第28話 しんじつは晒されて①

「どうして人族相手にこのようなことに? 私たちの依頼は龍族討伐だったはずですが」

 その言葉に黒鎧の男がギッと歯を食い縛り、剣をブンと振った。

「あぁ? 〈ヴォルツターク帝国〉の亡霊を断罪しに来たんだよ! 俺の目的は龍族じゃない。あの女だ。お前の師匠の星詠みであいつが禍星まがぼしだっていうのはわかっているだろ!」

 噛み付くような声音に、しかし蒼髪の男は落ち着いた声音で淡々と応えた。

「禍星という星など出ておりませんよ。彼女が龍の力を伴う〈ヴォルツターク帝国〉に連なる者だという内容が詠まれただけです。解釈するのは自由ですが、ねじ曲げてはなりません。……しかし、これは……」

 蒼髪の男は迷わずこっちへとやって来ると……横たえられたメルトリアと今にも意識を手放しそうなフォルクスを見て、両手を持ち上げる。

「!」

 咄嗟に身構えた俺に彼は……髪と同じ蒼色の、少しだけ吊り上がった瞳をゆるりと瞬き、唇に僅かな笑みを浮かべた。

「大丈夫です、回復魔法にも少し覚えがあるので治療を。――代わりといってはなんですが、もしも貴方が千葬勇者だというのなら少し話がしたい」

「……え……回復、してくれるのか……?」

「勿論です。こちらの落ち度ですから」

 ぽわり、と灯った柔らかな光がふたりを包む。

 呼吸が安定していくのを見詰め……俺は剣を下ろした。

「…………ああ……ありがとう……」

 安堵したから、だろうか。

 俺から滲み出ていた黒い靄が薄くなり、形を描こうとしていた渦が霧散する。


「ど、どいつも……こいつも……邪魔ばかりしやがって!」


 そこで黒鎧の男が剣を頭上に掲げて地面を蹴った。

「…………」

 言葉なんて、もう必要ない。

 俺は蒼髪の男と擦れ違うように踏み出し、剣を突き出す。

「――ガッ⁉」

 切っ先が肩当てポールドロン胴鎧ブリガンダインの隙間を突き、黒鎧の男は剣を取り落とした。

 膝を突くそいつを助けようとする冒険者はひとりもなく、静寂があたりを包み込み……彼は憤怒に満ちた表情で俺を睨む。


 そのときだった。


「……なあ、あんた。俺は〈ヴァンターク皇国〉の貧民街出身なンだけどよー」

 声を発したのはただひとり、回復魔法で意識が鮮明になってきたらしいフォルクスだ。

「俺のご先祖さんは皇帝一族に仕えていた騎士らしくってな。つっても、皇族だっていろんな奴がいたンだぜ? 自分で魔物を飼っていたわけでもなく、民の命を奪ったりしていない奴だっていたさ。……でもあんたのご先祖さんたちはそんなのお構いなしに奴隷の焼きごてを押し、踏みつけ、酷いときにゃ命も奪った。いまだってあんたたちは仕えていた者の子孫ってだけで俺らを差別していやがる。……これってさ、あんたのやり方に当てはめるなら……俺の先祖が受けた哀しみをその子孫に返していいってことじゃねぇ? ついでに俺が舐めてきた苦汁もご返却ってなもンだよな?」

「……!」

 黒鎧の男の灰色の双眸が見開かれる。

 フォルクスは円月輪をシャンシャンと打ち鳴らすと……「ひひ」と笑った。

「でも俺はそんなクソみてぇなやり方は選ばないね。どうせなら勇者サマみてぇにヒトを助けて有名になって……真っ当に生きるほうが気持ちがいいってなもンよ!」

「……フォルクス……」

 俺はその言葉で……救われたような気持ちになる。

 魔王を倒したことで俺の知る世界は変わった。

 革命が起きて国ひとつが消え、ヒトの防衛本能は緩くなり、あまつさえその子孫同士が敵対してしまった。

 そのなかにあってフォルクスの言葉は……希望の光みたいで。

 項垂れた黒鎧の男に……今度こそ、誰も話しかける者はいなかった。


******


「お待たせしました千葬勇者アルトスフェン。彼らの治療……といっても私程度の力では応急処置が精一杯ですが……完了しました。冒険者たちも報酬を払って解散させましょう。そもそもここにいるのは依頼を無視した者だけですが、なにもなければ退いてはもらえませんしね。――さて、そこで質問があります」

