第二章 猫とメイドとワインのこと
-1- 猫とお嬢様
私が猫を愛するようになったきっかけは、ほんの些細なものでした。
数十年前、機械の私に芽生え始めた心を育むため、ネットサーフィンに精を出していた頃。何か面白いものはないかと探していたところ、一つの動画に出会いました。特に人気のある動画ではありませんでしたが、私にはそれで十分でした。
小さな子猫が人間に擦り寄り、優しい手つきで撫でられる。可愛らしく喉を鳴らす様子は、私の出来立ての心を鷲掴みしました。
それからというもの、私の心にはいつも猫がいました。猫の魅力に取り憑かれたと言っても過言ではありません。私はありとあらゆる情報にアクセスし,猫の動画や写真を収集していきました。そうして集めた画像を見つめながら、「いつか自分もこんな風に猫と戯れてみたい……」と思うようになりました。
私は思い切って、一緒に暮らしていたお嬢様にお願いをしてみることにしました。
お嬢様とは、私と同じアンドロイドの方で、私が起動されるずっと前から心をお持ちの方です。無機質な機械だった私に、心を手にする手助けをしてくださいました。私は彼女のことを心から尊敬しており、その意を込めて「お嬢様」とお呼びするのです。
「猫を、飼いませんか?」
「……ね、こ?」
私の願いを打ち明けた時のお嬢様は、まるで豆鉄砲を喰らったかのような顔でこちらを覗いてきました。それもそのはず。当時そして現在も、イエネコは絶滅危惧種とされています。街中でも滅多に見かけません。それにお嬢様は、獣が苦手です。
結局飼うことは諦めました。
それでも私は,どうしても猫を間近で見たい! と思っていました。しばらく調査していると、私が住んでいる雨の街の隣町にあたる「凪の街」には、どうやら野生の猫が住んでいるとか。隣町といってもかなり遠いですが……私に迷いはありませんでした。
初めて猫に会った時の感動と興奮は、今でも忘れられません……!
お腹を見せて転げ回る、毛並みの良い痩せた黒猫。驚かせることのないように,私は少しずつ距離を縮めました。その子はかなり人懐っこくて、私に気づくと「なぁん」と鳴きながらこちらにやってきました。
私はその後、猫の愛しさを思う存分味わい尽くしました。
その野良猫はとても人懐っこくて、私が顔をふにふに触っても怒らないものだから調子に乗ってしまって、気がつけば鼻を引っ掻かれていました。メンテナンスで鼻の塗装を塗り直さないといけなかったのも、いい思い出です。
***
猫専門のフォトグラファーとして活動を始めてから、今年で五年になります。猫を探し求めて旅をする仕事ですから、お嬢様の家にはしばらく帰っていません。お嬢様はお一人でも大丈夫だと背中を押してくれました。
凪の街は名前の通り風の少ない街ですが、それゆえに少しの風でも気持ちよく感じることができる、そんな自然豊かな静かな街です。私がいつも着用している白黒のクラシックメイドの服装は、風になびくことなく沈黙を保っています。
猫の写真を撮影していれば服装なんて別にいいんじゃないか、と思っていたこともありましたが、最近はそんな考えは一切浮かびません。私はお嬢様のメイドだということ、忘れたくない。それに、メイド服、大好きですから。
「よし、今日は撮影かな」
太陽は
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