02 裸のヴィーナス


「殿下!」

「人払いをしろ、誰も入れるな」

「はっ」

 バタンと音がして、どこかの部屋に入った。

 ソファに下ろされてやれやれと目を上げる。

 まだ頭が痛い。それに視界が悪いし、身体が重くてうまく動けない。

 梨奈を運んできた金髪男を見ると、どういうわけか宙を見て呆然と突っ立っていた。


「ちょっと、ファスナーを下して下さいませんかー」

 こんなピンクの髪も大きな胸も梨奈のものではない。

 これは着ぐるみだ。絶対着ぐるみだ。梨奈は決めつけた。

 とにかく早く着ぐるみを脱ぎたい。


「え……??」

 まだ呆然とする男を急かす。頭が痛いし身体が重いし、ブツブツ言う声がとても五月蝿くてまともに話も出来ないのだ。

「これは、着ぐるみなの。早くファスナーを下ろして!」

 そう、きっと自分は着ぐるみを着せられているんだ。ピンクの頭に胸の大きな男爵令嬢の役の着ぐるみだ。


 梨奈はソファから立ち上がって男の前に行き、後ろ頭を手探りで掻き分けて探す。そして目的のものを見つけた。

「これよ!」

 手に当たった四角い金属を引っ張って、男に見せる。

「これか? 下ろせばいいんだな」

 男は梨奈に確かめると、力いっぱいその金属を引き下ろした。

 ばさりと床にドレスと髪のピンク色が広がる。



「ふう……」



 梨奈は息を吐き、ゆっくりと首を振り上げた。

 栗色の髪が、彼女の顔を追うように、弧を描いてゆっくりと背中に落ちて行く。


 つんとした鼻、形の良い唇、顎から喉への美しい横顔が、形の良い胸につながってゆく。アラバスターのような白く滑らかな肌。


 もう一度、フルフルと顔を横に振ると、しなやかな栗色の髪がさらさらと白い背中で揺れた。



 ふと傍に立っている男を見上げる。

 金髪のイケメン男はじっと彼女を見ていた。

 頭の天辺からつま先まで何度も視線が往復する。

 梨奈の視線に気が付いて、彼は顔を真っ赤に染め、手で口を覆って横を向いた。


(ええと……)

 男が文句を言うかと思ったが、この反応は予想外であった。

(一体……? え……!?)

 何かスースーする。梨奈は自分の身体に目を落とした。



 何と! 着ぐるみを脱ぐと、下には全然全く何も着ていなかった!!

 ショーツも、ブラも、何にも──。

 素っ裸! という言葉が、梨奈の頭の中をぐるぐる回る。しかも目の前の男に全部見られていた。顔が何度も自分を上下したのだ。一体、何往復見たのか。


「きゃああぁぁぁーーー!!」

 梨奈は盛大な悲鳴を上げて、足元にある着ぐるみに蹲った。胸元まで着ぐるみを引っ張り上げて男を睨む。


「何、見てんのよぉぉーーー!! バカ、エッチ、チカン!!!!!!」

 男は慌てて自分の騎士服の上着を脱いで、梨奈に着せかけた。男の着ていた服の暖かい空気と纏っていた香りがふうわりと梨奈を包み込んで、なおさら居たたまれなかった。



 男はコホンとわざとらしく咳払いをして仕切り直した。

「君は誰だ? どこから来たんだ?」

 どこからどう見ても、ヒーローポジションの、背が高くてスタイル抜群でイケメンだけど、まだ大人になりきっていない青年だ。


 サラサラの金色の前髪を額に流し、長い髪を後ろに緩くリボンで括っている。きりっとした眉に切れ長の透き通るような青い瞳が、きつく睨むように向けられる。


 とてもバカ王子には見えないけれど、バカ王子なのだろうか。このピンクの髪の女に誑かされるなんてバカ王子に決まっているが。


 部屋の中に二人っきり。王子は人払いをしたようで誰もいない。大広間に取り巻きがいたようだがどうしたんだろう。すぐ外にいるんだろうか。

 婚約破棄をするバカ王子とヒロイン役のアホの私とか最悪のメンツだ。今すぐ逃げ出したい。しかし、全く知らない場所にいて、着る物も何もない素っ裸とか、逃げるに逃げられない。ざまぁがあればバカ王子と一蓮托生とか泣きたい。


 しかも、梨奈の責任ではないけれど、状況は真っ黒だった。梨奈がこの着ぐるみを操っていたと思われても仕方がない状況なのだ。

 取り繕っても始まらない、事実を簡潔に告げるのだ。彼とは一連托生なのだから。

 梨奈は腹を括った。



「私は梨奈。多分、異世界から来たの」

「リナ……? 君はマリアじゃないのか? 異世界……?」

 立て続けに聞かれたがそれ以上は分からない。

 何があったのか、自分はどうしてこんな所にいるのか。


「あなたは誰なの? ここは何処? ここは私の住んでいた世界じゃないわ、私は元の世界に帰れるの?」

 額に手をやって考え込むイケメンに聞く。男は驚いたように梨奈を見た。

「これは失礼をした。私はこのノイジードル王国の第一王子クリスティアン・ノリス・フォン・クライングラットだ」

 綺麗に挨拶をしてよこした彼は、紛れもなく王子様であった。


「ここはノイジードル王国、王都イルミッツ。多分、今はイルミッツ王立貴族学校の卒業式後のパーティが行われていたんじゃないかな」


 しかし、梨奈はノイジードル王国という国の名を聞いたことがない。やはり異世界に来てしまったのだろうか?

 異世界とか話の中の世界で現実とはとても思えない。まだ夢かもしれないとか、目が覚めたら元の世界に戻っているんじゃないか、とか思った。

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