落陽色の獣

こむらさき

落陽色の髪と白銀の夜

 蝋燭の火じゃなくて、轟々と燃えさかる大きな炎みたいに揺れる、彼のゆるく波打つ長い赤髪が大好きだった。


「あなたの真っ赤な髪、すごく好き」


 熱した銅みたいな赤みを帯びた艶やかな肌には、ところどころ裂かれたような形の隆起した傷痕がある。


「それにこの傷痕も、わたしと違うきれいな赤銅色をした肌も」


 他の人は、それを恐ろしいとか、気持ち悪いと思うかもしれないけれど、わたしにとっては、その傷痕の一つ一つすら愛おしい。

 だって、この傷は、出会った時にわたしを守ってくれたように、誰かを守る為についたものだと思うから。


「カヤール……もう戻ってもいいか?」


 わたしが頬ずりをしていると、彼の遠慮がちな声がそっと耳元で響く。

 ぴったりと厚い胸元に当てていた顔を離すと、彼の髪の毛よりも鮮やかな紅玉ルビーに似た瞳がじっとこちらを見つめていた。


「もちろん。あなたの本当の姿も好きだもの」


 彼は低く喉を鳴らすと、わたしの肩に顎を乗せて金色の髪に鼻先を埋める。

 少し硬めの髪の毛を撫でてあげると、ふっとつり上がった目を細めて彼が目を閉じた。


「本当に、変わったやつだな」


 溜め息交じりにそう呟いた彼の腰まで伸びた髪は、ゆっくりと伸びていき、体を覆っていく。

 全身が赤銅色の毛に覆われると黒い爪が鋭く変化する。肩に乗せられている顎の鋭さは失われる代わりに、鼻先が伸びていく様子は何度見ても興味深い。

 あっと言う間に、わたしの前にいた精悍な男性は巨大な狼の姿へと変化した。

 わたしの髪の毛に鼻先を埋めたまま、彼はもう一度「ぐるる」と喉を鳴らす。


「ヤフタレク、あなたを怖いと思ったことなんて一度も無いわ」


「……最初は怖がっていたようだが?」


 彼の首元を抱きしめながらそういうと、人間の姿の時と変わらない真紅の瞳で彼はわたしを見てふふんと意地悪そうに笑った。

 わたしの掌くらいはありそうな大きな鋭い牙が見えるけれど全然怖くない。この牙がわたしに向けられることは絶対にないと知っているから。


「あれは……びっくりしただけよ」


 そういって頬を膨らませると、彼が髪の中から鼻先を抜いて、顔を離す。それから大きくて分厚い舌でわたしの頬をべろりと舐めた。


「そういうことにしておこう」


 額を押し付けられて、そのまま寝具に押し倒される。

 仰向けに倒れたわたしの上に、狼の姿をしたままの彼がのしかかってきて、濡れた鼻先をわたしの首筋にゆっくりと押し付けた。

 くすぐったくて、体を捩るわたしの髪に、彼は再び鼻先を差し込んできて、深く息を吸い込む。

 さわさわと硬い手触りの毛皮が揺れて、骨に覆われていない腹部が収縮を繰り返している。

 分厚くてやわらかな耳に触れて、そのまま彼の顎の下まで手を滑らせていく。

 蝋燭の火じゃなくて、轟々と燃えさかる大きな炎みたいに揺れる、彼のゆるく波打つ長い髪は、大きな狼この姿になっても本質的な美しさは損なわれない。

 窓から差し込んでいる銀色の月が雲で隠されて、部屋は夜の闇で満たされる。ひそひそと妖精達の囁くような声が聞こえてくる中で、わたしは目の前で黙っている彼のマズルを両手で包むようにして鼻先にそっと口付けをした。


「愛してるわ、ヤフタレク。ずっとずっと」


「……俺も君を愛しているよ」


 月が再び暗雲から顔を出すと同時に、彼が再び人間の姿へと戻っていく。そのまま彼はわたしの首筋をそっと甘噛みをして、それからついばむような口付けをわたしの身体中に落としていく。


「……わざわざ変化しなくてもいいのに」


「この姿なら、君を傷付ける心配が少ない」


「少しくらい傷付いても……あなたとお揃いになれるのなら悪くはないのだけれど」


「やっぱり、君は変わったやつだな。それでも……わざわざ傷付く必要なんて無い」


 笑いながら、額と額をくっ付け合う。狼の姿をした彼も、こうしてわたしを気遣って変化した人間の姿の彼もどちらも愛おしい。

 深く口付けをして、それからわたしたちは体温を重ね合う。

 わたしを組み敷く赤銅色の肌やたくましい腕も、わたしを見つめてくる熱っぽい瞳も、彼が動く度に揺れてわたしの肌を撫でる波打つ炎の色をした髪も、わたしを大切にしてくれる彼の性格も全部が愛おしい。


「君の太陽の光から紡いだような金色の髪も、雪みたいに真っ白な肌も、夏に生い茂る青々とした木々の葉に似た瞳も、俺を怖がらない変わったところも全部全部愛してる」


 彼もわたしと同じようなことを思っていると知って、幸せに満たされた気持ちになりながら、わたしたちは太陽が昇るまで愛し合った。

 これからもずっとずっとこの幸せが続くと信じながら。

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落陽色の獣 こむらさき @violetsnake206

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