-2- 突然の知らせと出会い
今日は中断です。
写真どころじゃなくなりました。
可愛らしい三毛猫を見つけ、少し近づいてシャッターを構えたその瞬間、お嬢様から端末に連絡があったのです。三毛猫は臆病な性格だったのか、通知音に体をびくつかせ、私の顔を少し見つめてからそそくさと立ち上がって逃げていってしまいました。ああ、折角シャッターチャンスだったのに!
メッセージを確認したところ、「大事な話があるから一度帰ってきて」その一言だけでした。お嬢様の身に何かあったのでしょうか? とにかく急いで戻りましょう。私は撮影を中止し、雨の街へ戻るために電車に乗り込みました。
***
お嬢様のお屋敷のある森に続く石の階段は、雨に濡れて滑りやすくなっています。
とにかくお嬢様が心配だったので、私は駆け足でたかたかと上っていきたかったのですな、一歩ずつ段差に足をかける度に滑って転げ落ちそうになります。そういえば、いつもはお嬢様に手を引かれて登っておりましたね。全く、自分の非力さが嫌になってしまいます。
やっとの思いで階段を登り切って、息を切らせながら白壁の洋風家屋の軒下に体を滑らせます。玄関のドアは相変わらず古びていますね。五年経っても変わっていない様子に、安心と一抹の不安が同時に押し寄せます。
「……ああ、服が重い」
そうでした。雨の街の嫌なところはこれです。メイド服を着ていると雨のせいで服が重くなるんです。早く入って着替えてしまいたい。私はベルを鳴らさずに玄関扉を開けます。かすかにですが、リビングで誰かが談笑しているのが聞こえています。これはお嬢様の声と……男性の声?
私の体に電撃のようなものが走ります。
ま、まさか、お嬢様の大事な話って……。
「あ、新しいパートナーとか、そういうことだったりして……」
そんな、まだ心の準備が! というか、まずいです。どうすれば……どうすれば……!
そんな風に混乱する思考とは裏腹に、体は無意識のうちにリビングの中へと入っていたようです。廊下を抜けて手前のリビングルームに入ると、案の定見慣れた光景が広がっていました。
「あ、マリー、おかえりなさい。久しぶりね」
長い金髪を結いたお嬢様――アリス・フランシェリアお嬢様は、私を「マリー」とお呼びになり、立ち上がって私に軽くハグします。
「はあ、ただいま戻りました、お嬢様」
「息が上がってるわね。そんなに急がなくてよかったのに。もう、こんなに濡れちゃって」
お嬢様は微笑みながら、私のメイド服をタオルで拭ってくださいます。健気でお美しい笑顔を久しぶりに見られて安心しました。私はタオルをお嬢様から受け取りながら、すぐにリビングのソファに座っている男性の方へ視線を向けました。……この人がお嬢様の……でしょうか。かなりお若い方ですね。
顔立ちはシュッとしていますし、体型も程よく筋肉質です。黒髪のセットにも清潔感があります。ふむふむ、最近のお嬢様はこういうお方が好みだったのですね。ご主人様……ヴィルセン様の面影とはかなりかけ離れておりますが。
男性は私の方をじっと見ていました。どこかで会ったことがあるのかな、と思っていると、男性が先に口を開きました。
「初めまして、ラオレ・アルです。少しの間ですが、ここに住まわせてもらうことになりました。今日からよろしくお願いします」
「え、ええっ!?」
す、すす、住むって……。それってつまり、その、えっと……。
「どういうことですか、お嬢様」
思わず焦って質問してしまいます。お嬢様は呆れたようにため息をつき、男性に声をひそめて話しました。静かなリビングの中では、その声もしっかり耳に入ってきます。
「ラオレ、ややこしくしないで」
「え、だって、なんて言えば。ていうかこの人、メイドなんですけど」
「あれはなんていうか、その……」
メイド服のことでしょうか。それなら私から直々に話したいところですが、声をかけづらい雰囲気でしたので、特に何も言わないでいました。すると、
「とにかく、それも説明するから。二人とも座って」
お嬢様が振り返ってそう促したので、私たちは大人しくリビングのソファに向かい合うように座り込みました。
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