第12話 裏道は危険! 破落戸とゴーストまで出現!?


 結論から言おう。


「へっへっへ、おじょうちゃ~ん? こんなところに一人で危ないんじゃないかなぁ」


 ミリオンは、秒で、人相の悪い男達に囲まれた。


(なんで!? まだお日様隠れてないよね、夕焼けの光が届いてるよね!?)


 オレリアン邸で隔離同様の生活をしていた、世間知らずなミリオンの認識では、暗い道に破落戸ごろつきは現れるもの。だから、夕陽が差すうちは大丈夫――そんなこと有るワケないのだが……。


 困惑も顕に破落戸に向かって首をかしげるミリオン。その前に現れた男は5人。4人はお仲間らしく、だらしなく着崩した服装に、無精髭、不似合いな装飾品を身に付けた、いかにも真っ当でない類いの人間。残る一人は縄を打たれて、破落戸に拘引こういんされている。縛られているだけでなく、全身傷だらけ、汚れだらけで、チラチラとミリオンに意味ありげな視線を送りつつ微かに唇を動かす。


 用心深く観察すればボロボロの男は、口の動きで「に」「げ」「ろ」と繰り返していることに気付けたかもしれないが、ミリオンは自分の常識からかけ離れた現象の不思議に、頭がいっぱいだ。


「あのぉ、おじ様がた? 出る場所と時間を間違えてはおられませんか?」


 心底不思議そうに、穏やかに訊ねるミリオンに、男たちも一瞬毒気を抜かれ、ポカンと口を開けた。


「いやいや、そーはいかねーよ? お嬢ちゃん。いくら頓珍漢なコトを言って俺たちを出し抜こうったって、なぁ?」

「そ、そーだな。ゴーストだって昼日中にも現れるんだ。俺たち人間様がいつどこに現れたっておかしかねーだろ!」


 けれど、そこは慣れた悪人たち。すぐに目の前の少女が上質な獲物であることを思い出して、彼女を脅すように凄んで見せる。普通の貴族令嬢ならば、怯えるか、嫌悪に顔を歪ませるところだが、ミリオンは違った。知らない知識「昼日中に現れるゴースト」の言葉に目を輝かせている。勉強に力を入れて来たミリオンではあったけれど、魔物に関しては疎かった。


「まぁ! それは不勉強でした。おじ様がたは博識でいらっしゃいますのね! それなら是非是非もう一つ、確認のために教えていただきたいのです。おじ様がたの仰るゴーストとはなんでしょう?」


 オレリアン邸では、天使と謳われるビアンカと比較し、貶されて来たミリオンだが、その風貌は決して不細工な訳ではない。むしろ、庶民では持ち得ない新雪の燐光を纏う肌に知性の輝きを宿す黒曜石色オブシディアンの瞳が印象的な美少女だ。髪は手入れすることもままならない状況だったから、艶の無い黒髪は華やかさの欠片もなく、パサついた老人を思わせる状態となっているが……。


 だが、人攫いや人身売買にも手を染める彼らは、磨けば光る彼女の素地に気付いていた。その美少女に、真っすぐな尊敬のまなざしを向けられて悪い気はしない。逃げる気配も見せないミリオンに、得意げに話し始めた。


「ゴーストってのはなぁ、憎しみや怒りの感情を強く残して現れる、ヒトであってヒトでないもんだよ」


 ヒトであってヒトでない――そんな頓知のような説明に首をかしげるミリオンだったが、ふと、ある面影が脳裏を過ってポンと手を打つ。


(セラヒム様がいらっしゃらないとき、わたしの前に現れると、必ず顔を歪めて大声を出したり、手を振り上げていたビアンカ! そうよ、あれってわたしの要領の悪さに怒って、反省も下手なわたしを憎々し気に睨みつけていたわ。)


 あまりにゴーストの条件に適合する、いつものビアンカの様子を思い浮かべる。


(確かにビアンカは天使だって皆さんに認められてるから、ヒトでないって条件には合うわ! あら、けどそれじゃあ、ビアンカは天使ではなくてゴーストってことになっちゃうわね?)


 天使→ビアンカ→ゴースト→ヒトでない→天使→ビアンカ……と、思考がグルグルと繰り返され始めたミリオン。その手のなかで、人知れず、うっすらと魔道書が光を帯び始める。


 更にうんうんと考え込むミリオンは、不意に手元から魔力が抜ける感覚がして、ようやく魔導書がほのかに光っていることに気付いた。何を!? と思う間もなく、本から大きな影が飛び出す。


「「「「うっ……ひあぁぁぁぁっ!」」」」


 間を置かず、裏路地には男達のあられもない野太い悲鳴が響き渡った。

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