第7話 まさかの……


「────は? 七海を、弓月ゆづきくんの、許嫁いいなずけに、ですか?」


 神和かんなぎさんの仕事は早かった。

 弓月さんから話を聞いた翌日の日曜日。神和さんは、菓子折りを持ってあたしの家にやって来た。もちろん弓月さんも一緒だ。


 テーブルを挟んで、神和さん達と向かい合ったうちの両親は、豆鉄砲をくらったような顔で固まっていた。


 今日来るとは知らなかったけれど、事情を知っていたあたしはいたたまれず、一人掛けのお誕生席から逃げ出したくて仕方がなかった。


「そう言って頂けるのはありがたいのですが、七海はまだ十二歳です。これから高校、大学で学び、やりたいことを見つけて巣立ってゆく。私たちはそれを見守るつもりでいます」


「ええ。それはもちろん。わし達も、七海さんの自由を奪うつもりなどは毛頭ありません。大学を卒業してからで良いのです」


「申し訳ありませんが、このお話は、お断りさせてください!」


 お父さんは頭を下げて、きっぱりと断ってくれた。

 ホッとしていたら、神和さんが急にあたしの方を向いた。


「七海さんは、弓月のことが嫌いかね?」


 突然質問をされて、あたしは震えるように首を振った。


「それじゃあ、好きかね?」


 あたしはもう一度プルプルと首を振った。たぶん、あたしが泣きそうな顔をしていたせいだろう。神和さんは困ったような顔をしていた。


「だから言ったじゃないですか、お爺さま。僕が七海ちゃんともっと親しくなってからの方が良いって」


 気まずい空気を打ち消すように、弓月さんが笑顔でそう言った。


「七海ちゃんのお父さん、お母さん、祖父が失礼を致しました。祖父は失われたご先祖様との縁を取り戻したくて、どうしても僕と七海ちゃんを縁付かせたいみたいなんです。もちろん僕も、七海ちゃんならって思ってここへ来ているんですが……お二人が七海ちゃんを心配する気持ちはよくわかります。だから、例えば、僕と七海ちゃんが交際する事を正式に認めて頂く、というのはどうでしょうか?」


 爽やかに折衷案を提示する弓月さんは、まるでやり手の営業マンのように相手の心をつかんでゆく。


 弓月さんの話術に乗せられて、お父さんとお母さんは顔を見合わせて「それなら」とか言ってうなずき合っている。


 や、ちょっと待って。お願いだから話しをまとめないで。

 「正式な交際」と「許嫁」って、名前が違うだけじゃないの?


 弓月さんのお爺さんが身を乗り出して、うちの両親の言質げんちを取ろうとしている。


「そっ、そんなのダメです! 弓月先輩と付き合ったりしたら、ここのルールを破ることになっちゃいます!」


 焦ったあたしは、昨日聞いたばかりの「ここのルール」を持ち出した。

 恐ろしい物の怪を宿した弓月さんと交際だなんて、臆病なあたしには死ねと言われてるようなものだ。何としても断らないと生きていけない。


「七海ちゃん? もしかして、あの噂を気にしてるの?」


 驚いたようにあたしの方を見た弓月さんは、すぐに悪戯っぽく笑った。


「あの噂なら気にしなくていいよ。あれは僕があおいに頼んで、そういうルールを作ってもらっただけなんだ」


「え……」


「だって、告白されたら断らなくちゃいけないでしょ? お互い傷つくじゃない? だからルールを作ったんだ。でも、七海ちゃんが気になるなら、みんなへのフォローは考えておくよ」


「へ?」


 あたしが白目を剥いている間に、弓月さんの話術に乗せられた両親は、いつの間にかお付き合いの話に同意していた。

 口下手で意見を言うことが苦手なあたしでは、もうこの話を覆すことは出来そうもなかった。


 でも────この時のあたしは、まだ何も知らなかった。

 神和家の秘密も、弓月さんや葵ちゃんがどんな役目を担っているのかも、ましてや、迫りくる脅威のことなど、何ひとつ知らなかった。

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海町ラビリンス 滝野れお @reo-takino

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