怜⑤

 8-1

「私、誰かに必要とされたいのかもしれない」


 今何時だろう、そして私はどうしてこんなに外を眺めていたんだろう。


 まるで昼間の亨みたい。


 寝たい気持ちはこれっぽっちもなくて、そしてさっき亨が言ったようなことを心配しているつもりもない。私は女だけれど、いわゆる女としての魅力が非常に低いんだ、自分でそんなこというのはあれなんだけど、それは本当のことなんだ。


 私は高校の時、仲良くなった子が好きだった。私にもっと、魅力があれば彼女は私のことを好きになってくれたかもしれない。男の子と付き合っても、結局は浮気された。私って、なんだろ。


「必要、か……俺はそうだな、そういう時もあったかもしれないな。でも、いつも最後には結局は人は一人なんだ、生まれてくる時も死ぬ時もって結論になっちゃうんだ」


 亨が答えてくれるとは思ってなくて、だから独り言の気持ちで言ったのだけれど、彼は答えてくれた。答えてくれたのだけれど、今は、どうしてか人の話を聞く気がしない。普段ならそんなことない。


 自分よりも誰かの言葉を優先していたような気がする。そこに自分はなかった。いつも誰かにとって良い子だった。付き合う人は都合が良かったのだろう、自分が逆の立場ならそう思う。


 でもそれって結局そこまでの関係でしかないんだよね。思い返してみればそんなことばかりをやってしまっていた。だから私は友達が少ないんだろうな。本音を言わず、相手のことを優先して。都合のいい関係しか築けなかった。


 それに気がついたからか、やっと誰かに対して自分を出せるようになったのかな。それがよく知らない亨のおかげだって言うのはなんなんだろうな。


 彼とは知り合い? 知り合いが同じ部屋で泊まるだろうか。じゃあ友人? 男女に友情はあり得るのだろうか? 恋人? それは違うな。今夜はどうしたのかな。気分が昂っているのかな。


 悠二とあの子は、今頃セックスでもしているのかな。そんなことをするには時間が遅すぎるかな。そんなことを考えたくはないし、考える必要もないのだけれど、そんなことを考えてしまう。無くしたものだから?


「そうなのかな?」


 彼の言葉から時間が空きすぎているから、通じるか不安だったけれど、彼はちゃんと答えてくれた。私よりも、よっぽど他人の話を聞いてくれている。


「んー、正直なことを言うと分からない。なぜなら俺もその辺りのこととは縁がないから。一つ言えるのは、怜はもう少し人を見る力をつけたほうがいいってことなのかもしれない。普通は、俺みたいに何処の馬の骨かもわからないような狂った人間と同じ部屋に泊まらないぜ」


「でも昨日の夜も誰かと一緒だったんでしょう?」


「一緒だったけれど、昨日の女は少しずれていたよ」


「じゃあ、私もすこしずれているのかもしれない」


「……」


「どうだった?」


「どうって、なに?」


「セックス」


「ああ、別に……。さっきも言ったけれど、俺は別にセックスがしたいわけじゃないから。性欲ってまるでないんだ。生きることを諦めてからというもの、まるでその気になったことってないんだ。でも不思議なもので、そういう人間になってから、そういうのに不自由したことがないんだ。いつも向こうからそういう機会がやってくる。そしてそれを断るだけの明確な理由もない。はっきりいってうんざりするだけなんだ。そういうのをやっても。じゃあやめればいいと人は言うかもしれない。でもやめられない。断ることができない。終わっている。終わっているんだから、人生を終わらせるには丁度いい。怜は俺とは違う。全然違う。だからこそ、人を見る力をつけるべきだ。自分にとってメリットがある相手を見つけて、そいいつときちんと付き合っていかないとダメだ。そういうことをミスると俺みたいになる。そして、俺みたいな人間は俺だけで十分なんだ」


「人を見る目……」


 そうなのかもしれない。仮に私が誰かに好意を持っても、その感情を一時停止する必要があるんだと思う。例えば……そう、何かの途中に一服と称して煙草を吸うときのような間が。


「でも、どうしてそう思ったの? 私、付き合ってた人のこと話したっけ?」


 亨は苦笑する。その仕草がおかしくて、どうしておかしいのかと言うとそう聞かれるのが分かっていたみたいな感じだったから。


「いや、話してない。話してないんだけれど、そしてすごく不思議なのだけれど、どうしてか、こうやって仲良く……いや、仲良くでもないのだけれど、とにかく少しでも親しくなれれば、俺はその人のことがわかるんだ。今までずっと、卑屈に生きてきたから。そして自分に興味がなかったから。そうじゃなきゃあ、こういう人間にはならない。わかっているにもかかわらず、その人間に対して……昨日の女にだってそうだ。なにか一つでもアドバイスじみたことでも言えば良かったんだ。しなかったことに後悔があるわけじゃないけれど、怜にはきちんと言わないといけないと思ったんだよ。あんたには不幸になってほしくないんだ。はっきりって、碌でもない世の中だ。死ぬことを決意するくらいには絶望しているよ。でも希望を捨てちゃダメだし、生きることを諦めるのもダメだと思う。明日死ぬ人間が言うと説得力があるだろう? なんてったって明日死ねばその言葉には責任がまるでなくなっちまうんだからさ」


 私は鞄からハイライトを出して彼に渡す。彼は驚いた顔をしたけれど、受け取って封を開けて吸い出した。きっと煙草が足りなくなって後悔してるだろうと思ったから、ホテルの売店で買っておいて良かった。


「じゃあ私は、これからどうすれば良いと思う? 亨は」


「俺がもっともっと気の利いた人間なら多分、今俺と寝ろと言うかもしれない。しかしながら、俺は根本的に気の利いてない人間だから、そんなことはとてもじゃないけれど言えないんだ。それに俺と寝たって何も良いことがない。だから、これから出会う人、あるいは今仲の良い友人と会話をする時、人の目を見てくれ。そこにきっと答えがある。目は口ほどにものを言う、これって本当だぜ。目を見れば、相手の考えていること、これから何をするかってのが全部分かるんだよ」


「目を……本当に?」


「そりゃわからん。わからんけれど、人は嘘を言う時でも目の光だけは隠せないもんなのさ。いろいろな、本当にいろいろな狂った連中と渡り合ってきた俺が言うんだから間違いない。あー眠い。それに俺にはハイライトはキツすぎる。でも思ったよりは美味い。流石は時代を風靡した煙草だ。もう俺は寝る。この煙草、貰っちゃっていいの?」


 私は頷く。そのために買ったんだから。


「ありがとう、おやすみ」

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