第3話愛されました!?

 それから俺たちは電車を降りてそれぞれの家路につく。

「気を付けて帰ってね〜」

 春夏は満面の笑みで俺に大きく手を振った。その笑顔が綺麗で眩しくて、俺はつい目を細めてしまう。

 先程のことはきっと見間違いだと自分自身に言い聞かせた。


 家に帰ると案の定沙友理からメールがたくさん届いていた。

「ゆうくん、大丈夫?」

「ねえ、ゆうくん。今度の土曜日会わない?」

「またゆうくんとたくさんお話したいな…」

 俺は慌てて沙友理に返信する。


「大丈夫だよ〜今帰った!」

「今度の土曜日は空いているから会えるよ!」

 俺がそう返すと直ぐに既読が付いた。

「やったー!嬉しい!じゃあ楽しみにしてるね。」

 ハートなどで彩られた文面から沙友理が凄く喜んでくれていると知って俺も嬉しかった。


 俺が沙友理と出会ったのは今から1年前のこと。暇つぶしに登録したSNSで初めてフォローしてくれたのが彼女だった。

 年は俺よりも5歳年上で、大学院生。色々な分野を研究しているらしい彼女は才色兼備で、けれどそれを鼻にかけたりしない謙虚な人だ。

 メールも交換して、色んな話をする機会も増えていき、段々と仲を深めていった。俺にとっては大切な友人の一人である。


 それから、スマホを一旦閉じて課題の方に取り掛かる。俺の学校の課題はやたらと多く、大量の問題や長英文、様々な英単語を書き写すなどが主になっている。


「はぁ…毎日毎日大量の課題で嫌になっちゃうな…」

 思わず、誰もいない部屋で1人愚痴を零した。同じ英単語を何回もノートに書き写していく。隙間のすの字もないくらいに。同じ作業の繰り返しを3年間続けているせいか今は何も思わなくなっていた。入学したばかりの頃はこれが辛くて辛くて京平とお互い愚痴り合ったくらいだ。

 一人で黙々と課題をやっていると、スマホがけたたましく鳴り響いた。だれからの着信なのだろうと思い、画面を見てみると幼なじみの春夏からだった。

 俺は考える暇もなく電話に出る。


「もしもし?」

「もしもし優吾?」

「春夏か。どうしたんだ?」

 スマホをスピーカー設定にして隣に置く。こうすれば俺が課題をしていようとも春夏の声がちゃんと届くようになる。

「ねえ、優吾。今課題やってるの?」

「ああ。そうだけど?それがどうかしたか?」

「私もちょうど課題をしているの。けれど先生から出された漢文が分からなくて…」

 電話の向こうから春夏が困った表情を浮かべているのが頭に浮かんだ。

「分かった。じゃあ一緒に課題をしよう。」

 俺がそう言うと春夏が明るい声で

「ありがとう」

 と言った。


「どんな漢文が分からないんだ?」

「待って。今から写真で送るね。」

 少し経って送られてきた問題に目を通す。そこには「死諸葛走生仲達」と書かれているプリントが写されていた。なるほど、「十八史略」から問題が出されたのか。

「この問題を書き下し文にして口語訳しなさいって。」

 春夏が困り果てたような口調で言う。幸い、漢文はそこそこ得意だった。

「書き下すと死せる諸葛生ける仲達を走らすだな。」

「やっぱり優吾は凄いね!天才だね!」

 春夏が電話の向こうで感嘆の声を漏らす。春夏に褒められたことで俺は有頂天になっていた。

「口語訳すると、「死んだ諸葛が生ける仲達を逃げさせた」になる。」

「ありがとう!優吾のおかげで課題が終わったよ!」

 春夏が電話の向こうで喜ぶが、俺には彼女と一緒に喜ぶ暇がなかった。何故ならば課題が半分しか終わっていなかったからだ。


「俺はまだまだ終わらないけどな。」

 俺がため息混じりに愚痴を零すと春夏は

「優吾の学校は大変だもんね。だからあれ程私と同じ学校に行こうと行ったのに…」

 と少しむくれているみたいだ。

「やっぱりそうだったよな。今では後悔しているよ。」

「じゃあ、私の学校に転校してきなよ。」

 春夏が至って真面目な口調でそう言った。俺は少し驚いて首を横に振る。

「もう俺たち高3だぜ?いくらなんでももう無理だよ。」

「私、本気で優吾と一緒に学校に行きたかった。だったらまた優吾と仲良く出来たのに…」

 春夏が今にも消え入りそうな声を漏らす。俺はどうしていいか分からずに

「なんでだよ。今だって仲良いじゃないか。」

 と言ってしまう。


「でも私は優吾と一緒に勉強したかったの。だって3歳の頃から優吾と一緒なのよ?付き合いが1番長いのよ。」

 確かに春夏の言う通りだ。友人達の中で1番付き合いが長いのは春夏なのだから。

「だからSNSで沙友理と仲良さげに話しているのが許せない。同じ学校の友達と一緒に帰っているのが許せない。優吾と1番付き合いが長いのは私なのに…。優吾のことを誰よりも知っているのは私なのに。」

 春夏が普段よりもワントーン程低い声で言った。

「どいつもこいつもせいぜい数年程度の仲じゃない。それなのにみんな優吾に慣れ慣れし過ぎるのよ。優吾に慣れ慣れしくしていいのは私だけなのに…!」

 どうやら春夏の様子がおかしいみたいだ。俺は何とも言えない違和感を感じながら

「ごめん。ちょっと風呂に入ってくるから。」

 と言って電話を切った。ふと京平の言っていた「ヤンデレには気を付けろ」という言葉が脳裏を過ぎる。


「まさかな…。」

 春夏がまさかのヤンデレなんてことは有り得ないだろう。





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