-2- 長生きの秘訣

 俺とアリスは、アリスの家があるという旧市街地に向かっていた。


 まず断言されたのは、この雨の街には宿はない、ということだった。

 アリス曰く、雨の街には観光客はほとんど来ないため、宿は存在しないらしい。


 その話を聞き、さあどこに泊まろうかと焦り発汗を感じたところ、アリスからこんな提案があった。「家事や庭の手入れを手伝うのを条件に、部屋を貸してあげよっか」。俺はさらに発汗した。冷たい汗だった。


 しかしもうここまできたら何も言えない。俺はしのごの言わずに、ありがたくご厚意を受け入れることにした。発汗したことは、バレていなかったと思う。


 とはいえ。


 本当は断りたかった。


 アンドロイドと……特に研究に関わっていたアリスと関わる(ましてや一緒に暮らす)なんて、今後ないと思っていたから。


 しかしどうにも、俺はアンドロイドとの関わりを断ち切ることは難しいらしい。今思えば、豊かな心を持ったアンドロイドの研究をする権限を与えられていた俺にとって、それはかなり難しい目標だったとも言える。自慢じゃないけど、当時の俺のプロジェクトは、かなり話題になっていたから……。


「今日は雨が弱くて歩きやすいわね」

「そ、そうなんですね」

「ええ。そう思わない?」

「あ、あーっと……まあね、そうですね」


 はっきりとしない俺の反応に、アリスは首を傾げている様子だった。


 アリスと二人きりというこの状況は、かなり居心地が悪い。アンドロイドから逃げるようにこの辺境の街にやってきたのに、結局はアンドロイドである彼女に頼ろうとしている。

 情けない気持ちも半分、もちろんアンドロイドが嫌いではない自分もいる。そのジレンマに胸を痛めつつ、俺はとにかく気を紛らわそうと会話を試みた。


「アリスさん、今日はお仕事は」

「今は休みを取っているところなの。ちょうど暇を持て余していたところだったのよ」

「何のお仕事、でしたっけ」

「今はいろいろ落ち着いて、喫茶店の手伝いよ。そんなに忙しくないけど」

「へえ、雨の街にも喫茶店があるんだ……」

「ふふ、前にもこんな話したわよ。覚えてる?」


 アリスは傘の下で口元だけ笑って、涼しい顔をしている。


「はは、どうですかね。そういえば、この街にはいつから住んでるんでしたっけ」

「そうね、数百年前……」

「数百!?」

「冗談よ。流石にそこまで長生きしてないわ。せいぜい150年ってところかしらね」


 わざとらしく女性らしい、というか一昔前の洋画の翻訳のような言葉を使うアリス。数年前と変わらない彼女の姿に、どうも調子が狂ってしまう。俺はなんとか平静を装って言う。


「そうは言っても、アリスさんはアンドロイドにしては長生きな方でしょう」

「まあ、そうね」


 アンドロイドの平均寿命はせいぜい40年。それくらいでパーツのストックが切れて型落ちするようになっている。なので100年以上活動できているというのは、かなり異質だ。


「長生きの秘訣は何ですか」


 そう質問すると、アリスは微笑みながら答えた。


と、ことよ」


 シンプルかつ深い一言に、俺は唸り声を抑えられなかった。

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