第6話 麗しき水の都・ヒュドール

 ついに俺とリリーは目的地、ヒュドールに着いた。


「とても綺麗で清潔なの! まずはお風呂はいりたーい!」

「水回りの神様の都ね。とても美しいところよぉ」


 そうレディオさんとリリーは言うけど、その美しいヒュドールが、今は異臭に包まれ荒れ果てている。


 街中を魔物が歩き回り、人影は見えない。


 この光景にリリーが真っ青になって、今にも倒れそうになっているのを、マサラさんが支えている。


 住んでいた村は魔物に燃やされ、やっとついた故郷はこの有様……リリー、辛いよな。


 俺たちは丘の上の神殿に向かうが、ここも酷く荒らされていた。


 俺は落ちている魔物のウンコを鑑定した。この旅で俺のスキルも随分上達したんだ。


 ひと目見て、この惨状を招いたのは凶悪なヒーホットドラゴンと、その仲間たちだとわかった。


 その時だった。


 埃と土で汚れたローブを着た、司祭のようなおじいさんが、俺たち……いや、リリーを見て駆け寄ると、ズザァァと彼女の前に膝まずいた。


「リリー様! よくぞご無事で!」


 リリーの手をとって、おじいさんがオンオンと泣く。


「サン=ポール、無事だったのね! パパとママは? いったいここで何があったの?」

「ちょっとお待ち。その前に、リリー……様???」


 リリーが少し困ったように笑ってから肩をすくめた


「私のパパは台所の神オプタニオン。ママはトイレの女神セッラ。私は二人の神様の娘。15歳になったら、正式にお風呂の女神になるの」


 未来のお風呂の女神……だから水の魔法が得意で、シャボン玉は石鹸で、怒らせた後や凹んでいる時に、宿のお風呂が赤カビ黒カビだらけになったのは……そうか、俺は女神様と旅をしてたんだ。


「それでね、ユーダイがこの世界に来ちゃった理由……その原因がウチのパパとママだから、ここに来ればユーダイを元の世界に戻せると思ったの」


 リリーがそう呟いて、涙をぽろりと落とした。


「理由……教えてくれるかしら?」


 レディオさんがリリーの涙を白いレースのハンカチで拭きながら尋ねた。


「ユーダイには本当に悪いんだけど……トイレの後の便座を閉める閉めないが原因の夫婦喧嘩……」


 リリーはそう言ってバッと顔を覆い、俺は天を仰いだ。


 あまりのくだらない理由で、俺の思考が一時停止したが、現実にひきもどしたのはマサラさんだった。


「それより、神様たちはどうした!」

「それが、突然ヒーホットドラゴンが現れて、オプタニオン様とセッラ様を攫い神殿の奥へ!!」

「なんだとぉ! すぐにお助けせねば!!!」


 走り出すマサラさんを、レディオさんが「お待ち!」とマントを掴んで止めたが、その脇をリリーが、「パパ! ママ!」と叫んで駆け抜けていった。


「リリー!」

「リリー様ぁ!」


 リリーを追いかけようとした時、左右からハバネッロゴブリンが群れで現れた。


「お気をつけを! 奴らの体液に触れるとヒリヒリと皮膚が焼かれるような痛みが1日中続きますぞぉ」


 絶対触りたくない。


 外に逃げ場はない。俺たちはリリーを追って神殿の奥へ走り込んだが、突然俺の足元の床が、ガラガラっと崩れた。


「うわぁぁぁ!!」

「ユーダイィィ!!」


 仲間の声が聞こえる。差し伸ばされたレディオさんの手を掴もうと手を伸ばしたが、届かずに、そのまま俺は落ちていった。

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