第36話 現実を見据える時

俺は十徳ナイフ──【魔力剣ソード】を振りかぶり、ツバメへと迫る。


「クッ──させませんっ!!!」


ツバメは再び夢幻むげんの力で俺の前に魔王を作り出す。魔王はその愛剣──魔剣ヘルシングを掲げ、俺の前へと立ちはだかる、が。




「フ──ッ」




魔剣を弾くのに一閃、そして胴体に一閃、横をすり抜けざまに首を落とすのに一閃。


「なっ……!?」


「浜百合──ツバメェェェェェ──ッ!!!」


「がぁ──ッ!?」


俺は魔力剣の三振りで瞬殺した魔王の幻を尻目に、ツバメを地上へと向けて思い切り蹴り落とした。


隕石でも落ちるかのような激突音が地上から響く。俺たちの下にあったのは見渡す限り草原の丘陵地帯。そこに土煙が舞い上がったかと思うと、大きなクレーターが出来上がっていた。


俺もまたその側へと降りる。


「──浜百合ツバメ、夢幻むげんを意のままに操るあんたのことだ……まだ死んじゃいないだろ?」


──ダッ、と。俺の言葉に応じるように、土煙の中からいくつもの幻が俺へと迫ってくる。


魔王、四天王、大地神、そしてシルヴィエ。その他にも、現代で戦った太陽神、韓国の暗殺者たち、ジャーマノイド、自衛隊車両、デルタフォース、方丈ほうじょうら超能力者たち、オスプレイに乗ってきた死刑囚3人組。


「──【魔力剣ソード】」


俺は左手にも剣を握る。雨あられのように降り注ぐ攻撃をいなし、かわし、反撃し、俺めがけて集結した幻たちを一点へと誘い込み──俺自身は【時間遅延タイム・ディセラレーション】を使い上手いことその場から抜け出した。


──左手に持っていた魔力剣をその中心の地面へと突き刺し、残して。


「【魔障壁バリア】」


幻たちを全てまとめて、ひとつの大きな球状の魔障壁で囲って内側へと閉じ込める。


「【極大爆発エクスプロージョン】」


魔障壁の内側に残された魔力剣を起点として大爆発が起こる。爆発で引き起こされる衝撃波は魔障壁によって跳ね返り、内側に存在する全てを破壊し、塵に還した。




──再び、その場に残ったのは俺と、あぜんとして体を震わせるツバメのふたりだけ。




「ウソ……ウソ、なんでこんなに、容易く……!」


「浜百合ツバメ、あんたの作り出す幻が弱いんだよ。俺が実際に戦った魔王や、ジャーマノイドたちは……もっと強かった」


「な、なんで……!」


「それはあんたが、ずっと【観てる側】の人間なだけだったからだよ」


俺は断言する。


「俺が実際に戦って感じた敵への強さを、あんたは知らない。本物そっくりの幻を生み出そうにも、その強さがどういったものなのか……その本質に対する想像力が絶対的に足りていないんだ」


「……!」


「夢や幻じゃ、俺のことは倒せない。分かったろ──投降して罪を償え、浜百合ツバメ!」


「くっ……こんなところで、私の悲願を諦めてたまるものですかッ!!!」


ツバメは性懲りもなく、魔王らを再び生み出した。そして今度は、俺の持つ魔力剣と瓜二つのものをその手に握り、自ら斬りかかってくる。


「私はねぇ……! 私が赤子の頃から……あの現代で眠りに落ちた後の夢の中で、この異世界を生きていたんですッ!」


ツバメが剣を振るいながら、訴えかけるように言ってくる。


「ずっとずっと、どちらの世界に居る私が本当の私なのかが曖昧だった! でも、物心がついたある時に気が付いたんです。異世界に居る私を、異世界の生命は認識してくれないって。私という実体はこの現代にあるんだ、って」


