3-3

「この台って言ったっけ? この台じゃ全然駄目だよ。さっき大勝ちしていたからね。しばらく出ない。この隣、こっちの方が良いよ」


「へえ、あしちはこれ、全然期待できないと思うけどね」


「見た目ではそうかもしれないけれど、打ってみれば分かる。さあ、早く。他の人が来ないうちに」


 女は俺の顔をじっと見ていたが、やがて座って打ち出した。何度も言うが俺はパチンコのことなんて何も知らない。店に入るのだって、もしかしたら金がかかるかもしれないとさえ思っていたくらいだ。


 もちろん金がかかると言われても煙草は吸うつもりだったのだが。金が減るリスクよりも喫煙するリスクを取る。火、煙、灰、そしてまた煙。喫煙者というのはどんな時でも救い用がない。俺とこの女を見れば分かるだろう。


「ねえ、ねえ、オニイサン」


 ジャラジャラとうるさい中、彼女の声は不思議とはっきりと俺の耳に届いた。俺がこの女の存在とこの場所に慣れた、それ以外に理由がない。もしくは、女がはっきりと俺だけに言ってるからなのか。変なもんで、変な状況にだって慣れさえすれば、自分が今、誰かに必要とされているって感じるもんだ。こんな、俺みたいな救いがない男でも。


「どうかした?」


 俺はもう煙草をが吸いたくなっていた。女が今買っているのかそうじゃないのか、今の段階ではわかりゃしない。そんな状況だから何も言わない方がいい。


「あしち、金、もう金ないから。出なかったら使った分、オニイサンから貰うよ」


「それは脅しか? もしくは、ここで見てろって解釈でいいのかな?」


「難しい言葉を使わないでくんない? あしちは幼稚園しか出てないんだよ。オドシってなぁに? カイシャクってなあに?」


 何を言っているのかよくわからないが、何を言っても無駄だと思った。俺ができることはこの女が勝つ(という表現であっているのだろうか? パチンコに勝つというのはどう考えても意味不明だ。もしパチンコをやる意味が、金や景品を得るためにやると言うのであれば、それはある意味ハンターの様な職業だろう。そうだとしたら、働くことを勝つとは言わない)のを待つしかない。


 そうしないと有り金全てを取られる羽目になるだろう。『あしちはいくら使ったのかわからない』とかなんとか言って。しかし、だからといってそれで困るのか? 俺は。


 死ぬ気になっている人間には、本当なら金なんて不要だろう。だって、どうやってあの世に金を持っていくんだ? もし今有り金全部女に取られても、最悪、途中で死ねば良いだけの話だ。


 しかしそれだと、わざわざここまできた意味はなくなってしまう。俺は海を見てから死にたいんだ。本物の海を。意味不明の場所で、存在不明の女に金を取られるくらいなら家で寝ていた方がずっといい。


 そうとしか考えられない。彼女の右手が細かく動く。セックスの時もこうやって手を小刻みに使うんだろうか。意味のない妄想。俺は性的倒錯なんだろうか? パチンコ屋とそれとは、考え得る遠い距離のような気がするんだが。女は相変わらず小刻みに手を動かして玉をコントロールしている。


 この動きか『勝つ』ためには必要なことなのだろうか。このフロアにいる人たち全員にとってこの行為、意味のあることなんだろうな。それこそ、時を忘れるくらい。


 俺はというと、セックスの前戯のことが思い浮かんだ。やはり飢えているのだろうか? それとも不安から誰かと寝たいと思っているのか。不安? どうして? 俺の視界の端に移る画面が賑やかになり、液晶がカラフルに、鮮やかになる。


「おーー……! 本当に来たよ! ねぇ? ねぇ!」


 女が驚いた声を出す。もうここにも、この女にもまるで興味がないから知らないふりをしようと思ったけれど、女が大騒ぎするからどうにもならなかった。玉は冗談みたいにどんどん出てくる。これが勝ったってことなんだろうか。俺の勘も捨てたものではない。


 これが今までの人生でも発揮できていれば、俺はこうはならなかっただろうな。役割を果たした俺は周りが騒がしい今、その場をそっと離れる。女は嬉しそうに叫んでいる。


 出る前に煙草を吸おうと思って喫煙所に行ったのがまずかった。二本目の煙草が半分くらい燃えたところで、さっきの女が入ってきた。


「急に消えるからびっくりしたぁよ! ほらみて! みてよ! あしちは勝ったんだよ!」


 彼女の手には沢山の万札が。金に価値があると思い込まされている、それは奇妙で不思議なものだ。


「凄いね。俺は何もしてないさ。あんたの実力だよ。だから……」


 そこまで言ったところで女は俺から煙草を取り上げて、一度だけ煙を吐いて灰皿で消した。


「なにこれ、葉っぱが口に入るじゃん! こんなのあんの? それに変な味。こんな不味いの初めて吸ったよ。こんなの吸っているあんたの気がしれない。あしちの吸う? 遠慮しないで、あげるよ」


「いらない。俺のは両切だよ、吸い方にコツがあるんだよ」


「両切?」


「フィルターの付いてない煙草。個人的には、全ての煙草がそうあるべきだと思っているよ。煙草はガキや軟弱者が吸うものじゃないんだ。ボックス入りの煙草なんて反吐が出るくらい嫌いだよ」


「フィルターってなに? なんじゃくものってなに?」


「覚える必要のないこと」


「ねえあしちについてきてよ。お礼、イイコトしよ」

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