は、世界を救うなんて一度も言っていない…。


「えらいことですわ…」


チャッキーは狐耳をペトッと落とし、知らなかったことにしようとノートを元の位置に戻した。

そして本だけを抜き取り、部屋を出る。

オレは何も見なかった。

そういうことにしてリビングへ向かう。




…さて一方その頃。

リビングにて食事を作っていたコモンくんは、チャッキーの持ってきていた黒い鞄から何かがはみ出していることに気がついた。

それは写真に見え、一体なんだろうと思ってピラっと見てみると。

彼の鞄の中には、大量の〝家族写真〟が詰められていたのであった。

…どう見てもチャッキーとは関わりがないであろう、幸せそうな他人の家族写真だ。清潔な笑みをした子供、その後ろに並び立つ優しそうな両親。

家庭の片隅に飾られていそうな写真が大量にファイルしてあったのだ。

…これはどう見ても、サイコキラーが「獲物」を探すための候補だろう。

写真の裏を見ると、真っ白なツルツルの表面にマッキーで「マイケルくん5さい」「アザレアちゃん2さい」「ジェシカちゃん29歳」「ジョッシュくん32歳」と書かれている。

どの写真の裏面にも家族の年齢、職業、趣味、住所などが詳細に書かれていて…しかもその字は全て子供が書いたみたいにグチャグチャだった。


「ァ怖〜!!」


コモンくんはドン引きした。

犠牲者リストなのか、獲物探しなのかは分からないが。

どう見ても異常だし、どう考えてもチャッキーが誰かを手にかけようとしている(もしくはかけた)のが分かる。

女神の特権をフルに使って、「趣味」を楽しんでいるようだ。

バレないように。

しかもアイツは悪気があるし自覚があるのに。

なぜ罪悪感で死にたくならないのか不思議なまでの徹底したカチ壊れっぷりだ。

あの男は頭がおかしい。

死にかけの老人の脳波くらい微弱な正義感と、完璧に備わった常識と、地獄の底みたいに悪臭を放つ悪意で構成されている。


「ま、魔王の器じゃん…」


もう魔王の器である。

全然女神とか向いてない。

一体どんな育ち方をしたらあんなサイコ人間が産まれるのだろうか。

分からないし分かりたくもない。


「………」


コモンくんは見なかったことにして、写真を元の位置に戻して家事に戻った。

オレは何も見なかったし、何も知らない。

そういう顔をして食事を作っていると。


「、」

「……」


パチ。とリビングに戻ってきたチャッキーと目が合った。

糸クズ2人は暫く固まったが、やがて。

ニコ!とお互いそっくりな顔で微笑んで、お互い作業に戻る。

なんせその、なんというか。

女神も詐欺でこの世界に連れてきたのなら…それをわかってここに残っている人間もまた等しく全員人を騙す人間なのだから。




■ 【余談終了】




「あ、あのぅ…」

「あ?」

「私、服なら持ってますぅ。着替えもちゃんと持って来ましたしぃ…買って頂かなくても…」


マリンちゃんはもじもじしながら一生懸命言った。

自信なさげなのはダイダラが怖いからだ。

彼女はチーム歌舞伎町のパーティに入ったわけだが、仲が良いのはまだコモンくんとオドロアンだけ。

他の男たちとはそこまで喋ったこともなく、ゲリラ的に入ったのでパーティのカラーもよく分かっていない。


まだドロシュのことを引きずっているし、本当にあの選択は正しかったのだろうかとも思うし…ここの人に拾って貰って良かったのかなとも思っていた。

彼女はまだ野良猫なのだ。

だから目付きの悪い、瞼にタトゥーの入ったダイダラが怖い。

さっきも突然ダイダラに「行くぞ」と一言町に連れ出されたのである。買い出しを手伝えば良いのかと思えば、彼は「服買って来い」と現金を彼女に渡したのだ。

戸惑った彼女は、もちもちタジタジ困りながら遠慮しているわけである。


「あのよ」

「は、はいぃ」

「困るんだわ。ンなカッコされてると」


ダイダラは店の前、壁に寄りかかって言った。

マリンちゃんはビク!として「あ、」と俯き、ちまい指同士を合わせて困る。

怖かったし、怒られたと思ったからだ。


「訳わかんなくなっちまうんだよ。家ん中にメイドさんがいると」

「?わ、訳が…?」

「乳丸出しのメイドさんだぞ。お前そんなもんが同じ家ん中歩いてたらおちんちんがめちゃくちゃになっちまうだろうが」

「お、おちんちんが…!?」

「お前見た瞬間何考えてたか全部忘れんだよ。異世界にいることも。自分も名前も思い出せなくなる。親の顔ももう朧気なんだよ」

「自分の名前も…」

「痛い。体が」

「痛みまで…」

「お前の名前も覚えられねぇ。お前名前なんつった?」

「ま、マリンですぅ。マリンとお呼びください」

「マリンさんな。オレの名前ってなんだっけ?」

「だ、ダイダラ様ですぅ」

「ダイダラな。覚えたワ」

「本当に忘れてる…」


そうなのである。

マリンちゃんは乳首がぎりぎり隠れるくらいのハートネックの白いフリフリ着ていて、おっぱいを強調するような黒いコルセットを付けている。

信じられないくらい短いスカート、ギリギリメイドだと分かる小さなエプロンとカチューシャ。

首には白い付け襟が付けられ、そこに青くて大きなリボンが付けられていて巨大なおっぱいに乗っかっているのだ。

太ももには白いニーハイが食い込んでいる。


ドジなせいで短いスカートはよくめくれ、大きいもちもちの白いお尻と下着が見える。巨大なおっぱいは動くたびに揺れ、常に彼女の体の周りにはむち♡むち♡というオノマトペが浮かんでいるのだ。

しかも彼女は汗っかきで、肌がいつもしっとりとしている。


そんなえっちなもちたぷメイドがむちむちと家の中を歩いているのだ。

男たちが自分の名前を思い出せなくなるのも道理である。

シャオさんですら洗っている皿を何枚も落として割ってしまっているし、コモンくんも集中力が切れて何を思い付いたのかも忘れてしまう。

マリンちゃんが一生懸命床の掃除をしていると、お尻は丸出しになり、おっぱいは床にむちっ♡と潰れて広がるのだ。お蜜ですら食べていたチョコパンを落として泣く羽目になったし、オドロアンはそんなえっちなメイドさんにセクハラができない現実に打ちのめされて髪の毛がごっそり抜けた。

