2-6

「ところで、貴方は何しているの? 今日は平日だけれど、授業はないの?」


 彼は私の目を見た。髪の毛がボッサボサで、眠そうな目をしているけれど、顔立ちは整っていた。発言と身だしなみに気をつければ、女の子に困らないだろうな、と思った。でもそれって単純に好みって、それだけなのかな。


「そのセリフ、そのままそっくり返すよ。俺は海に行きたくてはるばるここまで来たんだ。山梨県生まれの俺にとっちゃ、千葉県なんて外国だよ、はっきり言ってさ。みんなが何を言っているのかさえよく理解できない。色々あったけれど、良くここまでこれたとさえ思う。しかも駅員に聞いたところ、ここからなら一本の電車で行けるって言うんだ。俺はようやくここまでたどり着いたって訳だ。ゴールの目の前、一番気が緩むときだ。だからこそ気をつけないといけないのさ」


 山梨? と思った。そうなると話が全然違ってくる。だって、山梨から東京二十三区の大学まで通えるとはとても思えない。でも、無視することにした。彼に興味が出てきたってのもある。


 それに、身体目当てかどうかってのは目を見ればわかるんだ。だってそういうときの目って、完全に値踏みしている目なんだもん。それくらい隠せよって思うけれど、きっとそれが出来ていたら値踏みなんてことさえ、必要ないよね。


「偶然だね、私もそうなんだ。東京にいたけど、海が見たくなった。東京湾じゃなくて、もっと大きい海。水平線が遠くに霞んでいるような海が。どうしてかは全く分からないのだけれど」


 細かいことは、気にしないことにした。彼が嘘をついていても、そんない悪い人には思えなかったから。私のそれを聞いて、彼はポケットから煙草を取り出した。パッケージをじっくりと見ている。彼は見たことのない水色のパッケージをした短い煙草を持っていた。


「じゃあ、一緒に行こうか。一人だと心細いこともあるんでね。おかげでここに来るだけでも散々な目に遭ったんだ。でも、ここまでは絶対に、一人じゃないと駄目だったのさ。俺がそう決めてたんだ」


 彼は私にではなく、自分が握りしめている煙草のパッケージに向かってそう言っていた。だからと言って彼が、隣にいる私を軽視しているようには見えない。だからきっと決意表明なんだろうな。


 私は彼を見つけたとき、彼の姿を見たときに、彼とならフィーリングが合う気がしたんだ。気のせいと言われたら、そうなのかもしれないけれど。でもそれを言い出したら、何もかもができなくなってしまうんだ。


「一緒に行くのは良いけれど、私は安房鴨川ってところまで行くつもりなの。それで良い?」


「ああ、良いよ。というか、俺もそこに行きたかったんだ。正直な話、俺は度を超えた方向音痴でね。ここから先、一人で行ける自信が全くなかった。だからよろしくお願いします」


 そう言って彼は頭を下げた。方向音痴だった、だけどここまでは一人で来なければいけなかった。ここからはずっと同じ電車に乗るだけなのに、一人では行けないと思った。これが彼が今まで発言したことの骨子。


 全部ひっくるめて、気にしないことにした。彼の目、やっぱり嘘ついているとは思えなかったから。彼は煙草の箱を振って、私に一本差し出してきた。お礼ってことなのかな。


「……ありがとう」


 煙草、吸わないんだけれど、とは改めて言う必要はなかった。さっき言ったことだから。せっかく貰ったからティッシュに包んでペンケースに仕舞った。ここなら折れる心配もないだろう、何かの役に立つかもしれないし。


「時刻表通りなら、もうすぐ電車が来る。そいつが来たら乗ろう。出来れば、端に座りたいんだけど、そこからだと景色が見えにくいかもしれないとも思う。せっかくなら、ずっと立って見ていたい。でも、長時間立ち続けられるほどの体力は、今の俺には残っていない。ま、元気だとしても残ってないかもしれないけれどね。……おお、電車が来たよ。じゃあ、行こう」


 そう言った彼の顔、全然違うんだけれど、どこか、さっきまで彼氏だった悠二の横顔に、少し似ている気がした。


 ……それは違うんだ、私がそう見たってだけ。だって全然、違うんだもん。

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