正太郎の父サトルは、メモ魔だった。

思いついたこと、新たに知ったこと、その日に買うべきもの、家の家事のこと、スケジュール。全てきっちり書き込むタイプであった。

本人曰く、「僕は物覚えが悪いから、ちゃんと自分のために分かりやすくメモしておくんだ。後で読み返した時に、自分でどう考えて書いたか思い出せるだろう」とのことだった。

幼い息子の目には、角ばった綺麗な字でメモを取る父親の姿は、かっこいい理想の大人に見えた。

憧れの父を真似て、正太郎も常に、メモ帳と鉛筆を持ち歩いている。

公太郎に新しく買ってもらったばかりのメモ帳には、早くも正太郎の字が、十数ページにかけてギチギチにつまっていた。


「それじゃあ、復習といこうか。まず、魔法と魔術の違いは?」

「はい。魔術は周りにあるエネルギーに対して、術式という、働きかける命令や計算を使います。

 魔法は、自分の中にあるエネルギーを使って、自分の思い通りに命令します。でも、魔法を使える人は殆どいません」


「正解だ。では、魔術師と超常者と魔女の違いは?」

「ええと、ええと……あった。

 【魔術師】は、魔術を使って怪奇現象や怪物と対決する人たちのことです。社会のルールを守るために活動する人達が大半です。

 【超常者】は、魔法を使える人達のことで、魔術師より力が強いけど、寿命は魔術師より短い人たち。主に魔術や魔法を研究したり、魔術師を育てたりします。

 【魔女】は、魔術師や超常者と違って、魔術も魔法も使える存在です。ルール違反の存在だから、数えるほどしかいません。

魔女というけど、性別は関係ないし、分かっていないことが多い。災害の原因は大体魔女……で、合ってますか?」

「よく出来ました。君は飲み込みが早いな。

あとは知識と語彙力……まあ、言葉の違いや意味を沢山飲み込むうちに、もっと理解力は高まるだろうね」


正太郎は自前のメモを見つめて唸る。

射羽から教わったことの全てを紙に書き出してみると、あまりに情報量が多い。

父の言葉を思い出す。――理解の基本は、とにかく知識を自分から知りたい、分かりたいと思う気持ちが大切だよ。

メモ帳をぱたむと仕舞った矢先、ばん!と激しく書斎の扉が開いた。


「おかーしゃん、おかーしゃん!お話おわった~?」

「しょうちゃんと遊びたい~!おかーさんばっかりずるい!」

「ああ、もうこんな時間か。長い時間、拘束してしまったね」


双子たちが、正太郎の両腕をそれぞれホールドする。

射羽が書斎の時計を見る。既に二時間以上も話し込んでいたようだ。

時刻は昼すぎ。そろそろ昼食にしようか、と射羽が言い、双子がわーいと正太郎の手を掴んで大バンザイ。絵面はブラックメンに攫われる宇宙人。

すると双子が「あ!」と揃って声を張り上げた。


「おかーしゃん、おしょとで食べよ!」

「ラーメン食べたい、ラーメン!」

「ラーメンか、いいね。正太郎くん、どうだい?」

「あ~……いえ。僕、そろそろ家に戻ります。家にお昼ごはんあるだろうし……」

「えー!一緒に食べようよー」

「そうだよ、この町のラーメン、美味しいんだよ~」


結局、正太郎は押しに負け、ラーメンを食べることにした。

双子に手を繋がれたまま、自宅までの道を歩いていた。

射羽の前を三人で横並びに歩く。昼間故にか、人はあまりいない。


「三人とも、前から人が来たら道を譲るんだよ」

「はあい」

「はあい」


もうすぐ小学五年生なのに、女の子と手を繋ぐなんて。

大変気恥ずかしいが、しゅうも真尾も「しょうちゃん手あったかいね~」などと呑気にニコニコ笑う。

春の日差しが真上から差し、木々が影のアーチをつくる。

その下を歩くうち、通行人の若い男とすれ違った。

フードを被っている。ジョギングの途中なのだろう。

双子は「どっちが前になる?」と言い合いながら、手を繋いだまま一列になって「お先にどうぞ」とニコニコ笑う。

青年は「ご兄弟ですか、可愛いですね」と愛想よく笑ってすれ違った。

平和だな、と正太郎は、青年の背を見送り、両手の掌のあたたかさに、そう思った。


「しょうちゃん、ラーメンなにがすき?」

「……とんこつ塩ラーメン」

「しゅうはねー、みそ!」

「真尾もみそ!いっつも半分こするんだー」

「それ、お腹すかない?」

「二人とも、あんまり食べれないからいーの!」

「それに、いっしょに食べると、二倍おいちい!

 今日はしょーちゃんもおかーしゃんもいるから、四倍、ううん、八倍おいちい!」

「なにそれ……」

「食べてみれば分かる!」


三人に連れて行かれた先は、こぢんまりしたラーメン屋だった。

昔ながらの風情が漂い、カウンターとテーブルが十席ずつある程度。

メニューにはラーメンがいくつかと、チャーハンやら唐揚げ、おつまみだらけのサイドメニュー、お酒にジュース、シャーベットにフルーツの盛り合わせ。

射羽は「気負わず沢山食べたまえ」というと、食券を買い、店主に手渡す。

無口な店主が作った、麺の固めのラーメンには、二枚多くチャーシューが乗っていた。

家族以外と一緒に食べるラーメンは、今までとは違う、不思議な美味しさがあった。


「ねえしょうちゃん、明日も遊ぼ!」

「あしょぼあしょぼ!お外行こ!」

「えっと……うん。また明日」


双子はご機嫌らしく、終始にこにこ笑っていた。

結局、自宅まで送ってもらい、手を振って別れを告げる。

「また明日」。その言葉が不思議と、心にじんわりしみた。

麗らかな日差しと、元気な一家の元気な空気に当てられたから、だろうか。

己をじっとりと見つめる、湿った視線と殺気に、正太郎が気づくことはなかった。



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