チャッキーは女神を辞めて彼女の性奴隷になることを真剣に考えていて、ダイダラは自分の名前を忘れた。

男子諸君は、本当は…お尻が出れば手がちぎれるまで拍手を送りたいし、彼女がべちっ!と転べば助けるフリをしておっぱいをこの手で掴み取りたい。

けれど全てを我慢して、口の中を血だらけにして我慢しているのだ。

そのせいで全員のMPは常に赤点滅。

そういう凄まじい弊害が出ているのだ。


「オレ達はな。性犯罪者になるかマリンさんを優しさでパーティから追放するか、全員家から出てくかの三択になってんだよ」

「だ、だから皆さんあんまり話しかけてくれなかったんですねぇ…」

「当たり前だろ。今だってオレお前の乳しか見てねえぞ。乳としか目が合わねぇ。な、…何をした?オレに」

「何もしてないですぅ…」


ダイダラは本当に彼女のおっぱいしか見ずに話していた。

目がもうそこにしかいかないのである。

女の裸なんて見慣れているが、それとこれとは訳が違うのだ。

マリンちゃんはしかしパワータイプのセクハラをされているというのに、何故だか嫌な気分にならなかった。

あまりにも正直に話されているので、もはや嫌悪感もないのである。


「でだ」

「はいぃ、」

「お前がその服着てぇなら止めねえよ。ただし家で着んな。オレは自分の名前を覚えててぇ…から…あれ?オレの名前何?」

「ダイダラ様ですぅ」

「ダイダラ…」


ダイダラは自分の手の甲にペンで「ダイダラ←オレの名前」とメモをする。

そしてマリンちゃんへ「服買え」と二度目の指示を出した。


「決めろ。服買うかパーティから出るか光栄にもオレとホテルに行ってくださるかのどれかだ」

「へ、へりくだるんですねぇ…」

「たりめぇだろ。感謝はしてんだよ」

「分かりましたぁ。ごめんなさい。わ、私あんまり分かってなくてぇ…。お洋服買って来ます」

「オウ。ついでに髪とか化粧品とかも買ってこい。好きにしろ。オレァ2時間くらい時間潰してくっから」

「!あ、ありがとうございますぅ。えっとぉ…服はその、隠れてるやつですよねぇ?おっぱいとか足とか」

「ン」

「すぐ買ってきますぅ!そ、そしたら、その」

「応」

「み、皆さんと仲良くなれますかぁ?」

「愛しッ」


マリンちゃんはもじもじもちもち言った。

ダイダラは人の当たり前としてキスをしたくなったが、口の中を血だらけにして我慢し、顎で「とっとと行け」と店を指す。

マリンちゃんは「い、行ってきますぅ。先に帰っちゃ嫌ですよぉ」と言って店に入って行った。


ダイダラはため息一つ、これでなんとか仕事は終わったかと肩の荷を下ろす。

実はマリンちゃんに服を買わせる担当を誰に決めるか、男達で話し合っていたのである。


マリンちゃんはよく転ぶので彼らは歩幅を合わせていたのだが。

彼女は不安そうに腕にくっ付いてくるので、おっぱいが全部当たるのだ。

おっぱいが当たったシャオさんは、「おっぱいが当たってる…」と穏やかに言ったっきりその日は2度と喋らなくなってしまった。脳が破壊されてしまい、おっぱいを感知するだけの生き物になってしまったのだ。

よってあのおっぱいに脳みそを破壊されない人間(お蜜も破壊されるので論外である)を選び抜いた結果ダイダラが選ばれたのだ。

彼はまだ自分の名前を忘れるだけで済むので。

その話し合いは「巨災対会議」と名付けられ、数時間にも及ぶ議論となったが、マァ糸クズ達以外には知らなくて良い内容だ。


さて、彼女は服屋と美容院に行くからきっと最低でも2時間強くらいは帰ってこないだろう。

そのくらいは自由にしろと言っておいてあるし、問題ない。

ので、ダイダラは「ったく…」と頭をかいてから、ダッシュで風俗に行った。

風のように早く、音も光も超えて風俗街へ走って行ったのである。あまりのスピードだったので店のドアの前で止まり切れずにぶつかってしまい、転がり込むように入る羽目になってしまった。