「……」


「絶望しましたよ……私をひとつの研究材料としてしか見ていない祖父だけが身内の、地下深くの鉄箱に閉じ込められて日々を過ごすしかない、あの悪夢のような現代が私の現実なんだと知って!」


俺めがけて振り下ろされるツバメの魔力剣。しかしそれは俺の魔力剣に弾かれると、紫の破片に砕け散った。


「──まだですッ!!!」


「ッ!!!」


ツバメが叫び、その手に魔力を込め──俺の使う【大爆発エクスプロージョン】、それを夢幻むげんの力で再現した。近距離で使ったがために、ツバメは俺を吹き飛ばすと同時に、その爆発の威力で自らも吹き飛んだ。


「くっ……」


俺は立ち上がる。さすがに今のは不意を突かれた……が、体をしっかりと魔力で覆っていたためダメージはない。それはツバメも同様のようだった。


「……丸山くんなら、この気持ちを分かってくれるかもと思っていました」


ツバメがボソリと、言葉を続ける。


「あなたも私と同じ、異世界から帰ってきて、誰も同じ境遇のいない孤独な人間だったじゃないですか……。だから理解できるはず。誰も同じ境遇のいない、取り返しのつかないこの現実あくむに別れを告げ、新しい夢幻げんじつへと再出発するという……唯一の希望を」


「再出発……?」


「そう! 私はあの現代に生まれたその時からもう取り返しなんて何ひとつつかない人生だった! なら、私の再出発の努力は……認められるべきだと思いませんかッ!?」




「──思わないッ!!!」




俺は断言する。


「人の不幸を踏み台にする努力なんて認められるかよ! さっきからあんたが言ってる言葉は、ぜんぶ自己中丸出しの言い訳ばかりだッ!!!」


「言い訳……!? 言うに事を欠いて、言い訳なんてあまりに酷い──」


「酷いのはあんたの理屈だろうがッ!!!」


俺は叫んだ。


「『わかのいない世界で生きるのは辛いだろうし、私が殺してあげます』? 自分でわかを傷つけておいた挙句、『立つ鳥跡を濁さず』だぁっ? 自分で汚したものを自分で片付けようとしてるのを、もっともらしく『俺のために』なんて装飾しやがって! これが自分勝手じゃなくてなんなんだッ!」


それだけじゃない。


「『あなたの魂を背負って異世界に復讐し、無念を晴らす』とかも言ってたよな、ふざけんな! 勝手に俺が望みもしてない復讐代行気取ってんじゃねーよッ! あんたは、異世界に来るための理由付けに俺の不幸を利用してるに過ぎない!」


