第21話 勇者の七魔法《セブンス・アーク》

朝、俺が目を覚ました場所はホテルの一室だった。


……あれ? ホテル? 俺、いつの間にこんなとこに……。


一瞬、戸惑うが、しかしすぐに記憶は戻ってきた。


……そうだ、俺は昨日ジャーマノイドと戦って、それからわかの運転する軽トラに揺られて福島まで来たんだった。それでこのホテルの部屋をふたつ取って、それで──


「──わか……」


隣のベッドで、わかはグッスリと眠りに就いていた。


「……」


スゥスゥ、と。静かな寝息が聞こえる。


「よかった……」


本当によかった。ちゃんとすぐ側に居てくれて。


……わかのことだから、俺のダメージに責任感じて、俺のことを置いてひとりで行っちゃうかも……なんて思ってたからな。


「それにしても……」


「……」スゥ…スゥ…


「可愛い寝顔だな……」


思わず覗き込んでしまう。


まつ毛が長く、顔もすごく綺麗に整っているから、目を閉じて動かずにいるとまるで西洋人形のようだ。


「……この子が、俺の彼女なんだよな……?」


思わず、そんな風に現実を疑ってしまっていると、


「──いまさらね。恋人関係じゃなきゃあなたと同じ部屋で寝てないわよ」


「おわっ!?」


パッチリと、わかの目が開いた。


「お、起きてたの……!? いつから……?」


「あなたがベッドから体を起こした時くらいから」


「けっこう前!」


ということは、俺の独り言は何もかも、聞かれてしまっていたと……そういうわけだ。恥ずかし……くはないか。全部本音だし。


「まったく、コウくんは……」


わかは起き上がってベッドへと腰かける。


「乙女の寝顔を勝手に覗くなんて。恋人でも良くないわ」


「ご、ごめんなさい……」


「……まあ、【おあいこ】ってことにしておいてあげる」


「……? おあいこ?」


わかの言っている意味が分からず訊き返すが、「なんでもないわ」とはぐらかされてしまう。


「……そんなことよりも、体は大丈夫?」


「えっ?」


「昨日寝る前に、『一晩寝たら回復する』なんて言ってたけど……」


「ああ、俺の体?」


俺は自分の手のひらを閉じたり開いたり、肩を回してみたりする。


……ウム。


「大丈夫。ちゃんと全快してるみたい」


「……人間離れしてる回復力ね。昨日のジャーマノイドの電撃、並大抵の人間なら即死レベルよ?」


「ははは……まあ、これも元勇者に宿る魔法のひとつだから」


自動回復オート・リカバー】──ケガや病気などにかかると、常に回復効果がかかり、毎秒、通常の30倍の速さで回復が進んでいくという能力だ。


電撃を直に体へと受けたのはこれが初めてだったけど……向こうでは魔王軍の魔法攻撃で燃やされたり凍らされたりする毎日だったわけで、そんな死闘の後でも1日眠りにつけば大体回復したものだ。


「異世界の勇者ってすごいわね……いったいいくつ魔法を使えるのよ」


「ああ、そっか。それはまだ教えてなかったんだっけ。【勇者の七魔法セブンス・アーク】って向こうじゃ呼ばれていたんだけど」


「セブンス・アーク?」


「そう。勇者は魔術師なんかとは違って習得したい魔法を選べるわけじゃない。あらかじめ決まっている七つの魔法しか習得できないし、極められないんだ」




──俺が使える魔法。それはたった七つのみ。


魔力剣ソード】──刃物を媒介に、魔力で剣を作り出す魔法。


魔障壁バリア】──球形の魔力の障壁を生み出す魔法。


探索サーチ】──モノ・人を探し出す魔法。


翻訳トランスレイト】──言語の境を失くす魔法。


時間遅延タイム・ディセラレーション】──周囲の時間の流れを遅くする魔法。


大爆発エクスプロージョン】──巨大な魔力爆発を起こす魔法。


自動回復オート・リカバー】──常時発動している回復魔法。




「そうだったの……」


説明を終えると、わかは感心したように息を吐いた。


「じゃあその7つだけでコウくんは異世界を生き抜いてきたのね」


「うん。万能ではないけど……でも、向こうの世界では全部かなり使い勝手がよかったからさ。あまり困りはしなかったかな」


戦闘で直接使えるのは魔力剣と魔障壁、時間遅延に大爆発くらいではあったけど、それらも組み合わせ次第で多くのモンスターを倒したり、強力な魔族を葬ったりするのに役立った。


……ぶっちゃけ、技や魔法はシンプルであればあるほど応用が利くと個人的には思ってるし、変なユニークスキルひとつだけポンと渡される流れじゃなくてよかったとホッとしたものだ。


「……まあ、とはいえ、本当は回復魔法は習得したかったところだけどね」


「え? あるじゃない。自動回復が」


「それは俺にしか効果が無いからさ。人に……わかにもかけられる回復魔法があったらよかったのにな、って」


「……大丈夫よ。そんなに心配されるほどヤワじゃないわ。ホラ」


わかは一昨日負った擦り傷を見せてくる。カサブタがしっかりと傷を覆っていた。


「ちゃんとこうやって治るもの。それに、大きなケガからはきっと、コウくんが守ってくれるんでしょ?」


「……ああ。それは絶対に」


「なら、安心ね──さてと」


わかは微笑むと、立ち上がる。


「そろそろ出る準備をして、様子を見に行きましょう」


わかはそう言って親指でクイッと隣の部屋を差す。


「ああ、そうか。ジャーマノイド……」


「そ。隣の部屋に運んだのは覚えているわよね? それと、早くこのホテルも出て目的地に向かわないと。そろそろ、JAS.Labジャス・ラボのヤツらが私たちの目的に勘づくかもしれないわ」

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