その姿は血の付いた暗号キーを持ち出した軍人のようで、流石にスタッフから引き攣った顔をされてしまう。

しかしダイダラは必死なのだ。もう限界なのだったのだ。

なので彼は指名したお姉さまが来てくれた瞬間、「助けてください」とだけ言った。


風俗のオプションは当然コスプレやオモチャくらいのもので、〝救済〟などないのに。






「お、お待たせしましたぁ」

「………おぉ」


風俗帰り、喫茶店にて待つと。

マリンちゃんはもじもじしながらやって来た。

服は店で着替えて来たらしく、風貌は変わっている。

どうなったかといえば、おっぱいと足は確かに隠された。


えっちなメイド服はクラシカルなメイド服に変わり、白のエプロンも長い。が、背中は信じられないくらいガバッと開いていて、真っ白な背中が見えた。

さらに言えばメイド服はスカートではなく、ブラックのパンツスタイル。ピタッとしたレザーのパンツは彼女の長い足と大きなお尻を引き立てていた。

ピンヒールの編み上げブーツを履いている。

ちまこいと思っていたが、こうして見ると身長が高く見えた。


「ぼ、防御力高くして貰ったんですぅ。足も見えないし、あったかくて気に入ってぇ…」


彼女は嬉しそうにそう話す。

驚いたのは、ふわふわのツインテールがおろされ、ふわふわの髪が右サイドに流されていることだ。左サイドの髪は、耳から上が半分くらい刈り上げられていた。

シルバーのドロップピアスが揺れている。

印象がもの凄く変わった。

かわゆくてえっちなもちもちのメイドさんが、格好良くてセクシーなメイドさんに変わったのだ。

もちもちなことには変わり無いが、どこか触り難い印象になった。


「か、髪も皆さんに合うように、美容師さんにお願いしたんですぅ。皆さんの写真を見せたらこの髪型にしてくれてぇ。初めてですぅ、こんなの。なんだかお姉さんみたい」


先程まで幼く見えた彼女は嬉しそうに照れ照れしつつ椅子に座った。黙って無表情でいれば機関銃で戦いそうな格好良くて怖いメイドさんになったのだ。

しかし中身は変わらないので、えへえへにこにこと小さな汗を飛ばしている。

ダイダラは「いやぁ、女ってのはスゲェな」とパチパチ瞬きをした。


「ど、どうですかぁ?に、似合いませんかぁ…?」

「見て分かるだろ惚れてんだよ。前よりどこ見ていいかわかんねぇ」

「!え、えへへぇ。えへへ、ふふ。ありがとうございますぅ」

「でもマリンさんの趣味じゃねぇだろ。いいんか?」

「あ。え、えっとぉ。私、前に着てた服も好きだったんですけどぉ、ドロシュ様のお好みかなぁと思って着てたんですぅ。何も言われなかったですけどぉ…」

「今着てんのは?趣味か?」

「!こういう雰囲気も大好きですぅ。格好良くて、憧れてましたぁ」

「ならいいわ」


マリンちゃんはキャイキャイはしゃぎ、エプロンをつまんで頬をリンゴにしていた。

確かに女が好きそうな女という感じだ。

同性人気の高い女性アイドルや女優は、いつもこういうキツネっぽくて格好良い女(ひと)が多い。

一般的に男より女ウケする女は、隙も皮下脂肪もない、母性を持たない香水瓶のような美女だ。

マリンちゃんもその1人だったというわけである。


「あとは。なんか必要なもんあんの」

「い!いえこれ以上は自分のお小遣いで…」

「何してぇの」

「…ね。ネイル…してみたいんですぅ。冒険中は出来なかったしぃ、メイドですから、塗っちゃダメかなって…一回してみたかったんですぅ」

「どんなの」

「えっと、このくらい長くてぇ、青いの…」

「あのバケモンみてぇなやつか。よく分かんねえけどお揃いにしようぜ。あとで連れてってくれ場所分かんねえから」

「!お揃いですかぁ?は、初めて…」


マリンちゃんの目がキラキラ光った。

彼女は嬉しそうに自分の何も付いていない爪を見てから、かぼちゃのプリンを頼んで嬉しそうに食べた。

新しいおめかしが幸せだったようである。


「…あ。そうだマリンさん。ネイル終わってからでいいんだけどよ、頼みあんだよ。ギルド行きてえんだけど付き合ってくれるか。オレだけじゃ入れねえから」

「ギルドですかぁ?勿論ですけどぉ…何をしに行かれるんですか?」

「勧誘証欲しいんだよ。発行して貰おうと思って」

「勧誘証?…仲間集めがしたいんですかぁ?それなら、わざわざ発行しなくても募集をかけるだけで大丈夫ですよぉ。あれ、手間かかりますしぃ…」


ダイダラは呑んでいたジントニックを見て目を伏せ、「それなんだけどよ」と煙草の灰をトン、と灰皿に落とした。


「勧誘証を提示すれば勧誘された側はパーティの話聞かなきゃいけない義務が発生するだろ。転生者支援システムでよ、これはどの種族にも適用されるってサポートシステムに書いてあった」


