-5- 書斎の向こう

 ラオレ様とお話していて感じたことは、彼はかなり礼儀正しく真面目であるということ。また彼の性格上、自分から話しかけたり積極的に動くことはせず、相手の出方をうかがう傾向にあるということ。


 気遣いができるのは大変よろしいことですが、もう少し自信を持ってお話されればいいのにと思います。その方が、私もお嬢様も、安心してお話できるはずですのに。これには何か裏があるのかもしれません。


 私はお嬢様に頼まれ、お嬢様の書斎を掃除しています。お嬢様も本を取り出して埃を払っています。


 私はお嬢様にラオレ様について聞きました。

 お嬢様によると、彼は研究所で開発していたアンドロイドを自身の手で壊してしまったトラウマがあるようで、それを克服することができずにずっと悩んでいらっしゃるということでした。あまり話そうとしないのは、それが原因なのでしょうか。


「でも、あの子の話を聞いている限りでは、あなたのことをかなり気に入っているようだったけど?」


 お嬢様は本棚から取り出した本をパラパラと開きながらそう言います。


「そうですか?」

「そうよ。あなたのながーい話をよーく聞いていたでしょう?」

「そんなに長く話していたつもりは……」

「あなたのよくないところね。私はもう,聞き飽きちゃったわあ」


 お嬢様は私の長い話を聞き飽きたと言った後、「ふぁ~」とあくびをして背伸びしました。少しだけ意地悪な笑顔をこちらに向けて。きっとわざとなのでしょう。


「そういうお嬢様こそ、いいんですか? ヴィルセン様のことも……のことも、お話されてませんよね?」


 そう言うとお嬢様は本をパタンと閉じて、鋭い目つきでこちらを睨みました。


「――言葉には慎みなさい」


 いつもよりも厳しい、氷のように冷たいお声でした。さすがに調子に乗りすぎてしまったかもしれないと思い、反省します。


「申し訳ありません」


 腰を前に折って頭を下げると、お嬢様は表情を和らげて優しく微笑まれました。


 それから窓際にある背の低い本棚の前に屈み、何か探しています。確か、絵本が入っている本棚です。お嬢様は高尚で難解な本も好んで読まれていますが、子供向けの童話も好きなのです。


「ヴィルセンのことは、いいのよ。いつか話すから」

「そうですね」

「彼が私の部屋に入れば、わかること」

「そ、それは……え、え? ええっ」

「冗談よ。あなたほんと、敏感よね」


 表情を変えずに仰ったのでよくわかりませんでしたが、どうやらジョークで驚かされたみたいです。

 私は少しムッとした顔を作って、頬を膨らませます。すると、お嬢様はくすりと笑い声を漏らされました。お嬢様はこんなにからかうのがお好きな方でしたでしょうか。


 やはりあの男性、ラオレ様に何かを吹き込まれているのでは! だとしたら許せません。あんなに純真無垢だったお嬢様を……。いえ、今も十分に純粋でお美しいお姿であることに変わりはないのですが。


 ただ、以前よりも何かが違う。特に彼の話をしているときは。


 まるで恋する乙女のような、そんな瞳をされているときがあります。そしてそのたびに不安になる。お嬢様はヴィルセン様に一途を誓っていたはずですのに。


「マリー。変なこと考えているでしょう」

「へ、へ!?」

「あなたの考えそうなことくらい分かるのよ。まったく……」


 呆れたようにため息をつかれてしまいました。申し訳ございません、とお嬢様に向かって頭を下げ、恐る恐るお嬢様の顔を見上げると――。


 お嬢様は優しい眼差しで、柔らかく微笑んでいられました。


「でも、まあ」


 お嬢様は私の手を軽く取ってこう言いました。


「新しいことにも、目を向けないとね」


 お嬢様は私の手をそっと握ってから、すっと手を離して掃除を続けます。

 私はお嬢様の手の温もりをぎゅっと両手で握りしめながら、お嬢様の背中をじっと見つめることしかできませんでした。


 書斎の窓からは外が晴れているのがわかり、明るい月が覗いているのが見てとれました。

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