今日こそあの子に告白を!

あけのぼのりと

第1話


 俺──夏秋冬(はるなし)陽(はる)は、隣の家に住む幼馴染を近所の河川敷に呼び出した。

 理由は至って単純。

 小学校の時から好意を寄せている幼馴染──早峰京子に告白するためだ。


(今日こそアイツに告白を──!)


 京子に好意を寄せて早数年。

 未だに俺は彼女に好意を伝えられずにいた。

 理由は至って明瞭。

 告白しようとした瞬間、何処からともなく邪魔が入るからだ。

 最初に告白しようとしたのは確か小学校の頃だと思う。放課後の教室で京子と二人きりになった俺は、勇気を振り絞って想いを伝えようとした。

 が、運悪く先生が入って来てしまってタイミングを逃してしまったのだ。

 それからも何度かチャンスがあったのだが、その度に何かしら邪魔が入り、結局今まで告白出来ずにいる。

 しかしそれも今日までだ。

 今日、俺は遂に長年の片思いを終わらせてみせる。


(絶対に成功させてやる……!)


 邪魔になりそうな要素は予め排除しておいた。

 友達や家族の予定を確認した。

 第三者の邪魔が入らないよう、京子を人気のない河川敷に呼び込んだ。

 後はこの土手の下に広がる河川敷に京子が来るのを待つだけだ。


「にしても、遅いな。約束の時間過ぎたんだけど……」


 茜色に染まる西の空を仰ぎながら、白い息を吐き出す。

 夕暮れ時の河川敷には人影はなく、閑散としていた。

 ポケットの中に入っていたスマホを取り出す。

 スマホは『約束の時間? それなら五分前に過ぎてるよ』と教えてくれた。


「……もしかして、約束、すっぽかされた?」


 スマホのロックを解除し、京子にメールを送ろうとする。その瞬間、聞き覚えのある声が俺の背中を突き刺した。


「夏秋冬(はるなし)くん!」


 振り返る。そこには京子──ではなく、同じクラスのマドンナ──天川小春が立っていた。


「あ、天川……? 何でここに……?」


 ヤベェ。

 告白前にも関わらず、もうアクシデント起きやがった。

 天川と遭遇(エンカウント)した事に動揺しながら、俺は強引に笑みを浮かべる。

 天川は俺の作り笑いに気づいていないのか、或いは気づく程の余裕を持ち合わせていないのか、表情を強張らせると、こう言った。


「夏秋冬(はるなし)くん、ずっと前から貴方の事が好きでした! 私と付き合って下さい!」


 頬を真っ赤に染めながら、天川は俺の目を真っ直ぐ見据える。

 唐突な告白により、俺は少しだけ面食らってしまう。

 が、すぐに冷静さを取り戻すと、俺は丁重に彼女の申し出を断った。


「ごめん、俺、……好きな人がいるんだ」


 小学校の時から想いを寄せている幼馴染──早峰京子を思い浮かべながら、俺は右人差し指で右頬を掻く。


「だから、……ごめん、天川の想いに応……」


「知っています。だって、私は、未来からタイムリープしてきたから」


「ちょっと待て」


 何の脈絡もなく、話がSFチックになってしまった。

 あれ? これラブコメだったよな?


「知っていますよ。貴方が早峰さんが好きな事も。近い将来、貴方と早峰さんが付き合う事も………三年後、貴方が早峰さんに刺殺されてしまう事も」


「待って、情報量が多過ぎる」


 何の脈絡もなく、余命宣告されてしまった。


「貴方が幸せだったら、私の恋心の一つや二つ、ずっと胸の内に閉まっとこうって思っていました……けど、君が早峰さんと付き合って幸せになれないだったら話は別! たとえ世界中の全ての人から横恋慕って罵倒されたとしても、私は早峰さんから君を掠奪してみせます!」


「待て、ちょっと待てっ!」


「貴方の事を一番愛しているのは、この私です! タイムリープだろうが何だろうが、使えるもん全部使って、貴方の事を幸せにしてみせますよ!」


「待て! 俺を置いて行くな! 一旦、落ち着い……」


「うおおおおお! 未来を変えてやるぜええええ!!」


「頼むから俺の話を聞いてくれ!」


 一人ヒートアップする天川。

 彼女の話のぶっ飛び具合は凄まじく、凡人である俺にはついていけなかった。

 え? タイムリープ? 刺殺? 未来? どういう事?