勧誘証とは、ギルドでのみ発行してもらえる書類だ。

通常勧誘というのは単純に「仲間に入らないか」と口頭で誘ったり、募集の紙をギルドのボードに貼ったりするものだが。

転生者の支援システムとして、勧誘証を発行して勧誘したい人間へそれを提示すると、提示された者はまず業務内容の説明を聞かねばならない義務が発生する。

素っ気なく一言で断れなくなるのだ。

それは天界からの補助システムであるので、どんなに格の高い種族であろうと勧誘証は絶対である。

これさえあれば取り敢えずは門前払いを避けることができるのだ。

福祉がしっかりしていることで大変結構。


「勧誘する時適当に突っぱねられたら困るからよ。まず話だけでも聞いて欲しいんだわ。だから一応発行しときたくてよ」

「分かりましたぁ。勧誘証の発行ですねぇ」

「発行になんか必要な書類とかあんの?」

「ギルドに自分の名前の登録を済ませればできますよぅ。私もパーティ解約手続きしなきゃいけないところだったのでちょうどいいですぅ」

「ふーん」

「装備とかじゃないんですねぇ」

「いや、転生したらまずは装備より書類集めた方がいいだろ」


マリンちゃんはよく分からなかったが、取り敢えず頷いておいた。

シッカリしてるなぁと思ったのだ。

というわけで2人はネイルをしに行き、色だけをお揃いにした。マリンちゃんはスカルプでギャルみたいに爪を長くして貰って、蛍光ブルーにした。

そしてそれを、ジッ……と見つめていた。

物凄く気に入ったらしい。

えへえへ笑うわけでもなく、真剣な顔でジ…と爪を黙って見つめており、店から出て歩いていてもずっと自分の爪を見ていた。

ダイダラはよく分からんが気に入ったならいいかと歩幅を合わせて歩き、黙ってしまったマリンちゃんを気にしてやりながら隣を歩く。

コイツ転びそうだなと心配しながら。


「…あ、ギルドあれです…」

「オウ。ありがとよ」

「はい…」


マリンちゃんは自分の爪から全く目を離さずに言って、中に入ってくれた。そのおかげでいつもなら門前払いを食らうダイダラもすんなり入ることができて一安心。

マリンちゃんは冒険者証明証を見せなくても顔パスでギルドに入れるのだ。伝説のパーティメンバーなので、むしろ彼女は歓迎されていた。

一切顔を上げなかったが。

爪がかわゆくて仕方ないので。

そんな爪から顔を上げないマリンちゃんのおかげで、勧誘証発行手続きは思ったよりもスグに済んだ。


待ち時間という概念がなかったのである。

彼女は随分偉い立場みたいで、ギルドの受付のお姉さんは大慌てでダイダラの為に手厚く対応してくれた。

受付番号をもらう必要すら無く、列に並ぶ必要すらなかった。

これが無双パーティメンバーの威力である。

お茶まで貰ったダイダラは別室にて「はい」とか「いいえ」を言うだけで発行して貰い、本来なら1時間はかかるところをたった10分で完遂。

VIP対応というものを肌で感じることができた。


…もしや異世界は現代社会と同じで、学歴社会でも門閥で地位が決まるわけでもなく。コミュ力社会と化しているのかも知れない。

やはりここでもコネが最強のワイルドカードなのかも。


「………」


さて、用が済んだのでギルドを出る。

