2.憑依と魔改造主人公


 ①「憑依」と『エヴァ』二次


 「憑依」のジャンル形成は『新世紀エヴァンゲリオン』(TVアニメ1995年10月-96年3月、旧劇場版97年7月)二次創作の時代まで遡ります。



 1996-99年の第一次『エヴァ』SSブームにおいて、「逆行」と呼ばれるジャンルが確立されました。『Replay』97年7月を嚆矢として98年頃と思われます。

 これは原作キャラ、特に主人公「碇シンジ」が、物語の結末から物語の冒頭へ精神のみタイムスリップすることから始まる二次創作です。

 未来知識による原作の悲劇からの救済がメインテーマとなります。TVアニメ版の納得できない結末を補足するはずの旧劇場版がさらに陰鬱だったので、せめて二次創作では幸せにしてやろう、と。


 後には「キャラAが過去にタイムスリップしたときキャラBになっている」という、明確に「逆行」と「憑依」が組み合わさった作品も登場します。



 「逆行」に先立つ96年末、「スパシン」(「スーパーシンジ」の略)と呼ばれるるジャンルが確立していました。これは碇シンジを異常に強化するなど原作からかけ離れた設定を加えるものです。「逆行」も主人公強化の側面があります。

 「スパシン」のような現象は『エヴァ』以外にも広く二次創作に認められ、一般に「魔改造主人公」と呼ばれています。

 「スパシン」の場合、最初は「シンジ君を救いたい」という気持ちが強かったのかもしれません。しかし原作放映が過去の出来事になるにつれ、原作へのリスペクト精神が薄まり、二次創作だけを見て二次創作をする傾向が強くなりました。



 「逆行」「スパシン」を背景に、2001-02年の第二次『エヴァ』SSブームにおいて「憑依」がジャンルとして確立しました(『体験EVA』01年10月など)。

 「憑依」は現実世界の人間の精神が作品世界のキャラ、主に碇シンジに乗り移ってしまうというジャンルです。原作知識による原作の悲劇からの救済、「自分だったらこうするのに」の実現がテーマとなります。




 ②「オリ主」と『エヴァ』二次


 『エヴァ』二次ではこの他にも、「本編アフター」「本編再構成」「分岐物(ifストーリー)」「学園物」「異世界物」「断罪系(アンチ・ヘイト)」「LAS」「LRS」「使徒擬人化」など様々なジャンルが開発され、Web二次創作草創期にしてすでに全てがあると言えるような状態でした(※1)。

 「オリ主」を除いては。



 いかんせん『エヴァ』二次だと、原作未読系二次創作が出現する第二次SSブームですら、オリ主は流行りませんでした。

 理由はいくつも考えられます。


 まず、オリ主をとりあえず出してみても、原作の設定からしてシンジ君ばりの活躍というわけにはいきません。シンジ君の活躍(エヴァに乗れること)には彼の特殊な出自が関わっているからです。


 次に、原作主人公のシンジ君に人気があったこと。原作での境遇から同情を集め、「救済したい」という欲求が書き手の中にありました。

 これが「スパシン」という形をとり、「オリ主による外部からの救済」という形をとらなかったのは、作品設定上オリ主をすぐエヴァに乗せることができないのもそうですが、シンジ君にのめり込むファンが多かったのが影響していそうです(※2)。

 オリ主を導入する最も強くナイーヴな理由は自己投影です。しかし『エヴァ』二次の場合はすでに有力な候補がいました。行き過ぎた魔改造主人公はオリ主と区別できません。


 原作が軽視され、「救済」の気持ちなどすっ飛んでいた人が多かったであろう第二次SSブームではどうでしょうか。

 オリ主は「文脈があまりないから/流行っていないから」選ばれず、シンジ君は「文脈が異常に積まれているから/流行っているから」選ばれた、という側面がどうもありそうです。

 「流行っているものは微改変を加えられながらますます反復される」という現象は、加速した二次創作シーンに代表される「参照系」システムにおいてよく見られます。参照系についてはこのエッセイ最後の第七話で説明しましょう。


 「原作主人公の特殊性」「原作主人公の人気」「原作主人公への文脈蓄積」という三つの要素は、魔改造主人公が流行りオリ主がジャンル化しなかった同時期の他原作にも見られます。



 なお、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021年)が公開され二次創作が盛り上がったときには、様々な立ち位置のオリ主が登場しました。

 「原作主人公TSヒロイン化」(シンジ君をTS(性転換)させヒロインとしながらオリ主をシンジ君の位置に滑り込ませる)というアクロバットをやった作品もいくつかあったようです。

 20年経てば当然手法は変わります。それでも他原作と比べるとオリ主の割合が低めなのは、原作の構造ゆえでしょうか、それとも積み重ねられた文脈のゆえでしょうか。




 ③「逆行」と『ナデシコ』二次


 「逆行憑依」二次創作が流行った作品といえば、『機動戦艦ナデシコ』(1996-97年)を紹介しないわけにはいきません。

 特にサイト「Action」に掲載された『時の流れに』(1999年?-)は、「逆行」「魔改造主人公AKITO」「オリキャラ多数」など多数の要素を抱えながら、夥しい数のフォロワー・三次創作を産んだ作品として有名です。

