-3- 『炎舞』

 ルームメイトが増えたことは嬉しいことです。数週間ではありますが、これからの毎日はもっと騒がしく、賑やかな暮らしになることを期待しましょう。


 カワカミ様には、ラオレ様の前ではお嬢様の秘密に触れないように釘を刺させていただきました。かなり強引な方法だったのでラオレ様には疑われていると思います。洗濯を取り込みながらの話し合いの末、カワカミ様は了承してくださいました。


 お嬢様は、フレアが嫌いです。

 フレア・アルメリアというアーティストをひどく嫌っておられます。名前も聞きたくない。それくらいの嫌悪を抱かれているようです。その理由も私は知っています。これには深い訳があり、誰にも知られたくないと思っておられます。実際、それに値するほど深い訳です。


 カワカミ様とミネ様がやってきて3日が経過しました。


 ピアノ練習室の本棚には沢山の楽譜と音楽に関する本が並んでおり、部屋の中心に置かれたグランドピアノの周りだけは綺麗でした。部屋の隅々を見ると埃が溜まっているのが見えたので、掃除をしておきましょう。この家に住む以上、家の管理は私の役目。しっかりこなしていきませんと。


 まずは窓のカーテンを開き、日光を取り入れて室内の空気を入れ換えます。それから床のカーペットのホコリを払い、テーブルを拭きます。ピアノの練習室には大きな姿鏡があるので、これも丁寧に磨いておきましょう。ピアノの鍵盤を拭き上げ、椅子を整え、最後にピアノの調律を行います。こう見えて一応、調律師の資格もあるんです。


「……よしっと」


 しばらく作業していたので、外は暗くなり始めています。これでピアノはいつでも弾ける状態になりました。ピアノは定期的に調律を行わないとお嬢様に叱られてしまいますから。


 次はレコードプレイヤーです。

 蓄音機とも呼ばれるものですが、これはなかなかに難しい機械なのです。これはご主人様が……ヴィルセン様が使われていたものです。かなり古い型番ゆえに、部品交換が必要な箇所が多くあります。そして何より、そろそろレコード針を交換しなければいけませんね。新しいものを取り寄せないと……。


「さて、と」


 まだレコードがかけられるか、試してみることにしましょうか。レコードを選ぼうと戸棚を指でなぞっていると、あるレコードの名前を私は思い出しました。


「……『炎舞』」


 私はそのレコードを戸棚から取り出します。白色の背景の中、情熱的な赤いドレスを着た女性型アンドロイドがスカートを翻しています。その様子を上から見下ろすように撮影したこのジャケットは、やはり目を引きます。


 これをここで流したら、お嬢様に怒られてしまうかしら。ええ、きっとそうに違いないわ。私は考えながら、ある少年のことを思い出していました。凪の街で出会った、コーヒーショップを営んでいる少年型アンドロイド。


――火は永遠に見えて、いつか消えるものだよ


 コーヒーを飲みながらそう交わした彼との会話を思い出しながら、私はレコードのジャケットをそっと手で撫で下ろしました。

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