…ダイダラは気が付かなかったが、周囲の人間はみんなマリンちゃんを見ていた。

皆マリンちゃんを知っている。

ギルドの中に入るとステータス表示が頭の上に緑の透ける字で出るので、彼女だとすぐにわかるし。


マシンガン・ロイヒリン/ブルーリスト

種族:水神 役職:アサシン、メイド

Level:測定不能


と、表示されているのだ。

ギルドの強面の男達は「マシンガン・ロイヒリンだ」「死神連れだぞ」と低い声を煙草の煙に混ぜ、ハットの下でボソボソ話している。

マシンガン・ロイヒリン、通称マリンちゃん。

マしかし普段とは当然違う。

いつもならもちもちニコニコとドロシュにくっ付いて、綺麗な女達とドロシュを取り合っていたのに。


今では豊かなブルーの髪を右へかき上げるようにサイドに流し、左は刈り上げている。

白エプロンを靡かせ、背中の大きく空いた黒いシャツを着て…むき出しだったはずの足は隙のないパンツスタイルに編み上げブーツだ。

ピンヒールで175センチになったマリンちゃんは、そうでなくても腰の位置が高くヒップが上がっているので背が高く、足が長く見える。

いつもニコニコしていた彼女は本日無表情、第二関節くらい長く尖った蛍光ブルーの爪をつまらなさそうに眺めながらカツンカツン歩いているのだ。


後ろを歩くダイダラもまた青髪、顔に墨の入った柄の悪いこの男はまるでマリンちゃんの眷属みたいに見えた。

しかも死神なので、ダークリストの死神などまさかギルドに入れるわけもないが。マリンちゃんが〝飼い主〟なのだろうと判断されて放置されている。

故にマリンちゃんは全く以前と変わっていて、死神の美男を飼っているように見えた。

それがエプロンを靡かせて去っていく。


「…………」


マリンちゃんは女王に見えたし、触り難い芸術品のような女に見えた。

ギルドの人間は「何かがあった」とは分かるが、何があったかは知らなかった。だから彼女が一体どう変わってしまったのかは分からない。

ただ黙ってマリンちゃんを見ていた。


ダイダラが視線に気づかなかった理由は、マリンちゃんの真っ白な背中に釘付けで、自分の名前も思い出せなかったからである。







「オニーサン、ちょっと良い?」

「え、…」


一方その頃。

異世界転移線のSLにて。

窓の外は真っ暗、新米の転生者で溢れたこの車内。

希望と不安に揉まれて席に座っていた川田 吾朗(かわだ ごろう)42歳である。


川田さんは暗い顔をして、スーツ姿のまま窓の外を眺めていた。

社畜人生を送っていた川田さんは疲弊し切っている。

家族にも見放され、彼は自殺した先で女神に会ったのだ。

そこで異世界へ「勧誘」を受け、異能を授けられ、異世界行きのこのSLに乗っている。

アプリ漫画で何度も読んでいた異世界転生。

それが自分の身に起こるとはまさか思わなかった。

だから不安と期待でドキドキしつつ、自分にも本当に世界を救えるだろうかと揺られていたのである。


そんな時。

沈黙に満ちた車内にて、〝彼ら〟がやってきた。

GUC×Iのスリッポンを履いた、チャラい金髪の三つ編みが。バケットハットを目深に被った、長い黒髪のサブカルオニーサンが。白髪の猫耳をした、首までタトゥーだらけのスカウトマンが。