「ちょっと一旦落ち着いてくれ。話が全く見え……」


 天川の話をまとめようとしたその時だった。

 背後から甲高い声が響き渡ったのは。

 振り返る。

 そこにいたのは京子──ではなく、見知らぬ少女だった。


「誰!?」


 ここら辺で有名なお嬢様学校の制服を着込んでいる少女に疑問をぶつける。

 少女は不敵な笑みを浮かべると、こう言った。


「貴方の奥さんですわ!」


「誰!?」


「正確に言うと、貴方の前世の奥さんですわ!」


「本当に誰!?」


 高笑いする自称前世の奥さんの登場により、俺はとうとうキャパオーバーしてしまう。

 かくして、俺の完璧な計画は自称タイムリーパーと自称前世の奥さんの登場によってズタズタにされてしまった。

 あー、こんな事なら家に呼び出せば良かった。



「自称前世の奥さんって、あの子、頭ぶっ飛んでますね」


「お前がそれを言うのか?」


 自分の事を棚に上げる自称タイムリーパーに驚きつつ、俺は前世の奥さんを名乗る少女に視線を向ける。

 お嬢様学校の制服に身を包む彼女の姿は、見覚えのないものだった。


「あの、……えと、俺、君と会った事ない……よな?」


「ええ、この時代では」


「……俺、前世の記憶ないんだけど」


「大丈夫です、今世の貴方の名前は把握しております」


「は、はあ……」


「だって、私、今世の貴方と付き合っていた未来からタイムリープしてきたんですの」


「ちょっと待て」


 自称前世の奥さんの一言によって、話が一瞬で複雑になってしまった。


「正確に言えば、前世の私と貴方は夫婦じゃありません。愛し合っていましたが、身分の違いにより、結婚できなかった。いわば、和製版ロミオとジュリエットの関係です」


「待て、ちょっと待て」


「前世では家の都合で結ばれなかった私達は、来世で結ばれるようにと神様にお願いしました。その結果、願いが叶い、私と貴方は今世で再会したのです。そして、再会した私達は愛を育みました」


「いや、待って。俺、君と愛を育んだ記憶ないんだけど」


「それはそうでしょうね。本来の時間軸で貴方と再会したのは、この時代から約五年後の春。貴方にとっては未来の出来事です」


 彼女の話は俺の理解を優に超えていた。


「再会した私と貴方はすぐに恋人関係になって、愛を育んでいましたが、……何故か私の意識だけが過去にタイムリープしてしまいまして。で、状況を把握するため、この時代の貴方に会いに来たって訳ですの」


