覚醒するなりそこない令嬢

推しのピンチは見逃さない

第39話 くすんだキラキラ再び


 貴族街の裏路地でのわずかな再会の翌日。


「まだゆっくりしていても良いんだよ!? 気を遣う必要なんてないんだからね?」


 心配を隠しもしない表情で、何度も同じセリフを繰り返すのはコゼルトだ。


「大丈夫です! 昨日はお休みを頂いたおかげで、推しパワー充填、萌えフルチャージしましたので元気満タンですから」

「ホントにホントなの!? フローラが頑張り屋さんの良い子なのは分かっているから、ホントに無理だけはしちゃいけないからね。ちょっとでも疲れたなー、とか思ったらちゃんと休みを取るんだよ」


 満面の笑顔で、いつも通りの大きな背負いかごを手にしたミリオンに大袈裟なほど心配するコゼルトは、雇用主と云うより過保護な母親だ。


 開店前の店舗で延々繰り広げられているやり取りに、ペシャミンは「旦那様は甘やかしすぎです」と鼻を顰め、加工担当の老爺ことアル爺は無言で苦笑している。


「あとはね、林で倒れたら大変だから誰か付いていけばいいんだろうけど――」

「ひっ・つようありませんよ! わたしだけでホント大丈夫です!! この通り元気もりもりです!」


 コゼルトの提案に食い気味な否定の言葉を被せたミリオンは「大丈夫」をどうにかして示そうと、隅に積んであった香木の束を持ち上げてピョンピョン飛び跳ねて見せた。


 自分でも何をやっているんだろうと、呆れる行動だが、ペシャミンは口角を下げた心底幻滅した表情で「うゎ、ナニそれ……」とハッキリと口にするから居た堪れない。


(けど! 今日は何としてでも1人きりで林に行かなきゃいけないもの!! 推しの為なら一時の恥なんて苦にならないわ)


 ミリオンの意志は固い。


 そう、今日の林での素材収集は推し活を兼ねて――いや、リヴィオネッタとの約束を実行しなければならないのだ。貴族街の裏路地で、ミリオンを騎士たちから隠すために大通りへ向かうリヴィオネッタが最後に告げた言葉を確かめなければならない。


『あの林でミリオンが、今日みたいに呼んでくれたら、隠れたがりの妖精さんは、すぐにそこへ飛んでいけるようになったから。また・ね』


 記憶の中のリヴィオネッタの別れ際のセリフを、一言一句違えず脳内再生したミリオンは、やる気に満ち満ちた視線をコゼルトに向ける。


「コゼルト様! 本当にお任せください! 今日のわたしは、萌えていますから!」

「もぉ……仕方ないなぁ。フローラは意外なところで頑固なんだから。分かった、行っておいで。ただし、体調だけには気を付けてね。――はぁ、娘を嫁にやる親ってこんな感じなのかなぁ」


 えらく打ちひしがれたコゼルトに、呆れ返った視線を向けたアル爺が「まだ結婚もしとりゃせんのにナニを言っとるか」と声を掛けて、更にコゼルトを落ち込ませている。


 突然の飛び火に項垂れたコゼルトには申し訳ないが、ミリオンは「では、行ってきます!!」と気持ちのまま弾む声で告げると、さっと勝手口を飛び出したのだった。






 林へ来なかったのはたったの1日だったのに、この日の木々はいつにも増して瑞々しい光沢を讃え、生命力に満ちた鮮やかな緑に輝いている。下草までもが、太陽の黄金の光に喜びを隠さない輝きを放っている様だ。


(こんなに素敵な林だったのに、わたしったらリヴィ不足で本当に弱っていたのね。綺麗なものを綺麗だって思えないほど心が疲弊していたんだわ。推しからもらう力って本当に大切ね)


 今からリヴィオネッタに会えると思うだけで、身体の奥底から力が漲って来る。ミリオンは、背負い籠からいつもの魔導書を取り出してしっかりと胸に抱えると、彼との約束を果たそうと、大きく息を吸う。


(ただ呼んだんじゃあ、色んな音に邪魔されてリヴィには届かないわ。だから、しっかりキラキラした綺麗な姿を思い浮かべて―――)


「リヴィ! キラキラの素敵なリヴぃんあ゛……リヴィ!」


 こんな記念すべき呼び出しの時くらい、フルネームで呼んでみせようと格好つけたのは失敗だったようで、しっかり舌を噛んでしまった。まぁ、今は彼もここに居ないし噛んだことには気付かれていないだろうと、こっそり咳ばらいをしたところで、林の中にヒュウと、一際鋭く、温かな風が吹き抜ける。


 そして―――


「ミリ? また僕の名前で噛んだね。だからミリは君だけの特別な呼び方で僕を呼んでくれれば良いんだよ」


 忽然と、緑色にキラキラ輝く星屑を全身に纏ったリヴィオネッタが、目の前に姿を現していた。


「リヴィ! 聞こえちゃってたの!?」

「ふふ、聞いちゃった」


 彼が魔法を使うと現れるいつもの「キラキラ」な光彩が、徐々に景色に溶けて行く。いつも通りのリヴィオネッタが現れたのに喜んだのも束の間、尊い光景に見惚れていたミリオンは、大きく目を見開く。


「リヴィ!? え、うそ。リヴィがくすんでるわ!!」


 愕然としたミリオネッタの叫びが林に木霊した。

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