第25話 若の超能力

わかが旧施設の最奥の扉を開く。


「……!」


その先にあった部屋はSFチックなものだった。


広く、壁と床は白いタイル状。天井も数十メートルはあろうかというほどに高い。その奥に見えるのは一台数メートルはあるだろう巨大な黒のサーバー群。


そして、それだけではない。




「──ああ、ようやく来たね。丸山 コウくん、それに石神 わか。待ちくたびれていたよ」




ひとりの長髪の若い男が中央で安楽椅子に座ってこちらを見ていた。


「君たちがここに来るだろうことは分かっていた」


「……方丈ほうじょうっ! 先客が居るとは思っていたけれど、まさかあなただったとはね……!」


方丈ほうじょうと呼ばれたその男は、わかの声に眉ひとつ動かさない。


わか、アイツはいったい……?」


「あの人は方丈ほうじょうJAS.Labジャス・ラボに所属する研究員のひとりで……私の能力の研究を主担当でもあるわ」


わかの研究の……!」


ユラリ、方丈ほうじょうが安楽椅子から立ち上がる。


「しばしの自由を得て満足できた頃合いだろう、わか? そろそろJAS.Labジャス・ラボに帰ってくる気になったかい?」


「まさか」


フン、と。鼻で笑った。


JAS.Labジャス・ラボになんて二度と戻る気はない。今戻ったらきっと、あなたたちは永久機関の一部として私を使うんでしょう? そんな死に方ゴメンだわ」


「そうかもな。だとしても……もう少し考えて判断してほしいものだ」


方丈は肩をすくめてみせる。


「なにせ、君の選択には【世界の命運】がかかっている。このまま君が他国の手に渡ったり、君が君自身の能力を制御できなくなったなら……この世界は滅びるかもしれないのだから」


「……っ!」


方丈ほうじょうの言葉に、わかは息を飲んだ。


……それにしても、世界が滅びるかもしれない、か。それは昨日、ジャーマノイドも言っていたことだった。


「……私は、私の能力のことを知らないわ」


ややあって静かに、わかは口を開く。


「であれば、能力は発現しないはずよ。そうすれば制御不能に陥ることもない! そして他国の手からは……コウくんが守ってくれるもの。私は決して世界を滅ぼしたりしない!」


「……だな。その通りだ」


俺の手を握ってくるわかのその手を、俺もまた握り返す。


方丈ほうじょう、俺たちはアンタらの思い通りにはならない」


「そういうこと。だからそこをどきなさい。私たちにはやることがあるの」


俺とわかの言葉に方丈ほうじょうは……しかし、表情ひとつ変えはしない。そして口を開くと、




「──【Uraniumizationウラニウミゼーション】。それがわか、お前の能力名だよ」




方丈ほうじょうはまるで何気ない言葉のように言う。


「……!」


「その能力は、原子力発電や核兵器開発に必要な資源であるウランの操作・再生成が可能、というものだ。

 具体的にはウランの核分裂スピードの制御、そして核分裂によって生まれるプルトニウムや核廃棄物などの使用済み燃料を【未使用のウラン燃料に再生成】することができる」


唖然とする俺たちを意に介さず、方丈ほうじょうは言葉を続ける。


「特筆すべきなのは、その能力によってウラン資源の永久的な使い回しが可能ということ、そして本来核廃棄物になるはずの使用済み燃料から希少な【ウラン235】も抽出できてしまうということだ。

 【ウラン238】よりはるかに核分裂の起きやすい【ウラン235】は発電・兵器化において貴重かつ重要、それを自前で生成できるわかはどの国にとっても喉から手が出るほど欲しい人材──」


「──待て待て、待てよッ!!!」


俺は、壊れた人形のように喋り出した方丈ほうじょうを大声を出して無理やり止めた。原子力とか、ウランとか、そんなのはどうでもいい。ただ、


「なんで今、それを俺たちに教えた……!? わかが超能力を自覚すれば、使えるようになれば、世界が滅びるかもと言ったのはお前だろうが……!」


「そうだな。だが、わかの超能力の研究を重ねてきた我々JAS.Labジャス・ラボであれば安全に保護が可能だ。後は……分かるだろ?」


「……! クズがッ! 自分たちの手元にわかを置くためにかよ……!」


……わかにあえて超能力を自覚させ、その能力の危険さゆえに、わかに自らの意思でJAS.Labジャス・ラボに帰還させようという魂胆なわけだ。


わか、頭の良い君なら理解できるだろ? 自分の超能力がどれだけ破格のものなのかということ、そして君の研究が不足している他国に使われてしまえばどれだけの被害が出るのかということくらい。それとも、僕の言うことがウソだと思うかい?」