「オッケー、前世要素とタイムリープ要素がドッキングしている所為で、話が複雑化しているんだな。大体理解した」


 口から溜息を吐き出す。

 多分、前世の記憶を持った人間が未来から意識のみタイムリープしてきたって話なんだろう。

 設定詰め込み過ぎだろ。


「待って下さい! ちょっとおかしいです!」


 今の今まで沈黙を貫いていた天川が声を荒上げる。

 『いや、おかしいのはお前もだろ』という言葉を飲み込みながら、俺は彼女の指摘に耳を傾けた。


「もし彼女が本当に未来の夏秋冬(はるなし)君と付き合っていたら、夏秋冬(はるなし)君が二股していた事になります!」


「二股!? 私というものがいるというのに二股していたんですの!? この浮気者!」


「してねえよ! というか、此処にいる俺は彼女いない歴イコール年齢だっての!」


「加えて、夏秋冬(はるなし)君は三年後に刺殺される運命(ディスティニー)っ! つまり、そこにいる自称前世の奥さんは嘘吐き野郎って事です!」


「誰が嘘吐きですの!? というか、何か当たり前のように彼の隣にいますけど、貴女は何者ですの!?」


「将来的に夏秋冬(はるなし)君の恋人になる女です!」


「この浮気者っ!」


「クソ……! 情報量が多過ぎて、ツッコミが渋滞起こしてやがる……!」


 平積みになった数多の問題が、俺の後頭部を殴打する。

 もう何処から手をつけたらいいのか分からなかった。

 先ずは前提をまとめる所から始めよう。

 そう思った俺は深呼吸を数回程繰り返すと、自称タイムリーパーである彼女達と正面から向かい合う。

 一旦、告白の件は頭の外に追い出した。


「何か当たり前のように、タイムリープした前提で話進んでいるけど、お前ら、本当に未来からタイムリープしてきたのか?」


「ええ! 私は三年後の未来からタイムリープしてきました!」


「私は六年後の未来からタイムリープしてきたですの!」


「それを証明できるか?」


「意識のみのタイムリープだから、物的証拠を出す事なんてできません!」


「以下同文ですの!」


 どうやらタイムリープして来た事を証明する術を持ち合わせていないらしい。

 うっわー、これ、かなり面倒臭いぞー。


「……じゃあ、どっちも嘘を吐いているって可能性も考えられるのか」


「いやいや、私、嘘なんか吐いていないよ。本当だよ。三年後の貴方は早峰さんに刺殺されちゃうんですよ」


 とりあえず今の今まで放置していた天川の話を深堀していこう。

 そう思った俺は、右手で額を押さえながら、疑問の言葉を投げかける。


「なあ、天川、教えてくれ。何で未来の俺は京子に刺殺されたんだ?」


「異世界の魔王が早峰さんに憑依したからです」


「オッケー。辛うじて残っていた信憑性が一気に喪失したわ」


「嘘じゃないですよ! 三年後の貴方は、ひょんな事故により、早峰さんの中に眠っている異世界の魔王を叩き起こしてしまったんですっ! その結果、魔王は暴走! 早峰さんを救おうとした貴方は、魔王に刺殺されてしまったのですっ!」


「話せば話す程、嘘っぽくなってら」


 ただでさえ現実味のなかった天川の話が、魔王の登場の所為で、一気に胡散臭くなってしまった。


「じゃあ、私の話を信じてくれますの!?」


「別に繰上げ方式採用してないから。天川が嘘だった場合、自動的にお前の話が真実になるって訳じゃねえから」


 勝ち誇った笑みを浮かべる自称前世の奥さんにツッコミを繰り出しながら、俺は頭を抱える。

 このままじゃ今回も告白失敗してしまう。

 そう思った俺は、待ち合わせ場所を変更するため、京子にメールを送ろうと試みる。


「とりあえず、この話は別の機会にしよう。俺、今から用事あるか……」


 スマホを取り出したその時だった。背後から聞き覚えのある声が聞こえて来たのは。


「くっくっくっ」


 振り返る。

 背後に視線を向けると、そこには俺の想い人──京子が立っていた。


「久しいな、白銀の聖女」


 不敵な笑みを零しつつ、京子は天川の事を睨みつける。

 大胆不敵な彼女の姿は、俺にとって見覚えのないものだった。


「どうした、京子? 厨二病でも発症したのか?」


「京子? 何を言っている勇者の転生体よ」


 そう言って、京子は真っ赤な瞳で俺を睨みつけながら、偉そうに胸を張る。

 そして、唯我独尊を体現したような笑みを浮かべたまま、こんな事を言い出した。


「我はビッガーリオ・エマヌエーレ三世。異世界から転生して来た魔王の成れの果てよ」

 


「魔王を自称するなんて、あの人、中々ユニークな感性をお持ちのようですね」

「自分の事を棚に上げてら」

 自称前世の記憶持ちのタイムリーパーお嬢様にツッコミしつつ、俺は京子の瞳を覗き込む。

 カラコンを入れているのか、彼女の瞳は真っ赤に染まっていた。


「え、え……と、京子……さん?」


「京子ではない。ビッガーリオ・エマヌエーレ三世だ」


「この数時間でお前の身に何が起きたんだ」


 いつものツンデレ口調は何処に行ったのか、京子は何故か芝居かかったババア口調で喋り始める。

 かなり重症だった。

 痛々しさが大気圏貫いてやがる。


「京子、学校にいた時は普通だっただろ? 何で唐突に………っ! まさかっ!」


 天川は言っていた。

 『三年後の俺が魔王に憑依された京子に殺された』と。

 もし天川の話が本当だったら、今の京子は──!