「ち、違うッ! それは、本当に私が丸山くんのことを想っていたから──」


「それが余計な世話だと言ってんだろうがッ!」


そう言葉を叩きつけると、ツバメはグッと押し黙った。


「俺は……そんな風に自分の犯した罪、これから犯すであろう罪の全てを、言い訳で包み込んで美化した再出発の努力なんて、絶対に認めない」


「……そ、そんなこと……」


「なあ、浜百合ツバメ。もうここはあんたが望んだ異世界なんだぞ? いったいいつまで自分自身さえも騙し込む、その夢幻ゆめまぼろしの世界に溺れてるつもりなんだ……?」


「……!」


「そのまま、偽りだらけの行動理由で、この異世界を支配して……それであんたの悲願とやらは達成できるのか?」


ツバメは大きく肩を跳ねさせた。その額に大量の冷や汗を浮かべている。


「私、私は……」


ツバメは唇を、血が出るほどに噛み締めて、


「それでも……もう異世界ここから始める以外に道が無かったんですッ!」


再びその手に魔力剣を握りしめ、俺へと振りかざす。俺はそれを容易く弾いて──そのツバメの首の間近へと、魔力剣を当てた。


「──ッ!!!」


「……勝負は着いた。投降しろ、浜百合ツバメ」


「……どうして、剣を止めるのですか? ひと息に首を刎ねればいいではないですか……私が憎いでしょう? わかさんを害した、私のことが」


「……ああ、憎い。でも、あんたを殺してもわかが救われるわけじゃない。それこそ無駄なことだ」


「無駄……ふふっ、私にはもう、丸山くんに殺されるほどの価値もないと……そういうわけですか」


ツバメは力なくそう言うや……その場にへたり込んだ。


「ねぇ、丸山くん……じゃあ、私はどうしたら良かったっていうんですか……孤独なあの現代で、どうするのが正解だったって言うんですか……」


「……さあ、知らないよ。本当に再出発したいなら勝手にすればいいさ、この異世界で。でも……本当にその必要があったのか、俺にはぜんぜん分からないけど」


「……?」


「なあ、浜百合ツバメ……いや、ツバメ先生。この現代は、あなたにとって本当に辛いだけの現実だったんですか?」


俺の問いかけに、ツバメはその真意を探るように押し黙ったままだった。かつての恩師のその姿に……どうしようもない、居たたまれない気持ちが胸を締め付けた。


俺は小さく息を吐き出して、気持ちを落ち着けると……そのまま言葉を続ける。


「きっと辛いこと、取り返しのつかないことはたくさん、数え切れないほどあったんだと思います。でも、それでも僅かにでも楽しいことはなかったんですか?」


「……それは」


「教えてくださいよ、ツバメ先生。あなたの学校での1カ月間は、俺に見せてくれたツバメ先生のあの笑顔は……その全てが嘘で塗り固められた夢幻ゆめまぼろしだったんですか?」


「……それは……!」


ツバメは苦しそうに胸を押さえながら……俯いた。


「ツバメ先生……あなたは、過去に体験した辛い出来事に囚われ続けて、異世界にしか救いがないと思い込んで、今の自分自身が置かれている状況を見ることができてないだけなんじゃないですか……?」


「……そんなことっ」


「少なくとも俺には……ツバメ先生が、多くの生徒・教員たちに囲まれて楽しい人生を送っている、まぶしい人に見えていましたよ」


「……!」


そうだ。俺は憧れていた。ツバメ先生に。


それはもちろん恋愛とかそういうものじゃなくて、人として。俺みたいな困っている生徒に優しく声をかけてくれて、たくさんの人に囲まれて、愛されて、笑顔を振りまく彼女を敬愛していた。




「──ツバメ先生はもう、再出発できていたんじゃないですか……? あの現代世界で、先生として。だから、異世界で再出発する必要なんてどこにもなかったんじゃないですか……?」




俺の言葉に……ツバメ先生の瞳から大粒の涙がこぼれた。


「……私は……楽しそうにしていましたか?」


「はい」


「……愛されていましたか?」


「もちろん」


「フ──フフ……アハハハ……──っ」


ツバメ先生はその場の地面に倒れるように額を着けて……そのまま泣き崩れた。


「そんなの……そんなの……今さら、遅すぎますよぉ……っ」


嗚咽を漏らすそのツバメの背中から、淡い暖色のオーラが立ち昇る。それは人の形を模していき……




──夢幻むげんの神が具現化しかかっていた。




神格S。この世界最強の一角のその存在が俺をにらみつけている。


「……」


恐らく、ツバメの意志ではない。彼女の精神が大きく揺さぶられたことに反応して、器である彼女を守るために神が自らを発現したのだろう。


〔…………〕


夢幻むげんの神はその大きな片方の手のひらを、俺を包み込もうと伸ばしてくる。それに囚われたらどうなるのか、この世界で経験したことのあるやつなど居ようも無いので、知る由もない。


ただ、俺は……同じく片手を伸ばして、夢幻むげんの神のその片手を握りつぶさんばかりに掴んだ。




「──失せろ、夢幻むげん。今は現実を見据える時間だ」




体の内の魔力を最大解放してにらみ返すと……具現化しかかっていた神は、そのまま何をすることもなく、ただ崩れるように霧散していった。




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今日は連続であと2話更新します。

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