 『時の流れに』の影響力はすさまじく、「マシンチャイルド」というオリジナル設定が、三次創作の関係にあるわけでもない『ナデシコ』二次で使われるほどでした。二次創作で見かけ過ぎて原作の設定だと勘違いしていた、というよくある現象です。




 ④「アナザーワールド」と『Kanon』二次


 「かのんSS-Links」というリンクサイトは、Arcadia以前に二次創作を集約したサイトの中だと最大規模を誇りました。更新停止直前の2004/6/9時点でSSを3672本収録しています。捜索掲示板もかなり活発だったようです(※3)。

 ここを中心に、『Kanon』(1999年)二次は異常なメタゲームの加速を見せます。


 まず、魔改造主人公「U-1」(主人公「相沢祐一」のもじり)。この酷さは非常に現代的な水準でした。

 「U-1」をめぐって「メアリー・スー」「ニコポ・ナデポ」「テンプレ」「最低系」「銀髪オッドアイ」といった揶揄が飛び交います。


 『Kanon』は「泣きゲー」(エロゲ―のうちシナリオに特化したもの)として評価されていたはずなのに、原作とは一切関係がない「戦闘系」二次創作が大流行します。

 さらに「U-1」が別作品世界やオリジナル異世界に行くジャンル「アナザーワールド」が普及しました。異世界転生ファンタジーでよく見る(見た)「転生トラック」「ギルド」「冒険者」「ランク制度」といったテンプレもすでに出現していたようです。

 「転生トラック」はおそらく『幽☆遊☆白書』(1990-94年)から。「ギルド」周辺は『ラグナロクオンライン』(2002年-)等のネットゲームの流行が影響しているようです。

 ゼロ年代前半の「男性向け」ジャンルは巨大な「異世界転移」コンテンツを欠いていたので、その代替として『Kanon』二次の「アナザーワールド」が流行っていたのかもしれません。



 ……意味不明ですね。なんで全てを『Kanon』にぶち込もうとするんでしょうか。後の『魔法少女リリカルなのは』二次もそんな感じでしたが。

 原作ゲームをプレイしていない人は書き手・読み手ともにかなり多かったと思われます。



 ここまで言及するのを忘れていましたが、「ハーレム」二次創作が普及したのも『Kanon』が最初だと言われています。

 先行する『エヴァ』二次や『ときめきメモリアル』(1996年-)二次では、カップリング消費が主流でした。『エヴァ』二次における「LAS」(碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーのカップル)派と「LRS」(碇シンジと綾波レイのカップル)派の熾烈な派閥争いはつとに有名です。

 しかし『Kanon』の作品設定上、選んだヒロイン以外は切り捨てられてしまうので、全てのヒロインを「救済」するためにハーレムを持ち出す必要があった……ということになっています。


 1970年代『スター・トレック』二次創作においてすでに「メアリー・スー」と連結して「逆ハーレム」は流行っていました。日本の「オタク的な表現」に限定しても、『うる星やつら』(1978-87年)しかり『天地無用!』(1992-94年)しかり、ヒロインが山ほど出てくる作品は山ほどあります。ハーレム的欲求もハーレム的表象も歴史が長いです。

 『Kanon』二次がハーレムにわざわざ理由を求めたのは奥ゆかしさゆえ、というよりは環境の違いでしょう。特殊な事情がない限り個別ヒロインファンの声を躱せなかった、とか。

 現代的な「ハーレムラブコメ」の祖である『ラブひな』(1998-2001年)の連載と同時期なことも付記しておきます。影響関係を云々するのは難しいですが、時代の雰囲気を感じます。



 『エヴァ』『ナデシコ』『Kanon』二次創作における魔改造主人公その他の隆盛を横目に見つつ、次回は「オリ主」について扱います。





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 ※1:このエッセイでは深く立ち入りませんが、『エヴァ』二次の歴史は研究しがいのあるテーマです。ジャンル形成と媒体の変化以外にも、初期ウェブサイトの消失と保存という問題が2000年時点ですでに意識されています(エッセイ執筆前の調査で何度もウェブサイト消失問題にぶち当たったので、個人的にはシンパシーを覚えます)。興味のある方は次の論文を参照してください。


『二次創作(を/から)視る』「第三章 創作と模倣の現場からⅠ(作品の推移)」

http://nss.atlas.vc/other/thesis.htm



 ※2:第六話の議論を先取りしておくと、魔改造主人公への安易な自己投影の前提として、原作主人公と二次創作の書き手・読み手のジェンダーアイデンティティが一致していることが求められます。この場合は「男性」性です。



 ※3:『Kanon』が当時の二次創作シーンにおいて異様なプレゼンスを持った理由は次のエッセイで分析されています。


『これがなろう勝利の理由!』「第7話  作品の出来が余りにいいので、原作知らなくても書ける(キリッ」 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886692033/episodes/1177354054886715710



[参考文献]


転生トラックの元ネタを探しに行った

https://katoyuu.hatenablog.jp/entry/reincarnationtruck




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