「天川、もしかして……!」


 天川の方を見る。彼女は表情筋を強張らせたまま、首を縦に振ると、こう言った。


「三年後の春秋冬(なつなし)君を殺したのは、大魔王ビューテリオンです。ビッガー何とかっていう名前じゃありません」


「じゃあ、アレ何だよ」


 魔王は魔王でも別の魔王だった。


「多分、妄想か何かでしょう。魔力も感じませんから、放って置いても大丈夫だと思います」


 『クックックッ』と嗤う京子を鼻で笑う天川。

 目糞鼻糞を笑うとはこういう事か。

 俺からしてみれば、どっちもどっちでしかなかった。


「魔力を感じられない、……か。衰えたな、白銀の聖女」


「いや、私、白銀の聖女じゃありません」


「ならば、衰えた貴様でも分かるように見せてやろう。今の我の本気を」


 そう言って、京子は右腕を前に突き出す。

 そして、目を大きく見開くと、呪文らしきものを唱え始めた。


「闇より来たれし、我が混沌。灰より出でし我が原型は闇より生まれ、黄昏に終わる」


 謎の呪文を唱え始めた京子。

 呪文を唱える京子を警戒する天川。

 何が起きたのか分からず狼狽える自称前世の奥さん。

 俺はというと、痛々しい姿を惜しみなく晒す京子を見守る事しかできなかった。

 なんだ、この無力感。


「踊り狂え有象無象。我は悪辣を惜しみなく晒す者。我は常世全てに平等を強いる者」


 両腕で天を突きながら、京子はドヤ顔を見せつける。

 現在進行形で黒歴史を作り出す幼馴染の姿は非常に痛々しく、とてもじゃないが見ていられないものだった。


「さあ、闇夜に沈め! 常闇に沈む我が混沌サンダーフォースっ!」


 小学生が考えたような必殺技名を恥じらう事なく、声高らかに叫びながら、京子は腕を振り下ろす。

 案の定、何も起こらなかった。


「なっ……!? 魔法が出ない、だと……!?」


 あり得ないと言わんばかりにショックを受ける京子。

 『なに驚いてんだよ、魔法出せる訳ないだろ』という言葉を必死に噛み殺しつつ、俺は周囲にいる彼女達を呼び寄せる。


「お前ら、集合」


「「「あ、はい」」」


 状況を整理するため、とりあえず彼女達に集まって貰う。


「色々聞きたい事あるけど、先ずこれだけは聞かせて欲しい。お前ら、俺を揶揄っている訳じゃないよな? 本気でタイムリープだの、前世だの、魔王だの、言っているんだよな?」


