楽しいオカルトスポット巡り

 大谷先輩が突如語り始めたので、私は――あ、これは長くなるな――と、喉の渇き具合とペットボトルのお茶の残量を確認し、口にするペースとトイレに行きたくなるまでの時間を感覚的に測る。

 そこそこ長く喋られても大丈夫そうだ。

 まるちゃんと苫野先輩は私ほどトイレが近いタイプではないので特にそんなことは気にならないのか涼しい顔をしていた。


     *


 俺――大谷宗一はゴールデンウィークにオカルトスポット巡りをしようと企画を立てた。

 サークル員の多くは実家に帰省するのだが、俺の実家は埼玉であり、そもそも大学へも実家から通っていたので長期休暇は旅行に行くことにしていたのだ。

 一年次はアイヌ民族の伝承への興味から北海道へ行き、二年次は妖怪の逸話が残る山陰地方のマニア向けスポット巡りをした。

 一年の頃は自分一人だったが、去年からはサークル員が面白がってついてくるようになっていた。


 新歓も落ち着いた頃、俺は部室で旅行プランを練っていた。

 ノートPCを開き、旅行サイトではなくオカルトスポットを紹介するサイトを眺めながら、あーでもないこーでもないとプランをこねくり回した挙句、結局は無難なところに落ち着くこととなった。


「今年は東北の方に即身仏と廃墟とか心霊スポットでも見に行こうと思ってるんだ」


 俺がそう言うとたまたまその時部室にいた数人が反応し、バイトもなければ帰省もしない苫野先輩と岩崎がついてくるということになった。


「今、書いてる小説の取材も兼ねて僕もついていっていいかい?」

「俺も行っていいっすか?」


 苫野先輩の地元は広島だがバイトはせずに親の仕送りで生活しているし、岩崎は千葉の実家住まいだ。

 岩崎もいくらなんでもゴールデンウィーク中ずっと公認会計士の試験勉強をするわけではない。

 大学を推薦で決めた彼は高校時代から親に試験対策をやらされていて、一年生で短答式の試験は突破しており、論文試験の対策をこの一年やってきた。あとは夏の試験を待つだけだということで息抜きに旅行への参加を決めたのだった。

 とにかく二人は連休は暇だった。


「いいよ。じゃあ、三人で行こう」

「そのまま小説になるような出来事が起こればいいんだけどね」


 苫野先輩は冗談とも本気ともつかないことを言って自虐的に笑った。

 俺たちはよく夜の墓地や殺人事件の現場にも足を運ぶが、今だかつて本物の心霊現象に遭遇したことはない。

 深夜に山奥に出かけたり、廃墟を観に行ったりした際に、近隣住民に通報されて警察に怒られたことは幾度となくある。


「じゃあ、宿と鉄道の手配はやっとくんで」


 ちなみに旅行の土産話も兼ねているので本題まではもう少しかかる。



 ともかく、こうして俺たちは東北へと旅立った。

 福島で心霊スポットの廃墟巡りをして、山形で即身仏を見た後に、奥羽山脈の妖怪の逸話が残っている村や廃墟をざっと見て、帰京というプランだ。

 山形には即身仏が多く――全国で拝観できるのは十六体と言われているがその三分の一がこの地にある――、俺たちオカルト研究会にとって山形といえばさくらんぼではなく即身仏なのである。

 本当は青森のキリストの墓や恐山も行きたかったし、宮城の化女沼レジャーランドにも寄りたかったが今回の連休で回りきるのは難しいだろうと泣く泣く断念した。


 福島のおばけペンションは最高だったし、山形の即身仏たちもどれも非常に素晴らしかったが特に鉄門海上人は俺たち三人の一押しだ。眼病が流行った際、祈願のために自らの目をくりぬいたり、復縁を迫ってきた遊女に自らの陰嚢を切り取って渡して諦めさせたりとエピソードも尋常ではない。

 想像しただけで玉が縮み上がる。

 その時、こんな会話をしたのを思い出す――。


「苫野先輩?」

「ん?」

「鉄門海上人、最高ですね」

「うん、そうだね」

「もし、先輩が金玉切り取ったら直木賞貰えるってなったら、切り取ります?」

「いや、無理でしょ。死んじゃうよ」

「死なないとしたらどうです?」

「痛すぎるよ。僕は鉄門海上人と違って、そこまでの痛みに耐えられる気がしない」

「麻酔ありです」

「麻酔ありかぁ。悩むところだな」

「悩むんですか!?」黙って聞いていた岩崎が声を上げる。

「悩むよ。切った後はちゃんと縫ってくれるんだよね?」


 苫野先輩は神妙な顔つきで俺に追加の質問を投げかける。


「それは勿論。超一流の外科医が丁寧に縫合します」

「二つある玉のうちの片方だけだったら?」

「それだと直木賞には届かないので、新人賞の佳作がギリですね」

「急にレベルが下がるなぁ」

「そりゃそうですよ。一生を捧げる覚悟を示すことで神的な何かが直木賞に導いてくれるんですから」

「うーん……でも、一個なら悩み抜いた末に差し出してしまうかもしれない。あと一年頑張ってもデビューできなかったら……」

「いやいや、苫野先輩。真剣に悩みすぎですよ。そんな眉間に皺寄せるような話じゃないですから。玉切り取ってもデビューできないですから。ちゃんと書きましょう。あと、大谷さんも意味わかんないこと言わないでくださいよ」


