恋の3番出口

@ramia294

第1話

 日曜の公園。

 光る風の中、恋人たちの姿。

 始まったばかりの恋に、夢見心地の笑顔。

 恋の喜びの時間は、永遠に続くと、信じて疑わないひと時。

 

 しかし……。


 恋の天敵は、時間。

 胸いっぱいに膨らんだ喜びも、やがて萎み始める。

 ひと月、半年、1年と、あの胸のときめきは、消えてゆく。

 恋の列車は、各駅停車。

 几帳面に時を刻む。

 時間というレールを走り、季節という駅を巡る。

 あんなに激しく燃え上がったふたりの心も今は風に揺れるロウソクの炎。

 頼りなく揺れる。

 列車は、やがて終点へ。


 僕は、その終点駅の見習い駅長。

 厳しい指導の先輩の元、

 恋する心が枯れた、皆さんのため日々お仕事を頑張る。

 恋の列車を降りた皆さんを3番出口へ案内する僕。


「皆さん、恋の列車を降りられた皆さん。心いっぱいに枝を拡げた恋の樹が、最初から無かった様に、枯れた皆さん。迷わず3番出口へどうぞ」


 3番出口は、心の味方。

 終わった恋の相手を憎み、恨み、忘れる出口。

 消えた恋の傷跡が、いつまでも疼く事もなく、新しい恋の列車に乗り込める出口。


 昔の自分を振り返り、あんな相手に引っ掛かるなんて、バカな子供だったと、悪い相手に関わったと、輝く記憶の光を踏みにじり消し去る、癒やしの出口。


 その光は、身体に悪く。

 その憎悪は、蜜の様に甘く。


 また、今日も、列車から降りて来ました。

 あの戸惑ったような目。

 泳ぐ視線。

 僕の大好物。


 しかし、降りてきた恋人の視線は、戸惑い、恋の炎が消えた事を信じられない様です。


 おっと!

 この恋人は、危険な匂い。


 無理をせず、過去なんて捨てましょう。

 この列車に乗った時点で、恋は枯れ始めて。


 そんな恋は、キレイに投げ捨て、新しい恋の冒険、しませんか?


 3番出口。

 おすすめです。


「忘れる自信も恨む勇気もありません」


 それならこちらは、どうですか?

 隣の2番出口も、オシャレです。

 別れたあの人をいつまでも思い泣く。

 あなたの人生涙色。

 そんな人生オシャレです。

 あなたに似合う、強い酒。

 夜の盛り場、大人の遊び。


 忘れられないあの人の。

 代わりを探して今日も酔う。


 今日も明日も飲み続け。

 あなたの身体壊れます。

 やがて、あの世のお迎えが。

 

 夢の様な人生の。

 たったひとつの夢抱え、

 空に昇るあなたの事を。

 きっと、指差し笑っています。

 俺を思って死んだやつ

 馬鹿な女が、昔いた。

 昔々のお話を、

 お酒を飲むたび自慢する。


「私は、お酒が飲めないの。2番があれば1番も。1番出口は、どこですか?」


 1番出口は、残酷です。

 狭くて険しいあの道を

 すすめる事は、気が引ける。

 あの道、暗いまわり道。

 幸せ迄の道のりは、辛くて厳しい1番出口。


 いったん出口を踏み出れば、ベルを合図に始まります。

 奪ってばかりの今までの、あなたの心が奪われます。


 あなたの涙をあの人に、

 あなたの笑顔もあの人に、

 あなたの時間もあの人に、

 あなたの命もあの人に、


 与え続けて死んでいく。

 あなたの命が、消えていく。

 あなたの心は、空っぽの

 フワフワ軽いその命。

 あの世で全てを忘れさり、

 一から始まるその命。

 それなら、恨みを刻みましょう。

 憎い心を刻みましょう。


 刻めば、あなたの魂は、震える、怯える、憶えてる。

 次の世界のその恋は、臆病、慎重、無難です。  


 夕日に人の名を叫ぶ。

 涙の海で溺れてる。

 そんな恋から、逃げましょう。

 穏やかばかりのその人生。

 送る事が可能です。


 僕のおすすめ3番出口。

 あなたにおすすめ3番出口。


「1番出口のベルって何ですか?」


 あのベルは、心地良い闇を残酷に追い払う朝日の様な存在。

 その名もウエディングベル。


 愛という名の永遠に続く残酷な牢獄。

 その中でも最も辛く哀しい時を宣言する結婚式。

 1番出口だけは、お止しなさい。


「それでも私は……」

「それでも僕は……」


 その恋人は、1番出口へ。

 恋人つなぎのその手が掴む。

 裏切りのほころび、

 湧き出す不信感。

 そんなものに耐える日々。

 あなたの人生楽しいですか?。


 楽しい恋のその代わり、手にするあなたの残酷な愛。


 彼と彼女の人生は、これから険しい登り坂。

 狭くて苦しいその坂を無事に登りきれますか?


 おふたり一緒に長い時。

 おふたり揃って、険しい道。


 僕からひと言贈りましょう、

 ご愁傷さまと贈りましょう。



「こら!人間を1番出口へ送るとは、何事か!」


 これは、僕の上司で、指導員の悪魔先輩。

 悪魔の様に、美しく、厳しい彼女。

 悪魔だから。

 そんな事を言われましても、僕は見習い。

 新人悪魔。

 なかなか誘導、上手く出来ない。


「あのふたりは、これから、厳しい雪の季節の旅人の様な人生を歩んで行かなければいけないのよ」


 たしかに。

 しかし選んだのは、彼と彼女。


「人間なんて、ほんの少しの未来すら見えない愚かな生き物。その短い人生を少しでも楽しく過ごさせてあげるのが、私たち悪魔の仕事。結婚が幸せなゴールなんて、神の戯言、世まよいごと」


 先輩過去に何かございました?

 新人悪魔の僕は、こっぴどく叱られました。


「お前は、大切な仕事をする悪魔としては、少し軽過ぎる。ペナルティとして、人生1回」


 ヒェ〜。

 それだけは、ご勘弁。

 あんな脆くて弱い、短い命。

 経験したくありません。


 僕の願いは、聞き届けられませんでした。

 しかし、悪魔だった頃の記憶をかろうじて、持ったまま生まれてきた僕。

 恋の罠に落ちる事無く、学生時代を終えることが出来ました。


 無事、社会人になり。

 今日で、研修も終了。

 このまま、このまま。

 無事、恋の罠に落ちる事なく、無難な人生を。


「速く来て。みんなで記念写真を撮るわよ」


 研修の指導員が呼んでいます。

 指導員は、悪魔の様に美しく、厳しい女性。

 

 厳しかった研修の時とは、打って変わって、優しい先輩。


 僕を呼ぶ彼女の髪が初夏の風に揺れ、

 若葉きらめく光を受け、彼女の顔が眩しいです。


 ドキドキ。

 胸が、急に。


 これは、もしや神のわるだくみ?

 落ちてゆく恋の罠。


 この日から、悪魔の時の記憶が、徐々に薄れていきました。

 せめて、終着駅では3番出口を選びましょう。


 今までは、先輩。

 僕の指導係。

 今では、いつでも僕の隣にいる彼女。 

 結局、恋の罠に落ちてしまった僕。


「ダメよ。新人指導を上手く出来なかった連帯責任で、私もここにいるの。責任をとってもらうわ。ふたりで1番出口。決まりよ」


 先輩は、人間になっても悪魔でした。


          (^_^;)残念!

 

 




 


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