 ほぼ同じタイミングで首を縦に振る彼女達を見て、思わず頭を抱え込んでしまう。


「お前らの言っている事が、本当だって事を証明する手段は……」


「「「ない」」」


 万策尽きてしまった。

 これ以上、話を進めても意味がないような気がする。

 とりあえず、俺は本来の目的──京子に告白する──を果たすため、彼女に疑問を投げかけた。


「なあ、京子。一旦、その魔王モードを解いて、俺の話を聞いてくれないか?」


「断る。今の我にそんな余裕などない」


 断られてしまった。

 どうやら本格的に魔王になりきっているらしい。

 こうなる事をある程度予期していたので、質問の切り口を変えてみる。


「じゃあ、魔王様。此処に来る前の出来事を教えてくれないか? 教えてくれたら、お前が魔法を使えない理由が分かるかもしれない」


 子どものごっこ遊びに付き合う親のような心境に陥りながら、俺は魔王モードの京子から情報を引き出そうとする。

 設定の粗をつけば、話を前に進める事が──


「実は、我、三年後の未来から意識だけタイムリープしてきたのだが」


「また出てきやがった、タイムリープ要素!」


「平行世界で魔王として生き、魔王として死んだ我は、この世界に転生した」


「前世要素も当然のようについてきやがった!」


「この世界に転生した我は、ある日前世の記憶を取り戻してな。転生した先の世界を侵略するため、この世界にいる勇者の転生体である貴様から勇者の力を奪おうと企んでいた」


「ちょっとお待ちになって下さいまし!」


 勢い良く挙手しながら、自称前世の奥さんであるお嬢様は京子の説明を遮る。


「転生体って事は、この人の前世は勇者って事になりますよね!?」


「ああ、そうじゃが」


「いやいや、この人の前世は良家のお坊ちゃんでした! 勇者なんかじゃありません!」


「それはお主の妄想じゃろう」


「だったら、貴女のも妄想ですわ!」


 自称前世の奥さんと魔王モードの京子の水掛け論が始まった。

 天川の方を見る。

 彼女は俺の肩に手を置くと、首を縦に振りながら、こう言った。


「好きです、付き合って下さい」


「よくこの雰囲気で告ろうって思ったよな」


 だが、コレは案外使える手かもしれない。

 俺は自称前世の奥さんと言い争う京子の両肩を両手で掴む。

 そして、彼女の視線を物理的に引き寄せると、胸の内に秘めていた気持ちを言葉にした。


「京子、ずっとお前の事が好きだった。結婚を前提に俺と付き合って欲しい」


 京子の不意を突く事で、彼女の素の反応を引き出そうとする。

 俺が知っている京子は不意打ちに弱い。

 脈があるにしろ、脈がないにしろ、コレなら彼女の魔王モードを解く事が──


「ふ、この時代の貴様も我に惚れていたのか。ならば、良い。今すぐ粘膜接触しよう。大丈夫だ、勇者の力を奪った後も貴様を可愛がってやる」


「何も響いてねえ!」


 俺が想定していたよりも、京子は演技派だった。


「うわああああああ!! 目の前で寝取られたあああああ!!」


「寝取りじゃねえから! 俺とお前、付き合ってすらいねぇから!」


 泣き叫びながら、頭を抱える天川に正論を打つける。


「ちょっと、私というものがいるのに、なに他の女に尻尾を振っているんですの!?」


「俺からしてみれば、お前は赤の他人でしかないんだよ!」


 自称前世の奥さんは目に涙を浮かべながら、俺の胸ぐらを掴む。見知らぬ女性にどデカい好意を打つけられるのは恐怖でしかなかった。


「うっ……! あ、頭が……!」


 泣き叫んでいた天川が頭痛を訴える。

 本当に苦しそうに頭を抱えていたので、つい俺と自称前世の奥さんは、天川に心配の言葉を投げかけた。


「どうした、天川!?」


「ちょ、顔色悪くなりましてよ!? 大丈夫ですか!? 救急車呼びましょうか!?」


「救急車を呼ぶ? それなら我に任せろ──出でよ、救急車! 我の呼びかけに応え……」


「悪魔的呼び方で救急車は来ねぇから」


「はっ!」


 狼狽えている内に、青くなっていた天川の顔が元の状態に戻る。

 天川は額に滲んだ汗を腕で拭うと、緊張感に満ちた顔つきで、こんな事を言い出した。


「お、……思い出しました」


「思い出した? 一体何を……!?」


「私の前世を……!」


「いや、設定付け加えなくていいから!」


「思い出した記憶によると、私は異世界で聖女をしていたみたいです……! そして、前世の旦那様は勇者である夏秋冬(はるなし)くん、貴方です……!」


「クソっ! 余計に話が拗れてしまった……!」


「ちょ、キャラが弱いからって、設定付け加えないで下さいまし!」


「そうじゃ、そうじゃ、見苦しいぞ」


 ブーブー文句垂れながら、新たな設定を開示した天川を責め立てる。もう収拾つきそうになかった。


(なんなんだ、この悪夢みたいな現状は……)


 言い争う彼女達の姿を眺めながら、俺は頭を抱える。何というか現実味がなさ過ぎる。

 というか、クラスのマドンナである天川が俺に言い寄るなんて、百パーセントあり得ないし、自称前世の奥さんのお嬢様の存在そのものがファンタジー。

 京子だって、ここまで演技派じゃないし、俺も面と向かって告白する勇気を持ち合わせていない。

 というか、あんなにアッサリ告れるんだったら、俺はとうの昔に告白できている。


(もしかして、コレは……)


 ある推測が頭を過ぎる。次の瞬間、俺の鼓膜を聞き覚えのある『アラーム』が激しく揺さぶった。




 重い目蓋を開ける。

 気がつくと、俺は自室のベッドの上で寝転がっていた。

 上半身を起こしながら、スマホから鳴り響くアラームを止める。


「やっぱ、夢オチかよ」


 机の上に置かれているラブレターを眺めながら、俺は右手で額を押さえつける。


「……そうだ、俺、昨日の夜にラブレターを書いて……」


 ベッドから飛び降りた俺は、昨晩書いたラブレターの中身を覗き込む。

 そこには『放課後、河川敷に来て欲しい』と記載されていた。


「…………だから、あんなカオスな夢を見たのか……」


 溜息を吐き出しながら、俺はラブレターを通学鞄の中に入れ──ようとして止める。


「……いや、放課後呼び出すのはダメだ。アクシデントが起きるかもしれない」


 もう二度と告白の邪魔をされたくない。

 そう思った俺はラブレターを破くと、身支度を開始する。

 そして、身支度を終えると、幼馴染が住む隣の家に向かって駆け出した。


 ──アクシデントが起きるよりも先に京子に告白する。


 京子の家の前に辿り着いた俺は、インターホンを鳴らそうとする。

 それと殆ど同じタイミングで、京子が家の中から出てきた。


「京子っ!」


 大声で彼女の注意を引き寄せる。

 そして、勢いのまま、俺は彼女に自分の思いを伝え──


「この地球人の身体は我々ヌチュパルム星人が乗っ取った」

 

 訳の分からない事をほざきながら、今日は口からスライム状の何かを吐き出す。

 彼女の口から出たスライムには赤い眼球が埋め込まれていた。


「ああああああああ!!」


 ギョロギョロ動く赤い眼球を見た俺は、このスライムみたいな何かがガチの宇宙人である事を理解する。

 コレが夢じゃない事を自覚しながら、俺は想いを寄せている幼馴染を助けるため、彼女の身体の中にいる宇宙人目掛けて拳を振るった。

 

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今日こそあの子に告白を! あけのぼのりと @norito8989

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