 どういうわけか、蒼髪の男はあっさりと龍族への侵攻停止を受け入れた。

「おう……ありがとう。なんでも答えるよ」

 俺が言うと、蒼髪の男は白いローブを翻して頷く。

「勇者一行のライラネイラとスカーレット。私の髪はどちらに似ていますか?」

「……お、おう?」

 意味がわからない……。

 俺は間の抜けた返事を返し、少しだけ考えて答えた。

「色でいうなら回復術士のライラネイラによく似てるよ。目元も……猫目っぽいところが。でも長さでいうと星詠みのスカーレットだな。ただし君は真っ直ぐだけど、スカーレットはもっとこう……波打っていた感じだ」

 それを聞くと……彼は唇の端を吊り上げて微笑み、俺の前に片膝を突く。

「……ええと?」

「お会いできて光栄です千葬勇者アルトスフェン――! 私の偉大な師の元へお連れします。どうか……彼の者の話を聴いてもらえないでしょうか」

「……お、おう……?」

 話せるのは望むところだ。

 だけど……いったいどういうことなんだ?

「ただし、お連れするのは貴方のみです。休養が必要な彼女たちは連れていけません。事情があり、いささか強行軍になりますので」

 蒼髪の男はそう言うと、ちらとメルトリアとフォルクスを見た。

 メルトリアも意識を取り戻しているが、ふたりとも満身創痍だ。

 俺はきっぱりと首を振る。

「……それは困る。休養が必要なら尚のこと置いていけない」

「私は行くわ! 強行軍だとしても着いていく! あなたの師匠は私のことを勝手に詠んだのでしょう? 私にだって直接話す権利はあるはずだわ!」

 そのとき、弾かれたように声を上げたのはメルトリアだった。

「むしろ私よりそっちの彼の方が重傷よ、私を庇って斬られたのだもの――」

 メルトリアは泣きそうな顔でフォルクスを振り返る。

真っ赤に染まった腹部を押さえ座り込んでいたフォルクスはぴくりと眉尻を跳ね上げると、真っ青な顔でひらひらと手を振った。

「あーあー。バラさないでほしいンだけどな姫さん……。……悪い、勇者サマ。俺は……行けそうにねぇや……本当は、いまにも……意識が飛びそう、なンだ」

「そ、そんな……フォルクス! しっかりしろ!」

『ならば私が彼を預かろう、千葬勇者よ』

「……!」

 瞬間、目を開けていられないほどの風が吹き抜けて――腹の奥がビリビリした。

「……アウル……!」

 俺が声を上げると、近くで座り込んでいた冒険者たちが騒然となる。

 現れたのは白い龍族。メルトリアの家族であるアウルだった。

『嫌な力を感じたのでね。――心当たりがあろう? 千葬勇者』

「あ……。わかるのか? アウルには……さっきのアレがなにか……」

 黒い靄のことを言われているとすぐにわかり、俺は自分の手を見詰める。

 冷たい……感情だった。

『そうだね、その話も後々しよう。さて人族たちよ……我ら龍族は戦いを望まぬ。それでも挑むというのであれば……国ひとつでは済まぬと思うがよい。千葬勇者は我らの使者でありこの娘は我らの子。次にこのようなことがなきよう頼みたい』

「すげ……龍……こんなデカい龍が――っはは! 知ってるか勇者サマ! 龍族を見られた者には幸福が訪れンだぜ? おい、そこの黒鎧。よかったな、こんなデカい龍なンだ、あんたにも幸福が訪れるぞ……」

 飄々と笑ったのはフォルクスで、騒然となっていた冒険者たちが困惑から期待の表情へと変わる。

「すげぇな……ああ、本当に……」

 フォルクスは続けて呟くと、そのままガクリと岩に崩れ落ちてしまった。

「っ、フォルクス! おい!」

『心配ない、千葬勇者。気を失っただけだ。命に別状はないだろう』

「えっ? あ、そう……か」

 ――本当に、フォルクスときたら。場の雰囲気さえも変えてくれるなんて。

 俺が安堵の苦笑混じりに項垂れている黒鎧の男に視線を移すと……彼はアウルへと視線を上げ……なんともいえない顔をした。

 蒼髪の男といえば……苦い笑みを浮かべ、はるか太古の昔から永きを生きる龍族を見上げていた。

「……ああ。やはり私たちには出過ぎた行為だったのですね。けれど……そうですね。千葬勇者、貴方なら終わりにできるはずです。では行きましょうか。……貴方たちも解散です、いまから報酬をお支払いしましょう。怪我も治療しますから」

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