だが――鉤爪が二人を貫くよりも早く、耳障りな金属同士の衝突音が遮った。

同時にムツが呻き、数歩後ずさる。

ハッと二人が驚愕に目を見開くと、ムツの鉤爪を何本か貫いて、場違いな紅蓮の槍が地面に突き立っていた。


「なんだァッ!?どっから降ってきやがった!」

「――黙って静聴しやがれッ!俺様の光臨だ!」


耳障りで大きな高笑い。

やおら、頭上から威厳に満ちた声が轟く。

声の主は、公園の時計台の上に佇んでいた。

短く刈った黒い髪、丸く大きな琥珀のような金の瞳。左目には眉毛を跨ぐ一本疵。

分厚い胸板に筋肉質な肢体。薄汚れたシャツとズボン、片方だけのスニーカーの姿で、一人の青年がそこに居た。


「誰だ!」

「誰だ?と聞く手前は何様だ!天よりも頭が高いぜ無骨者!

 阿修羅より猛然、四天王より勇猛、鬼神より激烈!

 神羅万象、刮目し俺に傅けッ!日輪とは俺、俺こそが太陽!


 天道様たぁ――俺のことよッ!!」


青年は「闘ッ」と駆け声を上げると、宙返りして飛び降りた。

刹那、青年の体が槍と同じ紅蓮色の炎に包まれ、燦然と一気に燃え盛る。

その姿に、正太郎はアッと息を飲む。

青年が地面に着地した直後、炎は消え去り、代わりに威容に満ちた武者の姿があった。

黒と赤を基調とした鎧に、金の飾り、顔には猛々しい隈取。

突然の闖入者に、誰もが啞然と口を開いて、青年――天道を注視した。


「(誰!?)」

「あの威容、出で立ち……あやつも「魂の証」の使い手か!」

「魂の証って、一つだけじゃないの!?」

「あれなる武具は、作り手と道具さえあればいくらでも作れるわい。

 それより、奴はどこから来た?何が目的だ?」


天道はちらり、と正太郎とシンを見やった。

槍をくるんと手の中で回す。

途端、巨大な槍は瞬きの間に、赤い常組糸を巻いた柄のある太刀に変化する。


「テンドウゥ?なるほどなあ……手前ェ、巷で有名な怪異狩りって奴だろぉ?

 【討伐人】、やったかぁ?舐め腐った口上をべらべらと……!」


我に返り、ムツは再び黒刃を顕現しなおして、姿勢を構える。

ちらりと天道はムツを一瞥するのみで、すぐに視線を正太郎に向ける。

まるで目の前のムツに興味などないかのよう。

金の目に睨まれるや、津山はまるで蛇にでも睨まれたかのように、その場で硬直する。


「なにしてる、間抜け」

「えっ」

「こんな小物を目前にして、なに一人でブルッてやがる。

 大山の名が泣くぜ、がくがくブルっちまってよお」

「なっ……!」

「手下を戦わせてんなよ、手前の喧嘩だろ。

 大人にやらせんのはガキのするこったぜ」

「だ、誰がガキだッ!大体なんなんだよ、お前ッ!」


馬鹿にされた。ぽっとでの大声ばかり大きい変人に。

カアッと顔が熱くなり、にわかに恐怖など消し飛んで、腹の底から猛烈な怒りと苛立ちが沸き上がる。

震えも消えて、抜けていた力が戻ってくる衝動を覚える。

すっくと怒りのままに立ち上がり、天道をきっと睨む。


「助けたからって好き勝手言ってくれるじゃないか!」

「莫迦言うな、俺は吉備津山このザコに用があるだけだ。退治しなきゃならねえもんでね。

 お前みたいなチンクシャの貧弱腰抜けチビ、助ける義理もねえ」

「は、はあ?こ、コイツッ……!」


一々神経を逆撫でする物言いだ。

なぜ初対面の男に、ここまで怒りを煽られなくてはならない?

憤怒で顔を赤くする正太郎を前にして、天道はハッ、と小馬鹿にした嘲笑を浮かべた。

その表情ひとつで、正太郎の逆鱗に触れるには十分すぎた。


「あっ……たま来た!第一、上から眺めてたんならとっとと退治しなよ!」

「敵を識るは戦闘の常識だろうが、たわけがよォ。とっとと得物構えろよ愚図、俺様に協力してアイツの首を獲るぞ」

「なんで命令されなきゃなんないわけ!」

「俺様に従えよ、年下だろ」

「関係ないねッ!」

「手前らァーッ!俺を無視してんじゃねえ!!」


目の前で下らない喧嘩を繰り広げる二人に、ムツは痺れを切らし斬りかかった。

腕を二本千切られようとも、ムツには人間の腕と四本の鉤爪がまだ残っている。

間髪入れない六連撃が天道を襲う。


「――黙ってろよ、虫風情が」


数瞬の瞬きの間、白い閃光が天道とムツの間に奔る。

腐臭漂う赤黒い体液が、ムツの腕の悉くから迸った。

ぼとりぼとりと、切り落とされた腕が血の海に落ちていく。

天道が手にした槍を振るうと、へばりついた血がビッと鋭く地面に振りぬかれた。


「なあ、あああああ────ッ!?俺ちゃんの腕ぇ────ッ!?」

「……!(一瞬で六本全部、斬り落とした!?)」

「三下風情がよぉ、日輪に歯向かおうなんざ大それたもんだな。

 御前様だぞ――這いつくばって砂を舐め、平伏しろ。次はその舌を穿つぜ」


蹲る津山に対し、槍先を向け、冷えきった金の双眸が見下ろした。

その強さは、彼自身の傲慢に比例するかのように、圧倒の一言しかない。

再び、今度は別の意味で、誰もが言葉を失った。


誰も、この男に勝てない。

そう思わせるだけの実力を持つ怪異狩りなる者。

――それが、天道という、十四歳の若き戦士であった。



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