第34話 私と一緒に魔王になりませんか

「よくここまで来てくれましたね。私、嬉しいです」


ツバメは俺に微笑みかけながら、マシンの前を離れて俺の元までやってくる。


「……わかはどこだっ?」


「むぅ……第一声がそれですか? さすがに先生、嫉妬しちゃいますよ~?」


わかはどこに居るって聞いてるんだッ! 浜百合ツバメッ!」


「もう、せっかちですねぇ」


ツバメは大きく肩を竦めて見せると、真後ろを振り返ってマシンを指差した。


「あの中です」


「……機械のッ! わかぁぁぁッ!!!」


俺は床を強く踏みしめて跳んだ。ツバメの頭上を通り越して、ひと息でその機械の元へ。




「──あ、ダメですよ? 無理やりわかさんを取り出そうとしたりしちゃ」




ツバメがそう言った直後のことだった。


「っ!?」


俺の体が紫色の炎に包まれ、空中で止められた。炎で象られた拳が俺を握りしめているのだ。


「いいですか、丸山くん。あのマシンはわかさんをコアとすることでひと部屋サイズにミニマム化した核分裂炉なんです。すでに稼働済ですし、乱暴に扱うとメルトダウンしてしまうかもしれませんよ?」


「……ッ!」


ツバメがマシンの説明をしているが、今はそれどころじゃない。俺を蝕もうとしてくる炎に抗うので精一杯だ。


無論、ただの炎であれば魔力でガードすれば俺はノーダメージでいられる。しかし、いま俺の体を握りしめるようにまとわりつく禍々しい紫炎しえん、それはただの炎では決してない──


「──ハァァァッ!!!」


体の中の魔力を練り上げ、ひと息に体の外へと全身から膨大な魔力を放出し、俺は体を覆っていたその紫炎をかき消した。


「はぁっ、はぁっ……」


「さすがは丸山くん。一度攻略した敵の攻撃を二度はまともに喰らいませんね?」


「なんで……あんたが【魔王の使っていた魔法】を……!?」


「まずは、落ち着いてゆっくりお話をしましょう? そのために私は異世界に向かわずに丸山くんを待っていたのですから」


「……話? 俺を、待っていた?」


「はい」


ツバメはニッコリと微笑んだ。


「丸山くん……異世界で、私と一緒に魔王になりませんか?」


「……はっ?」


思わず、俺は口をポカンと開けた。


「異世界で、いっしょに魔王に……?」


「ええ。あの異世界、酷い異世界だったとは思いませんか? 魔王を討伐し世界を救った丸山くんを【迫害】するだなんて」


「……!」


ツバメは全てを見通すかのような瞳を俺に向ける。


……やはり、浜百合ツバメは全てを知っているのか。異世界で俺の身に起こった全てのことを。


「異世界においてあなたの唯一の仲間であり、しかしその実で魔王の娘であったシルヴィエを庇い逃がしたことで……丸山くんは平穏を取り戻した異世界の人々、ほとんどすべてから反逆者の扱いを受けてしまい……こちらの現代へと戻って来ざるを得なかった」


「……そうだ」


「魔王を倒したのは事実なのに……罪深き移り気な世間の声により、世界を救った英雄から一転して疑惑の勇者というレッテルを貼られてしまった。酷い話です」


ツバメは心底腹立たしそうに吐き棄てる。


「そんな異世界に平穏を享受する資格はあるのでしょうか……いや、ありません。ないはずです。丸山くんもそう思うでしょう?」


「俺は……」


「異世界に行きましょう? そして、私と一緒に再び魔王を誕生させるのです。丸山くんを認めなかったあの異世界に報復するために。魔王による支配、その地獄を再現してやりましょうよ」


ツバメはそう言うと……その体から紫色の魔力を放ち始め、それがツバメの隣に、大きな人型を造っていく。それは次第に体の細部を象っていき、その姿は──


「……! ま、魔王……っ!?」


「はい。懐かしいですか?」


ツバメの隣に立っていたのは、俺が異世界で最後に戦った敵……魔王そのものだった。


「これだけじゃありませんよ?」


ツバメの体から絶えず出続ける魔力はツバメの周りへとどんどんと人型を造っていく。それは魔王軍四天王の音速鳥人、ダークエルフ、暗黒騎士、ドラゴンたちだ。


「私はね、丸山くん……異世界の神が一柱、【夢幻むげんの神】と感覚を共有する異能力者なんです。この神は夢と幻を司るモノ。世界に幻覚をかけることのできる存在。死んだ者もその幻の中では生き返り、夢と現実をごちゃ混ぜにした世界で生き続けます。その神格はもちろん──S」


「……!」


神格S──それは、俺が戦ったことの無い領域の神だった。世界の根本に関わる現象を司る神であり、通常は生命が抗うことなんて考えられない……それほどの存在。


「さあ、魔王になる準備は済んでいます。そして異世界へと再出発を果たすためのゲート──ワームホールもこの通り」


ツバメが指を鳴らすと、暗かったツバメの背後にブラックライトのような青色の照明が当てられる。


「……渦っ!?」


照明の光が歪曲して、ツバメの後ろの空間へと飲み込まれていっていた。


「ワームホールですよ。もうあのあなは異世界へと通じています。それゆえに、私の異能力である【夢幻と私の赤い糸ファンタジー・フェイト】は完全なものとなっているのです。今の私は夢幻の神の能力を十全に振るうことができる」


ツバメは俺に微笑みかける。


「私と戦っても丸山くんに勝ち目はありません。だから……異世界で一緒に魔王をやりましょう?」


「断る」


俺は即答した。


「確かにあの異世界の人々が俺にしたことを……俺は今でも恨んでいるよ。許せない。でも、だからといって異世界に帰って魔王になる? お断りだね」


「それはどうしてですか?」




「そんなの──こっちの世界で、わかといっしょに過ごした方が億倍楽しいからに決まってる!」




俺がそう言い切ると、ツバメは少し呆気に取られたように目を見開いて……


「……ふふっ、そうですか。でも丸山くんらしいですね。そこまでわかさんに惹かれるというのは予想外ではありましたが」


不敵に、微笑んだ。


「いいでしょう。断られること自体は予想の範囲内です。それならそれで憧れの丸山くんと戦って打ち倒せるという夢が叶います」


「……最後にもう一度言う。わかを解放しろ。そして、大人しくこれまで犯した罪を償ってくれ」


「……いいえ、それはできない相談です。それに、わかさんは手遅れですよ。核分裂炉のコアとなり、ワームホールを開いた瞬間からもう──」


「……!」


「だから、立つ鳥跡を濁さず……というやつです。丸山くん、あなたのことを殺してあげます。わかさんを救えなかった世界で生きるのは……辛いでしょう?」


ツバメが淡い暖色の魔力を身にまとったかと思うと、宙へと浮いた。その周りを囲うように、夢幻によって生み出された魔王、そして四天王たちも浮かび上がり──俺へと各々の武器を向ける。


「最終決戦です、丸山くん……さようなら」

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