「え、あ」


歌舞伎町の人間は、どんなに見た目がおじさんだろうとおばさんだろうが「オニーサン」「オネーサン」と呼ぶ。

白髪の猫耳にそう声をかけられた川田さんは、その新宿の香りに「キャッチか、スカウトマンみたいだ」と正しく彼の印象を固めた。


「ここ座るね」

「え」


そんな柄の悪い歌舞伎町の男達は、ドサッ!と川田さんの両サイドに座った。

右には長髪の男が、左には猫耳の男が。

目の前には三つ編みの男が足を広げた猫背で。

川田さんは「仲良くしようぜー」と三つ編みの男に右手でワシワシ肩を揉まれ、なんとも言えない気分になる。

というか、かなり怖かった。

異世界でオヤジ狩りに合うなんて思わなかったから。


「あ、ぇ、な、なんのご用…」


でしょうか。

言おうとしたが、隣の猫耳が「オニーサンさ」とその言葉を遮った。


「名前なんて言うんスか」

「え。あ、か、川田と申します」

「川田さんね。川田さん。前職は何してたの」

「えぇと、不動産会社で勤めて…いましたが、」

「おっ。不動産?いいやん笑 営業❓」

「は。はい、」

「へ〜…」


川田さんは体を小さくし、どこを見ていいか分からず俯いて汗をかいた。

一体何が目的なのか分からなかったから。

それに聞こえはいいかもしれないが、彼はいつもドベの成績を記録しており、会社ではお荷物だったのだ。

いつ契約を切られてもおかしくなかったし、クビを宣告されるのは今日かもしれなかった。

だから毎日体が痛くて頭が痛かった。

妻には見放され、別居してから連絡が取れなくなった。

そんな自分にはもう何も残っていない。

けれど暴力を振るわれるのは怖かった。


「へぇ。営業マンだ?」

「川田さん。成績は良かった?」

「え」

「営業成績。良かった?正直に言えー」

「…あ。えぇと、…そ、そこそこ…です、かね」

「正直に。ね」

「、」


猫耳の男にパンパン、と背中をちょっと乱暴に叩かれた。

三人とも物凄く静かな声だったし、川田さんが迷って黙ると彼らも黙る。

酷いプレッシャーだった。

異世界行きの列車の中で、なぜ自分がこんな目に遭っているのか分からなかった。


「…す。すいません。それほどよくは、なくて、」

「悪かった?」

「は。…はい」

「良いね。書類は作れる?」

「しょ…なんの書類でしょうか」

「んー、難しくて重たくて読んでらんない書類かな。契約書とか。見てて頭痛くなるような業務内容とか連絡重要事項とか。なんでも良いんだけど」

「…な、内容さえ分かれば?…多分…」

「多分じゃなくて。できる?」

「あ。えっ、で。できます」


川田さんは「できる」と言わなければ殺されると思い、なんとか頷いた。

すると3人の男たちも目を合わせ、顎で軽く頷く。


「……、…」


川田吾朗 42歳。

社畜、不動産会社の営業マンだが成績はドベ。

さぞつまらなくて頭が痛くなるような話をし、重たくて細かい書類を目の前に出してチンタラトロトロ説明するのだろう。

何が悲しくてそんなに辛気臭い顔をしているんだかという感じだし、吊るしのスーツも皺が寄っている。


つまり、完璧だ。

理想的な人物である。

今まさに最も欲しい人材だ。

彼らは顔を見合わせて「いい?」「だな」「決まり」とボソボソ会話をし、パン。と川田さんの肩に手を置いた。


「川田さん。」

「…はっ、はい…?」