 常識人の岩崎がツッコんでくれることによって我々の会話にメリハリが生まれる。連れてきてよかった。


「ところで岩崎よ」

「なんですか?」

「金玉捧げたら公認会計士になれるとしたら……?」

「いや、捧げないですよ!」

「公認会計士は一個でもよくて、二個捧げたら税理士もついてくるんだぞ?」

「だぞ? じゃないですよ! 失うものがでかすぎですよ。俺は絶対に捧げないっす。ちゃんと自力で合格するんで」

「そうか」

「直木賞とかはもう自分の努力ではどうにもならない部分がありますし、そもそもノミネートも難しいでしょうから、本気で小説に一生を捧げるなら玉の一つや二つ捨てる覚悟がある人もいるかもしれないですけど、資格試験は勉強頑張ればなんとかなる類のものですからね。リスクとリターンが合ってないですよ」

「わかった。じゃあ、公認会計士にギリ釣り合う犠牲が何か選手権やろうぜ」


 移動時間はだいたいこんな感じの会話をしているうちに次の場所に着いてしまう。

 俺たちの現地での無駄話をこれ以上語り続けるととてつもなく話が長くなるのでそれは割愛する。



 俺たちはメジャーなオカルトスポットを巡った後は最後に真の目的地がある山の麓の宿で一泊して帰るということになった。

 これといった観光スポットがあるわけではない山の麓の町は賑わっているようには思えなかったが、登山客で旅館は満室ということだった。

 一応、文化系サークルとはいえ、俺たち三人は高校まで運動部だったり、マラソンが趣味だったりと比較的体力には自信があり、この日も特に疲れが出ることもなく最後の締めに山に入るコースでも問題ないと判断した。

 このあたりには鬼が出て旅人を襲うが、一羽の霊鳥が鬼がいるときは「有耶【うや】」と鳴き、いない時は「無耶【むや】」と鳴いて旅人を助けたなんて話もあったりするが、今回はサークルのOBでホラーとヤクザという怖いもの繋がりの零細出版社で怪談本や実録系雑誌の編集者をやっている先輩に聞いたオカルトスポットを観に行くことにしていた。


 その先輩から聞いたオカルトスポットというのが山の中にある廃墟だ。

 数年前にこのあたりの山中で共同生活を送っていた少人数の集落が火事で全滅したというニュースがあったのだが、生き残った人がいて先輩の会社にその火事の真相を投稿してきたというのだ。

 俺は勿体ぶって苫野先輩にも岩崎にもそのことを話していなかった。

だが温泉から上がって、三人で寛いでいた時に先輩からそろそろ話してほしいと要望があったのだ。


「大谷」

「なんです?」

「明日は登山なんだよね?」

「登山っていっても一般道をタクシーで行って、タクシーが入れないところからちょっと歩くくらいですよ。だから別にわざわざ登山用の荷物はいらないって言ったじゃないですか」

「まぁ、そうなんだけど。結局、明日は何を見るんだ? 予習も兼ねてそろそろ話してくれよ」

「そっすね。俺も気になってたんで聞きたいです」岩崎も言う。


 たしかにオカルトスポットがあると言われても、ネットで検索しても出てこないし、山奥だ。

 不安になることもあろうと俺は話すことにした。


「大したニュースにもならなかったからあんまり有名ではないんだけど、この近くで火事になって全滅した集落があるんだって。なんでもそこの集落で共同生活を送っていたのは地元の人間ではなかったらしい」

「既にちょっと不穏だね」

「そうなんですよ。じゃあ、その人たちはなんでそこで集団生活を送っていたかというといわゆる新興宗教だったと」

「なるほど」


 先輩と後輩が期待の目を向けてくる。

 俺は古い洋画の役者のように大げさに二人の顔をじっくりと眺め、大きく息を吸った後に再び口を開く。


「その火事というのが事故ではなく、集団自殺だったっていうんだな。なんでわかったかっていうと実は生き残った人がいて、その人が操山出版の山城パイセンのところに投稿してきたんだって」

「へぇ、その人はなんで生き残ったんですかね?」

「その人はもともと団体の人じゃなくて、家族が団体の幹部で仕方なくついていってただけで全然信じてなかったらしい。で、団体といっても十人かそこらだったみたいだけど。その人たちが集団幻覚みたいなものを見て、集団自殺するっていう流れになって逃げだしたと。神様が生きたまま火に包まれれば天国に行けるって神託があったとかって話なんだが、生き残った人は信じられなくて逃げ出したらしい」

「なるほどなるほど。本当だとしたらなかなか興味深い」

「なにか特徴的な建物の残骸とか残ってたら是非写真に収めたいっすね」

「そんなの撮れたら山城パイセンが喜んで本に載せてくれるんじゃないか。で、さらにその事件の後からこの近辺で広まってるらしいんだが、夜に山道を車で走るとどこからともなく祭りの太鼓の音が聞こえたり、火だるまの人間が道に飛び出してきて、慌てて急ブレーキを踏むとそこには人なんていないとか、そういった類の怪談も生まれてるんだってさ」

「おー」

「流石にそんな心霊現象には遭遇できないとしても廃墟がちょっとでも残ってるといいなぁ」

「その投稿者の人が後から戻ってきたら、ちょっと残ってたらしいけどね。なんでも山火事にならないように対策してあったみたいでボヤみたいなものだったって話だよ。その人が本物で本当の話をしてたとしたらね」


 というわけで、俺たちは不謹慎にも期待に胸を膨らませながら床についた。

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