第36話 隠れたがりの妖精さん
裏路地の暗く鬱々とした気配を塗り替えてしまう、キラキラした唯一無二の推しの登場に、一気に活力が漲り、雲上に立つよりもフワフワとした心地を存分に堪能したミリオン。だが、そんな彼女でも腑に落ちない点は幾つもあった。
改めて対話するため先程の超至近距離から一歩引いて、首を傾げながらリヴィオネッタを見詰める。薄く頬の染まった彼は、余程慌てて来たのだろうか。
「どうしてここが分かったの!?」
「ミリオンの魔法が来た方向を逆に辿っただけだよ。こんなに可愛い気配を漂わせるゴーストの通った跡を見付けるのは簡単だったさ」
不思議な答えが返るだけで、理解することは出来ない。しかも、瞬時に移動してきたことについては「ミリの愛らしくて甘くてふわふわ温かな気配をもっと近くで感じたい! って強く思ったら、いつの間にかここに着いてたんだ」と、まるで具体性に掛ける説明が繰り返される。だから、これについてはもう深く考えまいと、ミリオンは心穏やかにあることを優先させた。
目の前のリヴィオネッタは、相変わらずキラキラしている。
「えっと……リヴィ?」
だが、何故だかいつもと違う様子に、再度怪訝に呼び掛けてしまった。そう確かめたくなるほど彼の表情や全体の雰囲気に疲労や、苦悩が滲み出ていて――。
「リヴィがくすんでる……疲弊して、荒んでるわ!? 」
随分失礼な物言いだが、受けたリヴィオネッタは眉尻を下げて苦笑する。
「ふふっ、さすがミリだね。一目見ただけで僕の気持ちが分かっちゃうなんて、凄いな。くすんでる……かぁ」
「うぅっ……ごめんなさい。思わず。けどっ、リヴィがキラキラ綺麗なのは変わらないわよ!? ちょっと落ち着いた光になってるだけで」
「ははっ……それって、くすんですってことだよね」
「はっ……!?」
彼女らの立つ裏路地からチラリと見える大通りを、騎馬の身形の整った男達が焦った様子で行き交っている。丁度こちらから窺える位置で馬上の男らが「どこにおられる!?」「魔法をお使いになられたのか?」「覚醒されたなら喜ばしいが、何処かに逃げ出されたのでは喜んでばかりもおられんぞ!?」「いや、誘拐か!?」などと困惑も露に、穏やかでない事まで口にする。
タイミングと良い、これは間違いなく急に現れた彼を指しているのだろう。確信に満ちた視線をチラリと向ければ、リヴィオネッタはわざとらしく目を逸らして、上に向けた視線を彷徨わせている。本人は素知らぬ顔をしているけれど、内心は心細く、不安な気持ちでいっぱいのはずだ。
(同じように家を飛び出した、わたしには解る!)
「リヴィ、大丈夫よ! あなたもコゼルト様の所で働けるよう、わたしからもお店のみんなにお願いするわ。ペシャミン様は口調がちょっと厳しいけれど、みんな優しいお店よ? だから安心して、わたしのところに飛び込んで来ると良いわ!」
――と、安心感を与える力強い声音で拳を握りしめつつ宣言した。両腕を外に開いて「さぁ、どんと飛び込んで来い!」なポーズを取って見せる。
「――――――へ?」
たっぷりと間をおいてから、気の抜けた声が返る。けれどそれはコゼルトの提案を受けた自分の様に「思いがけない」僥倖に戸惑う気持ちの現れだと判断して、さらに言葉を重ねる。
「わたしがリヴィを幸せにするから大丈夫!」
「―――っ……――~~――――っぐぅっ!!!」
声にならない不思議な音を喉の奥から発して、息でも詰まったのか、真っ赤な顔をしたリヴィオネッタはその場にしゃがみ込んでしまった。
(余程大変なことがあったのね。こんなに弱々しく項垂れるなんて)
踞ったリヴィオネッタの背を、優しく触れた手で、何度もそっと宥めるように、励ますように擦るミリオンは、それが彼に更なるダメージを与えていることには気付いていない。
どやどやと走り回る騎馬の者たちは、リヴィオネッタによれば彼を護衛する「騎士」らしい。ただ、護衛とは名目だけで、実質はしょっちゅう逃げ出してしまう彼の監視役だと云う。今まではリヴィオネッタ得意の魔法で、こっそり
「せっかくのミリとの採取デートを楽しみにしてたのに」
不満げに唇を尖らせて、さらりと爆弾が投下される。
「デート!!」
「違ったの!?」
「はわわわ……そんな、恐れ多い!! 恐縮光栄の極みっ……」
「リヴィオネッタ様!!! そのような所にお隠れになられていたとは!」
「げ」
突然響いた第三者の声に、リヴィオネッタが苦いものを噛み潰した表情をする。と同時にミリオンの姿が表通りから見えない様に背で隠されたようだった。さっきリヴィオネッタに呼びかけた声の主は、彼を探し回っている騎士の一人だろう。
「すぐに行く。意外に早く私を見付けたな。仕方がない、今日のところは帰ることにするか」
自分に注意を引いてミリオンの存在を隠そうとしてくれているリヴィオネッタは、わざとらしく大きく身振りをして、振り返りもせずに騎士に向かって歩いて行く。けれど、これがずっとのお別れではないことは解った。立ち去り際、そっとミリオンにだけ聞こえる声で「あの林でミリオンが、今日みたいに呼んでくれたら、隠れたがりの妖精さんは、すぐにそこへ飛んでいけるようになったから。また・ね」と呟いた声はとても楽しげだったから。
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