「……」


方丈ほうじょうの問いに、わかは張り詰めた表情で、静かに長く息を吐く。


「……いいえ。私の能力があなたの言う【Uraniumizationウラニウミゼーション】だとかいうものなら、昨日のジャーマノイドのおかしな行動も頷ける」


「ジャーマノイドのおかしな行動……?」


「彼が私を即座に殺さなかったことについてよ」


「……あっ」


……確かに、思い返してみればヤツの行動は変だった。


わかを抹殺すべきと言っていた割には、わざわざ人気のない場所まで連れ去って、上空から墜落死させるなんて回りくどいマネをしようとしていたのだから。


「ジャーマノイドはおそらく……私が死の直前に能力を暴発させ、周囲に放射能をバラまくんじゃないかと考えていたのね。それで、人への影響が比較的少ないだろう土地を選び、私に対しての直接攻撃を避けた……」


「ああ、そうなのだろう。まあ、実際はわかはウラン自体を無から生み出すことはできないのだから、放射能をまき散らすなんてことにはならないが……ジャーマノイドの所属国ドイツは、わかが実現する永久機関がウランに関係するものだという情報だけは掴んでいたようだったからな。安全を期したのだろう」


方丈ほうじょうはほくそ笑む。


「いやぁ、しかし。メキシコ、韓国、EU、日本政府などなど……様々な刺客に遭ってなお、ここまで無事にたどり着いてくれて本当にありがとう、わか。おかげで世界は救われたよ」


「……」


「そして丸山コウくん、君にも感謝だ」


方丈ほうじょうは嘘臭い笑みを俺に向ける。


「君が他国から刺客を次々に退けてくれたおかげでわかを無事に保護することができた」


「……おい、何を勝手に決めてんだよ」


「ん? 何がかな?」


「勝手にわかがお前らのとこに帰ると決めつけてんじゃねーって言ってんだよッ!」


「フッ……怒鳴るなよ、程度の低いチンピラのようだぞ? 異世界では勇者様だったんだろう? ならその身分にふさわしい振る舞いをすべきだ」


方丈ほうじょうはこちらの神経を逆なでにするような声音で言う。


「だいいち、我々の元に帰ってくるかどうかを決めるのはわかだろう? なあ、わか


「……」


「答えを聞こうじゃないか。JAS.Labジャス・ラボへと帰ってくるか、否か。……とはいえ、賢く優しい君のことだ。もう答えは決まっているだろう?」


方丈ほうじょうの問いに、わかは静かに目を閉じる。


「……ええ、そうね。私の超能力は【永久機関】という風聞の時でさえ全世界から狙われるものだった。なのに、それに加えて私自身が核兵器並みに危険な存在となってしまった……」


「そうだ。君は危険人物だ。君自身の意思かどうかに関わらず、君が1mmでもウランを保有しており、超能力の操作を誤ればその場に集う大勢の人間が死ぬ。優しい君は、そんな形で迷惑をかけたくはないだろう? 何よりも、そこに居る丸山コウくんには、特に」


「確かに……私はコウくんをそんな酷い能力の巻き添えにはしたくないわ」


「なら、決まりだな」


「ええ、決まりね」


わかの瞳に、決意の色が宿る。


わかっ! バカなこと考えるな!」


俺は、思わずわかの腕を掴んだ。


「コウくん……」


「言ったろっ!? 俺は、全世界を敵に回してでもわかの味方で居続けるって! どんな危険な目からも俺が絶対に助ける! だから……」


「……まったく。勘違いしないで、コウくん」


「えっ……?」


わかは小さく肩を竦めて、それから改めて方丈ほうじょうへと向き直った。




「──JAS.Labジャス・ラボに帰ってこい? お断りよ」




わかが断言する。


「いまこの私の隣に、超絶ステキな恋人のコウくんが居るっていうのに……それ以上の帰る場所が私にあると? そんなわけないでしょ」


「……本気か? 最悪、その恋人を巻き込んで殺すことになるかもしれないんだぞ?」


「学んだのよ。私が勝手に身を退いて自己犠牲を選択するのは簡単……でも、それじゃ誰も本当の幸せは手に入れられないって。本当に大事なのは信じること。自分自身と、自分の大切な人をね。私は絶対に自分の能力を暴走させたりなんてしない。そして──」


わかはそう言って、挑戦的に微笑みかけてくる。


「──コウくんは絶対に私を守ってくれる……そうでしょ?」


「当然ッ!!!」


わかのその言葉に、俺は思い切り頷いた。






==========


ここまでお読みいただきありがとうございます。


本日から小説のタイトルを少し(かなり?)変えました。

よろしくお願いいたします。


また、本作ドラゴンノベルズコンテスト参加中です。

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