「ちょっとオレらと来てくれる。仕事一件頼みたいんだけど」

「悪いようにしないスから。いつもの仕事してもらうだけ」

「す、あ、い、いえ。私はその、女神様に言われた場所に行かないと、」

「………。川田さん。ごめん、もっかい言うね」


川田さんは焦って断った。

あまりにも嫌な予感がしたからだ。

しかし咄嗟に断ったは良いものの、結果的に後悔で汗をかいた。

目の前の蛇のような男の声が、ワントーン低くなったから。

川田さんはガッチリ両サイドの男から肩を掴まれていて動けない。

SL内の沈黙がさらに重たくなった。


「ちょっと、オレらと来てくれる」


金髪は改めて、笑顔で言った。

頭を押さえつけるような声だった。

川田さんは足を振るわせ、目を泳がせ、「あ」とか「す」とか意味の無い音を何度か出し。

誰も助けてくれないのを悟って、俯いたまま。


「は。はい…」


絶望の声を出した。

すると三人の男達はワッと笑顔になり、「いやーよかった」「ありがとう」「よろしくねー」と彼の体をバシバシ遠慮なく叩き、「頼むわ、ほんと」と釘を刺すように言う。


「良かった。話し合いだけで済んで」


川田さんは叩かれて体を揺らしながら、ビュウビュウと病気の犬みたいな咳をした。

自分は異世界転生をしたはずなのに、何故こんなところでこんな風に拉致まがいなことをされるのだろう。

もしかしたら一番最初のチンピラに絡まれると言うイベントなのかもしれない。

ならば転生者らしく薙ぎ倒すべきなのかもしれないが、背中に染みついた臆病が消えてくれなかった。

彼らに反抗するなんてまさか出来るわけもない。

怖くて仕方がなかったから。


…それに川田さんは相手の属性を見ることができる。

だからこそ何もできなかった。

だって金髪の属性は【罰当たり迷惑YouTub×r系転生者】だし、猫耳は【地元のダルくて怖い先輩系転生者】だし、黒髪は【アングラサブカル売人系転生者】だし。

もう最悪である。

歌舞伎町の嫌なところが全集中したかのような男達である。


一体何をされるのだろう。

スキルのカツアゲ?奴隷くん?パシリ?

それとももっと怖いことをされるのだろうか。

現実があんなにも嫌だったのに、こんなことになるくらいだったら転生なんてするんじゃなかったのかもしれない…。


「あ。ぁ、あの」


だから川田さんはせめてと思って、恐々彼らに話しかけた。

列車から降りる瞬間、自分の人生がどのように捻じ曲がるのか知りたかったのだ。


「わ。私は、何を…すれば、よろしいんですか」


言った。

すると三人は顔を合わせて、片眉を上げ。


「悪魔の勧誘。」


と、言ったのである。

──悪魔の勧誘。

それが何を指すのかは分からなかった。

けれど何か深刻で、物凄く嫌な予感がすることだけは分かるのだ。


「…そう、ですか」


川田さんはSLを降り、ギャル車みたいな匂いのするワゴン車に乗せられ。

後部座席にて、ブルーに光る車内用の灰皿を俯いて眺めながらただ沈黙して座っていた。



…さて、勧誘証と不動産の営業マン、戦闘要員のマリンちゃんのカードが揃った。

これが何を意味するかと言えば当然。

チーム歌舞伎町はやっと、お目当ての悪魔をパーティに勧誘しに行くコマを揃えたのである。


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