第13話 冒険活劇のヒーローみたいに颯爽と……できなかった

 

 魔導書から現れ、男たちの目の前で忽然と像を結んだのは、陽炎の様に揺らめく醜悪な表情の娘だったのだ。淑やかな娘では有り得ない角度に吊り上げられた口角、底意地悪く跳ね上がった眉、自分の意思を押し通す我の強い瞳は大きく剥いた目の中にギラついている。ピンクブロンドの胸まで伸ばされた髪は、揺らめく全体像とともにフワフワと不自然に空間を漂うから、その姿は人ならざるものが忽然と現れた印象を受ける。


 ――どうやら、ミリオンの持つ魔導書から迸った力が、彼女の意識を読み取ったのか、いつも彼女に侮蔑を向けて嘲笑うビアンカをに再現していた。しかし、破落戸らはそれが本当のゴーストだと確信し、足手まといになる怪我人を置いて、我が身を守ることを優先させたらしい。


 情けない悲鳴を上げながら這う這うの体で駆けだした破落戸たちは、暗がりへ近付くのを恐れたのだろう。拘束していた男を、ミリオンとゴースト(仮)の方へ乱暴に押し遣り、その傍らをすり抜ける。そして我先にと、真っすぐに大通りへと駆け出して行った。



 大通りは、夕刻を迎える太陽の光を受け、朱色に染めあげられている。今尚輝く陽の光は、不審者をもよく照らし出す。さらに、未だ微かな光に包まれているオレリアン邸に、町中の人々は何らかが顕現する兆しを感じ取り、屋外に飛び出したまま落ち着かぬ様子で注視し続けている。


 彼らが飛び出した先――そこは、町の守備兵らが30名ばかりの小編隊を組み、オレリアン邸に向かって駆けて行く―――目の前だった。


「怪しい奴め! ひっ捕らえろ」

「「「「ひぃぃぃぃっ!!!」」」」


 見るからに真っ当でない風体の彼等が、路地裏から駆け出した姿は、守備兵らには良からぬことをして逃走を図っているように見えたらしい。それは間違いないのだが「お前達が天使様のいるオレリアン邸に何か仕出かしたのか!?」と、事実とは異なる罪状を疑われている。


「こい! 詰め所でじっくりと話を聞いてやる」

「すぐに帰れるとは思わぬことだ!!」


 捕縛の切っ掛けは勘違いではあるが、これから余罪についても充分に明かされるのだろう。


 町にとってはめでたしめでたしなのだが、大通りから聞こえる捕物の音に、ミリオンは気まずげに表情を曇らせてしまう。だって、誤解なんだから。程なく捕縛は完遂されて、破落戸と守備兵の声が遠ざかって行った。空間に浮かび上がっていた、実態の無い影絵よりも写実的なビアンカの姿は、騒ぎの声が聞こえなくなると、ゆっくりと魔導書に吸い込まれていった。


「あぁ、魔導書さんはあの緑の子や翠天すいてん様と同じ悪戯好きなのね。おじ様方ったらきっと勘違いを……」

「あ゛りがどうござい゛ますっっ」


 見届けたミリオンのため息をかき消す勢いで、感極まって詰まり、どもりながらの感謝の声が響く。


「あ゛な゛だざまはぁっ、いのぢの、お゛んじんでずぅぅっ」

「え? は? はぁ」


 滂沱の涙を流すボロボロの男は、縄を打たれたままの自由にならない姿で、平伏するように何度もミリオンに頭を下げていた。


 先を急ぐあてもなく、あまりに哀れな状態の男を捨て置くのもできない。そう考えたミリオンは、持ち前のささやかな魔法で、男を縛っていた縄をちょっとづつ焦がし、ほぐして、何とかその戒めを解くことに成功した。既に辺りはとっぷりと陽が暮れている。


「申し訳ありません、あなたのお陰で助かりました! けれど、このように帰りが遅くなってしまい、あなたがご主人様に叱責を受けることになっては申し訳なさすぎます。どうか、言い訳のために私をお屋敷まで同行させていただけないでしょうか?」


 無事縄を解けた安堵から座り込んだミリオンに、大きな身体を小さく縮こまらせた男が、真摯な表情で言葉を掛けて来る。長時間掛かった縄解きのため、すっかり落ち着きを取り戻して、彼女を気遣う余裕も出たらしい。どうやら御遣いに出された小間使いだと思われている気がする。


(好意で言ってくれているんだろうけど、屋敷に戻されちゃうと困るのよー!)


「もっ、問題ありませんわ! わたし、人探しの旅の途中ですもの。今回のことは旅のついでのささいな出来事、お土産みたいなものですわ。お気になさらず」


 いつか見た冒険活劇の主人公ヒーローの言葉をまねしつつ、そそくさと立ち去ろうとするミリオンに、男が訝し気に目を細める。


 彼女の先程からの言動は、世間知らずな令嬢そのもの。旅とは言うものの旅装も無い。くたびれた格好は、貧乏貴族家で雇われた、庶民上がりの低級小間使いの様だが、ちぐはぐな気品が所々に現れていて、その可能性も低い。しかも、大の男に絞められた荒縄を解いてくれたことから、弱くはあるが珍しい魔法使いであることも解る。命の恩人は、どうやら、相当なワケアリなのだろう――そう男は判断したのだった。

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